15.亀の甲より年の功
イライザはいつもこんな感じで押しが強い。
明るくて元気な彼女は、ついつい出遅れるアリスを引っ張っていってくれる。小さな頃はよくロイも一緒に三人で街のあちこちに遊びに行った。
子どもだけでうろうろするなと怒られるが、それはそれで楽しかったように思う。
アリスの両親が迷宮で採取中に魔物に襲われ亡くなった時も、側にいてくれた。店から出ようとしないアリスを無理矢理引っ張り出したのもイライザだ。
あれがなければ、薬師になることも難しかっただろう。
森はまだ怖いが、それでも薬草を採りに行くことをためらうほどではなくなったのは、イライザやロイが一緒にいてくれたからだ。無理矢理森に連れて行って、気をつける方法を教えてくれた。
二人は昔から運動神経がよく、冒険者になるだろうと言われていた。
アリスはあそこまで動けない。
せめて二人の安全をサポートできるようにと、祖父に薬師としてのノウハウを学びだしたのは、両親が亡くなって一年後のことだった。
残っていた銀貨を倉庫の金庫に入れると、防御魔法を施す。アリスの使える数少ない魔法の一つだ。アリス以外が触ろうとすると反発を起こし、指先に印が付く。この指先の印は一般的なもので、人に警戒されることとなる。金のやりとりをする相手が、手袋をしていたら気をつけろと言われる所以だ。
素材の入った箱にはしっかりかけてあったが、金庫にかけるようになったのは、ロイに言われてからだ。むしろ、魔法を使えるのに金庫にかけてないのがおかしいと言われた。
明日は朝から調薬をしなければならないし、イライザのことは考えるのをやめた。
一週間後、笑顔のイライザが現れた。カウンターに金貨を四枚置く。
「ほら、倍になったでしょう?」
「本当だ。すごいね」
「これ、見て。金だよ。もう少し集まってから売るつもり。王都の方が高く売れるかなと思ってる」
「へえ、綺麗だね。小さな粒だけど」
「こういった粒がたくさんあるんだ。ほら」
イライザは小さな布袋から、カウンターにざらっと音がするほどの金の粒を広げた。
「すごい!」
「まだまだたくさんあったよ。手持ちの食料が乏しくなったからいったん引き上げてきたけど、明日また発つ予定。この四枚の金貨、倍にしてきてあげるね!」
持ってきた金貨四枚ごと、金の粒をささっと集めて布袋の口をきゅっと閉めた。
「アリスにはお世話になってるから、儲けさせてあげないとね! また一週間後!」
「アリスお前さん、次は絶対に渡すなよ?」
「へっ?」
最近は一緒に昼食作りをするところから始まる。今日のご飯はサンドウィッチとやら。とにかく、パンがふかふかですごい! キュウリを塩で揉んでよく水気を絞り、魚のオイル漬けと混ぜ合わせる。マヨネーズは卵から出来ているらしい。
さらには卵を茹でた物を卵から出来てるマヨネーズと混ぜる。
ハムとチーズとキュウリとトマトのサンドウィッチは、手軽にあちらでも出来そうだ。ハンナのパンを買ってこよう。
「それも詐欺によくある手口だよ。最初本当かと疑ってるが、きっちり倍になって帰ってくるだろ? その次も倍。これはすごいってなところで、今度は事業拡大とかでどんと大きな金額を要求されるんだよ。二倍、二倍で次は金貨八枚持ってくるのか……金貨一枚は五万だろ。百枚は要求されないだろうな」
「うちにそんな大金ないよ」
「いくらくらいあるんだ?」
「うーん……最近よく中級回復薬が売れるから、今は五十枚くらいある。でも、素材を買わないといけないやつがあるから、それもすぐなくなっちゃうかな」
「五十枚がすぐなくなるって、どんな素材を買うつもりなんだ」
「上級回復薬を作るために、素材は常に用意しておかないといけないんだけど、この間一つ作ったから在庫がないものもあるし、後一回分しかないやつもある。薬師に上級を要求するってことはそれだけ切羽詰まってるってことだから、こちらもすぐ応えてあげないといけないの」
「ほお……まあ、二十枚、だな。八枚持ってきて十枚要求するなんてみみっちいことはしないだろ。二十枚以上要求されたら俺の言うとおり詐欺だってことだ。事業拡大ってのもポイントだな。次も必ず倍になる。今まで倍になってきたからな。みんなそう思っちまう。で、金貨二十枚持ったままとんずらよ。イライザにとってアリスは美味しいカモだから、とんずらじゃなくて、事業が失敗したって方向だな、きっと」
トシのイライザへの印象が最悪だからそんなことを言うのだ。
アリスの顔を見て、トシは笑う。
「そんなことはしないだろうって顔だな。いいぜ、また一週間したらくるんだろ? そのときに、『事業拡大』『二十枚以上の金貨要求』この二つがあったら手を引け。イライザは飯時にくるんだろ? 飯を出したところでテーブルにある金貨八枚は回収しろ。手を出せない場所とかはないのか?」
「……金庫は、泥棒が嫌がる魔法は掛かってる」
「ならすぐその金庫に入れろ。慌てるだろうが、食べながら次の話をすりゃいいと思ってる。その後開けさせたらいいとな。だが、二つの言葉が出てきたら、絶対に渡すな。俺との約束だ」
「わたしともよ、アリスちゃん」
「亀の甲より年の功ってな。年寄りの言うことは聞くもんだ」
「わたしたち、アリスちゃんよりいろんな経験をしてるのよ。大金を稼いだ人も知ってるし、反対に失った人も知ってるわ。たくさんね。テレビが同じような詐欺の話をしていたのよ」
亀とは何かわからないが、年の功よりもずっとすごい物なのだろう。その亀より年寄りのいうことは聞けという教訓か。
「さ、食べましょう。サンドウィッチ」
「アリスお前さん、老後の計画はどうなってんだ? 動けなくなったときの金はどうするんだよ。どんな風に、そっちの世界の老人たちは過ごしてるんだ?」
その後はトシとスミレの世界の銀行のシステムとやらを教えてもらったが、目の前にないお金はどうしたら自分のものと証明できるのだろう? よくわからなかった。
「おじいは、倉庫に穴を掘って埋めてた」
「おうおう、じゃあ今もその倉庫に金はあるのか?」
アリスは首を振る。
「おじいが死んだときに、私が店を継ぐ登録料に消えちゃった」
「……本当にカツカツで生きてる世界なんだな。だが、登録とかがあるのか。まあ、お前さんの店が乗っ取りとかに合わないならそれはそれで良かった」
「貯蓄していかないとダメじゃない? 動けなくなったとき困るわよ?」
「まあ、緊急用の金は持っておくべきだなぁ」
「つい……素材を買ってしまう……」
これは、ロイにもたまに怒られる悪い癖だった。
「アリスちゃん、ブタさんの貯金箱買ってあげようか?」
ブタさん?
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詐欺の予感!!




