18.切羽詰まっていたかもしれない
イライザの事件があってから一週間ほどして、ようやく周囲も落ち着いてきた。結局アリスは防御魔法の追跡はしなかった。というのも、これは掛けた本人にしか見えない。正直アリスが追いかけるのは無理があるのだ。
さらに言えば、追跡の道すじはもう街を出ていた。
イライザの両親が頭を下げに来たが、彼女も独り立ちしている。二人が謝る必要はないと思う。ただ、アリス以外の、被害にあった人たちからはそれなりに責められていたようだ。
追跡をしないのかと被害者たちから言われぬよう、防御魔法については兵士らも口を閉ざしていてくれた。
己の起こした結果を彼女が見たらなんと思うのだろう。
もう、何も思わないのかもしれない。
そんな感情をどこかに捨ててきたのだろうか。
店の前を掃いて、開店準備をしていると、ロイが現れた。
おかえりと言う暇も与えられず、店の中に追いやられる。
「どうしたの?」
アリスの両肩を掴むと、顔を覗き込まれた。というか、身長差のせいで、上から見下ろすロイの顔を、アリスの方が覗き込む感じだ。
「大丈夫か?」
何が? と首を傾げていると、深々ため息をつかれる。
「イライザの件だよ」
「ああ! 扉はその日のうちに直してもらったし、翌日からもうお店も開いてるわ」
「そうじゃなくて!」
大きな彼の声にびくりと肩を震わせる。
「……すまない」
「ロイ、また埃っぽいわ」
「……帰ってきて、門兵に聞いて、そのまま来たから」
今回のことはそれなりに騒ぎになった。門兵たちにはもちろんイライザの人相書きとともに情報は回っているだろう。
「正直、私は被害を受けてないんだよ」
扉の修理代などを差し引いても、金銭的にはプラスだ。
「……冒険者ギルド行ってくる。宿とって、着替えたらまた来る」
「あ、じゃあさ、途中で麺買ってきてくれる? お昼一緒に食べよう」
「わかった」
昨日あちらでパスタを食べた。同じような麺がこちらにもある。小麦粉を練って作り、乾燥させて日持ちをよくするものだ。自分で作ってもいいが、少量を作るのは面倒でつい買ってしまう。ほとんど小麦粉代と変わらないのも理由の一つ。
具材はトマトとオクラにする。ベーコンもあるからロイも満足してくれるだろう。
と思ったのだが、人数が多かった。
「アリスちゃんの手料理が食べられると聞いて!」
メルクが麺と、他にもたくさんの食材を抱えてやってきた。ロイとマリア、フォンは宿屋で着替えてくるので、先にキャルとやってきたそうだ。
「我が家には椅子が三脚しかありません……」
テーブルはその上で調合もするので広いのだが!椅子はテーブルに二つとカウンターに一つ。
「立って食べる」
「ええ……」
予定外の人数に、具材の追加を余儀なくされた。
「残念なことに今回は回復薬を使わなかった」
「良いことですよ」
六人分の麺を茹でるのは、一気には無理だ。錬金釜はさすがに使ってはいけない。仕方ないので三人分ずつにする。
「イライザの件聞いたよ。アリスちゃんが損をしないでよかった」
「ホント。あんたならホイホイ金出しちゃうかと思った」
キャルの言うとおりだ。ちょっと前なら出していたかもしれない。いや、さすがに金貨二十枚は無理だったか?
「幼なじみにそんなことをするとは、それだけ切羽詰まっていたかもしれないね」
お茶を飲みながら言うメルクに、切羽詰まっていたこと、が頭の中でぐるぐるし出した。それでも手は機械的に動いていて、オクラとトマトとベーコンのパスタができあがる。
「おお、美味しそうだ。この緑のと赤いのは初めてみた」
「ちょっと面白い食感の最近お気に入りの野菜です」
オクラチャンは美味しい。
ちょうどロイたちも着いて、先にマリアが食べることになった。
追加をゆっくり作る。椅子は三脚しかないのだ。
「ごめん、増えた」
「ううん。大丈夫。ただ、うちは椅子がないから」
五人をおもてなし出来る空間がない。
「美味しい~! アリスちゃん、お料理もできるのね!」
マリアがべた褒めしてくれる。スミレのおかげだ。
「椅子……倉庫にもう一つあっただろ、確か」
「えっ?」
ロイは言うが早いが、素材倉庫と別の、あの、トシとスミレに繋がる倉庫へと真っ直ぐ歩き出す。
「ろ、ロイ! 大分前のだし、もう処分した気がするし」
そちらを開けたら、見られてしまう。
手を止めて後を追おうが、家はそんなに広くない。追いつくよりロイがノブに手をかけ、開いてしまった。
「ロイ!!」
「どうした?」
手前に開いた扉の向こうは、――暗い空間が広がっている。
「あの、明かりが」
「ああ。暗視で見るから大丈夫」
「色々転がってそうだし、気をつけて……」
「うん」
扉の向こうには、あの暖かい空間はなかった。
古い椅子を持って来て、布で拭く。
椅子が四脚。それがこの家のすべてだ。
アリスの麺を食べた後は、ついでに買ってきたと言う甘い蜜菓子がテーブルに並べられた。お茶のお代わりを入れると、彼らは今後についての話し合いを始めた。
「ロラン商会の護衛は実入りがいいし、あちらから頼まれたら続けて行きたいと思ってる」
「王都行き来が基本だもんね。賛成」
キャルが何度も頷く。王都で暮らしたいと言っているくらいだ。王都に向かえる上に金も入ってくるのは願ってもないことなのだろう。
「後はどうしても討伐依頼が、ギルドから指名で入ってくるようになる」
全員がシルバーのパーティーはそれなりに珍しいようだ。
「冬前の森の討伐には参加しないといけないだろうな。前線で」
「それは仕方のないことね」
マリアの言葉にフォンも頷いた。
高レベル冒険者としてやらなければならないこと。
「シルバーに上がっちゃえば、ロイならすぐに上になれるよ。そしたら王都で拠点作ってさ――」
「俺はミールス中心にしか活動しないから」
キャルはむっと口をつぐむ。
「それがロイがパーティーに入るときの条件だったからな。諦めろキャル。ただ、ロイ、一年に一度くらいは迷宮に挑戦するぞ」
メルクが決定事項として言い切る。
「そこで得た資金で、ミールスに拠点を構えよう」
ぐっと鋭くなっていたロイの目が見開かれる。
「毎度宿も面倒だろ。ロイがここ中心にしたいのはわかってるし、正直俺も実家があるしな。フォンとキャルが迷宮に入ってみたいと思ってるのもわかってる。名を売りたいという気持ちは冒険者なら持っていて当然だ。マリアと相談して決めた。反対意見があるなら今のうちだぞ。勝手に決めたことだから反対するやつがいるなら一から考え直すが――いないようだな」
「拠点があるなら私もそっちに部屋が欲しい!」
「当然。実はもう目星を付けている家があるんだ。パーティー資金は貯まってるし、それで買ってしまおうかと思ってる。ここから門までのちょうど中間くらいだ。いいな? ロイ」
「……うん」
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