13.まず原価計算しろ
朝ゆっくりと店を開け、昼になったら一度閉店。二時間ほどしたらまた開店して、日が暮れる前に店を閉める。
それでも、最近は中級回復薬を求めて来る冒険者が増えた。王都から仕事で寄って、そのついでにアリスの店に来る者が半数以上だ。
「つまり、マリアさんのせい」
はあ、とアリスは返しながら、低級回復薬を一つ差し出す。
ロイのシルバーランク祝いの席にいたあの冒険者、スウェンとハリーだ。
「マリアさんが買った回復薬を、王都でもわりと名の知られてるパーティーに渡したら、他のものより効果が高いって話になって、腕利きの薬師として話題になってきてるんだよ」
「実際アリスちゃんの回復薬は効きが良いしね」
「中級はもったいなくて使えないから、お守り的に持ってるだけだけど、低級はほんと、よくお世話になってる」
役に立っているならよかった。
「ロイはまだ帰って来ないだろ? 中級の素材は大丈夫? なんなら俺ら、明日は暇だし採ってこようか?」
「ゴロゴロしてるだけだし、それもいいかもな」
ロイが一緒に採りに行ってくれた分も段々目減りしてきている。中級の素材が心許ないのは確かだ。
素材屋に買い付けにいけばいいのだが、そうなると利益がぐんと減る。
「中級の素材って、アルオンの花粉と、メヤナ草、カンラ草だろ?」
「そうですね」
「たまに仕事の途中に見つけたら採取して素材屋に売ってるし、行けると思うんだけどな」
ううん、どうしても足りないときは素材屋でしか買ったことがないので、悩む。
「ギルド通して指名依頼にしてもらった方が安心ならそれはそれでもいいけど」
「指名料とられるし、ギルドに手数料取られるけどね」
「俺たち、素材と引き換えに低級回復薬もらえるだけで助かるけど」
親切で言ってくれてるのだろうとはわかるのだが、この間からトシにだまされているだの、カモられているだの言われてるのでためらってしまう。
「在庫量とかよく考えたいのでお返事は明日でもいいですか?」
「そうだね、三日後には仕事で街を離れるから、明日、朝来るんでいいかな? 断るなら気にしなくていいからねー」
気さくな二人なのだ。
以前のアリスなら、ほいほい頼んでいたかもしれない。
店の売り上げ帳簿と、素材などの買い付け帳簿を持って、アリスは倉庫の扉を開いた。
昼の時間ならここでほぼ出会うことができる。
「まず原価計算しろ。それからだ。そのほら、中級ってやつ。そいつを作るのに必要な素材? の一つ分の価格。合計するといくらだ。瓶も入れろよ」
トシに説明すると、数字を全部出せと言われた。
「素材は普通は素材屋で買うの。その時期によって違うけど、だいたい、瓶も含めて銀貨七枚と、銅貨七枚」
「それを金貨一枚で売る……技術料なしで儲けは銀貨二枚と銅貨三枚ってことだな。十進法でよかったが……技術料なしでそれは……ほとんど儲けなしじゃねえか」
「技術料……」
「ちなみに金貨一枚ってどのくらいの価値なの?」
「価値?」
「金貨一枚あれば、どのくらい暮らせるの? そうね、食費だけだとどの程度?」
「お酒飲んだり贅沢しなければ、金貨一枚あればおじいと私なら三ヶ月はもっていた、かな?」
「両親と子ども三人だと一ヶ月って感じかしら。食べ物の値段にもよるけど、うーん、六、七万円くらい?」
「回復薬作るときの材料の保管費とかもなしなんだろうなぁ……」
「ガバガバねえ。ふふふ」
今日はスミレが焼いた、クッキーというサクサクのお菓子をもらっている。とても美味しい。
「一回の採集でその材料は何本分くらい集まるんだ?」
「私とロイで行くときは、大体二十本分は集めるようにしてる」
「てえことは単純計算、金貨1.54枚分が浮くってことだ。そいつら二人で行くんだろ? 中級二人に渡したら、お前さんの方が赤字だ。聞いてると親切で言ってくれてるようには思うから、集めてきて、浮いた分の三割くらいを払えばいいんじゃねえか? どの程度集めてきてくれるかは知らねえがよ」
とても勉強になる。
「お前の世界の仕組みがわからんが、素材屋があるってことは素材屋から買う薬師がたくさんいるってことだろ?」
素材屋で買い付けるか、採取専門の冒険者に頼むかだ。彼らのように、たまたま見つけた物を素材屋に売る冒険者もいる。
「普通のルートと違う方法を取るんだから、お互いそれなりに利益になるように考えなくちゃならない。想像でしかないが、次の依頼の合間の小遣い稼ぎなんだろうから、誰か知り合いに立ち会ってもらって、最低限この量が必要で、これだけ集まったら回復薬をこれだけお礼に渡す。それ以下だと受け取れない。それ以上なら、また計算して少しプラスはするが、納得いかなければ余った分は素材屋へ売ってくれ、でいいんじゃねえか? 立ち会ってくれそうな知り合いはいるのか? ご近所さんとかで」
「魚屋の奥さんか、パン屋のハンナに頼んでみます」
「助かるありがとうでホイホイ提案を受けなかっただけ成長してるんだろ」
トシの言葉にスミレも頷く。これは、褒められてる!?
「うちの孫より心配よ~」
「んで、どれくらいにするんだ」
「……二十本分集めてもらえたら、中級一本」
「多いっ!」
怒られた。
「そいつら暇つぶしなんだろ? それで一ヶ月食べていけるくらいぽんと渡してどうする。低級二本分ずつくらいで十分だよ。俺には危険度はわからんが、そのロイの坊やとアリスとで行けるくらいの場所なんだろうから」
たまに強い魔物が出るが、そんなときは採取を中止にする。そして、ロイが仲間と狩りに行くのだ。
「二十本分で低級四本分。それで渋るようならやめておけ。お互い初めての取引なんだ。相手の親切心につけ込んでやるくらいでちょうどいいんだよ」
翌日やってきた二人に、トシの言った通り提案してみると、反対に心配された。
「俺らがふらっと取ってきた素材なんてもっと安く買いたたかれる。採り方が荒いとか言われてさ」
「アリスちゃんの回復薬効きがいいからむしろこっちが得してる感じだよ」
ハンナの立ち会いの下、約束を交わしたスウェンとハリーは意気揚々と採取に向かった。もちろん、素材の採り方はきっちり指導した。
そして夕方、日が暮れるよりは早く、二人はかなりの量の素材を持ってきてくれたのだ。
アリスとロイが採りに行くときの三倍はある。
あれ?
「そりゃ……アリスちゃん連れてだと無茶はできないだろうし」
「魔物に遭わないように迂回もたくさんだろうし」
「採りすぎた? 迷惑なら必要分だけ買い取りしてもらって、残りは素材屋に売るからいいよ?」
相談した結果、中級一本と低級二本で取引成立となった。
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横書き漢数字の限界を感じて、一部漢数字でなくなっております〜
縦書きならいいんだけどね。
この先にも同じように数字のお話する時があるので。
 




