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詐欺られアリスと不思議のビニールハウス  作者: 鈴埜


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19/97

19.嬉しいこと言ってくれるのね

 その後は家を見に行こうとなった。冬に入る前で、時期的にも貸家が埋まるにはまだ少しある。家を買うにはちょうどよい。アリスもどうだと誘われたがお断りする。

 店があるし、なにより確かめなければならないことがある。

「また後で来る」

「うん。けど帰って来たばかりでしょ? ゆっくり休んでね」

 家を買ったとしても、整えるのにしばらくかかる。宿屋暮らしは続くだろう。




 皆が去った後、アリスは閉店の札に差し替え、急いで倉庫の前に行った。

 久しぶりに見た暗い倉庫。埃っぽくて、使わなくなったものがごちゃごちゃと置かれていた。

 指先が冷たい。

 心臓がドキドキと早鐘を打つ。

 もし伸ばした指の先がピリリと痛まなかったら? 雷の精霊が消えていたら? この先にあの明るい空間がなかったら。


 とてつもない悲しみが波のように押し寄せる。


 それでも、意を決して手を伸ばすと、ぴりっと刺激が走る。

「ああ……」

 思い切りぐっとノブを回して引くと、ぶわっと熱気がこちらに押し寄せてきた。

「よかったあああああああ……」

 昼を少し回った時間なので、二人の姿はなかった。

 だが、謎素材のビニールハウスは無事そこに存在した。

「ブタちゃんもいる!」

 可愛い可愛いピンクの花柄のブタちゃん。その中身よりも、その存在が在ったと言うことに、心底ほっとして、思わず涙がこぼれる。

 ちなみにブタちゃんはビニールハウスの隅の木箱の中にある。一応隠してくれている。

「良かったあ……」

 足から力が抜けて、椅子へふらふらと座り込んだ。


「あら、アリスちゃん。珍しい時間に来たのね」

 ビニールハウスの扉を開けて、スミレの白髪頭がひょっこり覗く。

「スミレさあああんん」

 涙腺が、崩壊した。


「あらあらあら。それはびっくりしたでしょうね」

「だから、全財産こっちに置いておくなといったんだ」

 ぐすぐすと泣きながらことの経緯を報告する。

「ロイくんがいたから、こちらに繋がらなかったのかしら? それともアリスちゃんが扉を開けなかったから? どちらにせよ良かったわ。全財産こちらにあるし」

「別にお金はいいんです。また稼げばいいんだから。でも、トシさんとスミレさんに会えなくなるのは辛い」

「あらやだ、嬉しいこと言ってくれるのね。私もアリスちゃんとの刺激的な別世界のお話が出来なくなるのはさみしいわ」

「余剰野菜を食ってくれるのがいなくなると困るなっ!」

「もう、トシさんったら」

 とにかく本当に、また会えてよかった。


 スミレが普段の時間と違うアリスの訪問に気付いたのは、センサーとやらを付けていたかららしい。

「ビニールハウスの、この扉が開く部分で物が動くと知らせが入るようになってるのよ」

 魔法とは違う科学の力。

「時間を気にせず来たらいいさ。俺らもとんでもない豪雨でもない限り、最近昼間はこっちで食うようにしてるが、いない日もある。タイミングだよ、タイミング」

「お互い負担にならないようにこれからもおしゃべりしましょうね」

 お土産にスイカをもらった。大きな丸い緑と黒の果物らしい。

「冷やして食べると美味しいけど、まあそのままでもいけるわ」

「種は食べるなよ。へそから芽が出るぞ」

 トシがカカカと笑っていた。この笑いは、アリスをからかう時のものだと知っている。




 ロイたちが街に家を持つという話はあっという間に広がった。

 実力のある冒険者が定住するということになると、その周囲の治安がぐっと良くなる。アリスの暮らす区画の少し先だが、よかったよかったと近隣住民たちが喜んでいた。

「秋になる前に決めたのも良かったね。冬前より家の価格は高くない」

 冬はどこも雪が降り、厳しい。冒険者は街に籠もる。王都の宿の価格は夏の倍以上になり、ミールスでも同じように宿代は夏の五割増しだ。

「ロイがいるから、家の周りを女が取り囲みそうだが……キャルがそれをどう阻止するかだね。見物だわ」

 ハンナがふふふと笑った。

 今日はスイカのお裾分けだ。量が多すぎてダメになってしまいそうだ。

「最近変わった野菜を仕入れるんだね」

「楽しいでしょ? あとこれは野菜と言うよりは果物かな。黒とか白の種は避けて食べてね」

「変わった野菜は調理法がわからなくてつい避けてしまうけど、アリスは上手に使ってるね」

 ハンナはキュウリも気に入ってくれた。

 お礼にまたパンをいただいてしまう。

 夏が終われば今度は秋だ。少しずつ寒くなっていく。冬は冒険者の動きも鈍いし、回復薬の出番も少なくなる。つまり売り上げが減る。ほとんどないときもある。だから、秋の間に稼いでおかねばならない。冬のアリスの生活は、もしものために店は開けておくが、一日をぼけっと過ごす日々だった。かなり退屈だ。





「アリス、フォンと狩りに行くんだけど、アリスも一緒に行こう」

 朝早く、店の扉を叩く者がいるので何か緊急かと思えばそこにいたのはロイとフォンだった。

「チナ鳥を食べたくなった」

 口数少ないフォンの主張。この間のパスタのときも、旨いとごちそうさま、しか言ってなかったのに。

「チナ鳥が捕れる辺りにロロミの花がある」

「ロロミ!?」

 ロロミの花の蜜は、上級回復薬の材料の一つだ。と、気付く。

「この間の分とか思ってないよね?」

「どちらにせよ、在庫の補充はいるだろう?」

 しかし、チナ鳥はかなり森の奥だ。

「ロイと俺なら余裕だ。アリスがいても平気」

 口数の少ないフォンの主張。珍しい。

「余裕過ぎるから多少ハンデがある方が楽しい」

 口数の少ない……アリスはハンデだそうだ。

「フォンは、俺を鍛えるのが好きなんだ」

 それはこの間のシルバーランク昇格試験の時の話でわかっていた。

「森の中で一泊予定で行こう。たまにはいいだろ?」

 まあ、毎日店の中よりは、良い気晴らしになる。

 そう、気晴らしになるだろう。これは――二人の気遣いか。

「わかった。準備する。中に入って待ってて」

 キッチンで座ってもらって、アリスは二階に上がって着替えた。街の中での服装で、森はさすがに無理だ。採取用の服にブーツ。フード付きのマントを羽織って、ポーチの中身も確認する。後は、階下に降りて、倉庫の中からパンとハムとチーズとトマト、キュウリを持ってきた。

「すぐだから待ってね」

 サンドウィッチを準備する。森の中で野ウサギを捕るのだろうが、これもあれば安心だ。あとは水袋を持って、準備完了。

「それじゃあ行こう」

 頷くロイとフォン。フォンと狩りは初めてだ。

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街の近くの森は比較的安全です。

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