17.やっぱり、詐欺でした……
その日は一日気分が沈んで、日が暮れたらとっとと寝た。ふて寝した。
だから、真夜中にガタンと物音がして、目が覚めたとき、びっくりするぐらい頭がすっきりとしていた。
ガタガタと音が止まらない。
これは、……泥棒?
二階に上がる階段の手前の扉には、もちろん鍵がかかっている。こういった店舗一体型の家は、二階に上がる階段に、扉を付けているところが多い。不特定多数が一階の店舗部分をうろつくからだ。
アリスはそっと足音を立てないように階段を降りて、扉の前まで行く。
音は、倉庫の方からだ。倉庫の鍵もしっかり付けているので、ガタガタとそこでも手間取っているようだ。
中には高価な素材がある。
それ以上に、あちらの扉を開けられたらどうしよう。トシとスミレのあのビニールハウスが見られたら。
それに気付いて足下からさぁっと血の気が引いた。
次の瞬間、指輪に魔力を込める。緊急時の合図は、空高く打ち上げられ、魔力だけで出来ているそれは、家の壁や天井には何の影響もない。暗い夜の空に、とても目立つものとなるだろう。しばらくアリスの家の上で光り輝いている。
そうこうしているうちに倉庫の扉を突破したようだ。
素材が、持っていかれたらどうしよう。だが、アリスは非力だ。ここでこの扉を開けてどうなるものでもない。
早く、早く巡回の兵士が気付いてくれ。
「はぁ!? 防御魔法!?」
怒りに満ちた声。
聞き覚えがある。朝聞いたあの声。
「イライザ……」
こんな夜中に、いったいなんの用で。
そう思ったが、同時に答えも得られていた。
防御魔法が発動したと言うことは、素材の箱に触ったということだ。アリスが掛けた防御魔法は、アリス以外の者が触れると跡を残す。指先への跡と、その防御魔法が掛けられた物の道すじがずっと続くのだ。
立ち去る足音と、家の前での怒鳴り声。見つかっている。
「無事ですか!?」
男の声にアリスは扉を開けた。
「大丈夫です……」
店の方からこちらへ、ランタンを持った兵士がやってくる。
「賊は追いかけていますが、足が速い。何かを抱えていました」
そう言われて慌てて倉庫へ向かった。鍵の掛かっていない、あの倉庫の方は開けた様子はなかった。素材倉庫の鍵は開けられ、下に投げ捨てられている。
何を持っていかれたか、棚の一つ一つを確認するが、素材は特に荒らされていない。
イライザも、倉庫のことは知っている。小さい頃はよく出入りをしていた。
なかったのは金庫だ。
「何を持っていかれましたか?」
「……金庫が」
「それは」
兵士が言葉を詰まらせる。
「防御魔法は?」
「掛けてあります」
「どちらの魔法使いですか? すぐ跡を追ってもらいましょう」
「あ、いえ、私が」
その返答に、兵士は目を丸くした。
「防御魔法が使えるんですね。それはすごい。すぐに、跡を追いましょう」
だが、アリスは首を振る。
「いいんです」
「ですが……」
「あの金庫、空なんです」
イライザは、空の金庫を持って行った。
防御魔法で指先に付く印は、期間が限られている。魔法というより呪いに近い。何をしても消せないが、半年で消える。ただ、半年は人前で手袋を外せないだろう。
前日の売り上げは、寝室に持ち込んでいた。それで店舗の扉の修理を依頼する。かなり無理矢理開けたようで、鍵の部分が完全に壊れていた。この際壊されにくい鍵に変えてもらった。
祖父の時代からのあの金庫はダミーで、別の場所に売り上げは置いてありました。と説明すると、兵士はほっとしたようだった。空の金庫を追いかける労力を考えて、持って行った相手が誰かもわかっているから、追うことはしなかった。
たぶんだが、イライザはもう街を出ているだろう。
「別の場所に隠すなんて、やりますね」
と兵士に褒められたが、アリスは曖昧に笑っておいた。
一日仕事にならず、扉を直し終わったのが夜で、すっかり疲れ切ったところに、ハンナがパンを届けてくれた。
「隣の区画のご老人が、アリスと同じような儲け話をもちかけられてたって。そこはごっそりやられてた」
ああ、と呻く。
「イライザはもうだめね、残念だけど」
ミールスではお尋ね者だ。
「アリスはあの子に甘いから心配してたけど、今回のはよくわかったね。偉いわ。私だって幼なじみからそんな儲け話聞かされたら乗っちゃうかも」
そんな風に慰められても、やはりため息しかでなかった。
「さ、夕飯食べたら今日はもう寝なさい。昨日から寝てないんでしょう?」
「ありがとう」
明日からは店も開けたいし、ハンナの言うとおりベッドに潜ることにした。どうしたってイライザのことでもやもやとしてしまい、なかなか寝付けなかった。
「ブタちゃぁ~ん」
アリスはビニールハウスに降り立つと、すぐさまブタちゃんの元に駆け寄る。
「あのなあ、そうやってすぐ金入れに来てるが、いつここの扉が通れなくなるかわからんのだ。せめて半分にしておけ」
つるりとしたフォルム。ピンクに花柄模様がたくさんある。この世界の造形作家はなんと柔軟な思考を持っているのだろう。
「アリスちゃんが気に入ってくれて嬉しいわ。通販ってすぐ届くから大好き」
「あめぞんの箱がまた溜まっていく。ほら、その金はもう入れずに持ち帰れ!」
スミレさんが、ブタさんの貯金箱を買ってあげようかと言って、すぐさま発注されたそれは、アリスを虜にした。こんなに可愛い置物があるとは。しかも金を入れておけるという優れもの。
ただし、取り出すときはこの可愛いブタちゃんを破壊しなければならないという。
そうやって、金を貯めるというシステムが構築されているのだ。恐ろしい手腕である。
「お前さん、なんぞ素材を買わないといけないんだろ? 全財産入れてるだろ。簡単に取り出せないんだから、やめとけ!」
「厚紙使えば取り出せますけどね、ふふふ」
というスミレの言葉はアリスには届いていない。
そう、店の金庫に金がまったく入っていなかったのは、このブタちゃんのおかげだった。
そして改めてトシに頭を下げる。
「やっぱり、詐欺でした……」
「まあそうだろうよ。よくあるやつよ。こっちじゃもうちょっと仕掛けも大きいがな」
「あんまり気を落とさないでね。美味しい物食べて忘れましょう?」
「すぐ忘れちゃダメだろうが。アリスはもうちっと、人を疑うことを覚えような」
トシの言葉を胸に刻む。
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誤字脱字も助かります。
ぶたちゃん貯金箱は今あなたが想像した感じで。




