12.オクラチャンは美味しいです
注ぐ魔力の調節と終わりの見極めが難しい。完璧にできあがるまでにどれだけの材料を無駄にしたことか。
どうせ中級までしか売れないのだから、上級は作れなくてもいいのではないかと、無駄になった素材の山を見て、その金額におののいて、祖父に進言したことがある。
だが、祖父は許可してはくれなかった。上級を作れない薬師は薬師じゃないと、諦めずにアリスに材料を揃え、何度も作らせた。
おかげで今こうやって、完璧な物を作り上げることができる。
上級回復薬は、傷口に掛ければ即座に傷は消え失せ、致命傷と言われるようなものでも動けるまでにする。毒などにも有効で、即時性の強いものだった。中級は傷は塞がるが、ダメージは残るのだ。
できあがった一本分を瓶に移すと封をする。
きちんと倉庫に保管して、気付けばもうすぐお昼だ。調薬中の看板をくるりと開店に変えると、買い足す分の素材の値段に思いを馳せた。
わりと、あれから金は貯まっている。中級がそれなりに売れたからだ。下級は街でも使われるのでまあまあ出ている。ただ、素材はそれが全部飛ぶほどのお値段でもある。
「カツカツだ……」
三種類買わねばならない。金貨一枚手元に残して、少しずつ買い足して行こう。あと一本分作る材料はある。
カランとドアベルが鳴り、ロイが現れた。目がどんよりと曇っている。何かあったときの顔だ。
「いらっしゃいロイ。どうしたの? 調子悪い?」
「……飲み過ぎた」
「昨日は仕方ないよ。ちゃんと宿屋のベッドで寝た?」
「気付いたら宿屋にいた」
「私とマリアさんで送っていったんだよ」
「……」
カウンターのこちら側に来て、奥へと入っていく。
アリスは湯を沸かす。
「朝ご飯食べた?」
「食べてない。腹が減ってるかもよくわからない」
それは重傷だ。
倉庫から飲み過ぎによく効く薬湯の材料を持ってくる。これは、ご近所の奥さんに頼まれて作ることの多いものだ。旦那さんが飲み過ぎて働かないと、朝言われることが多い。
薬湯は少し苦い。
それを知っているのか、ロイは顔をしかめ薬湯と対峙する。
「飲んだら楽になるから、頑張って」
「……うん」
しっかり飲みきったのを見て、お茶と、マリアにもらった飴を一粒あげる。口直しだ。
「他のみんなは? 薬湯必要はない?」
テーブルに突っ伏しながら、口をもごもごとさせているロイは、いらないと言った。
「メルクとキャルは実家だからそこでなんとかなる。フォンは宿屋だけど元々酒に強い。マリアはもっと強い。あいつが二日酔いになってるのは見たことない」
もう少ししたら気分もすっきりするだろう。アリスは実際は知らないが、旦那さん方からいつもお礼を言われる。
カランと音がして客が来た。
「アリスちゃ~ん! 低級回復薬ちょうだい!」
「はーい!」
近所の坊やが木から落ちたそうだ。すりむいた傷が酷いと。その程度で済んでよかった。
「何か食べる?」
「……うん」
倉庫に向かうと、数日前にいただいたキュウリが残っている。この倉庫は普通より物の保存がしやすくなっている。キュウリも、テーブルに置いておいたら一日でダメになるが、こちらは三日は平気なのだ。トマトも一昨日作ったマリネが残っている。例のパクパクとまらないキュウリと、マリネにパンを用意する。肉がないけど、今日は許されるだろう。
「旨い」
「それは良かった。はい、これ。シルバー昇格祝い」
ついでに上級回復薬を出すと、ロイは口に入れかけていたキュウリをポロリと落とす。
「ほら、お祝い。できたてだよ」
受け取るとき、指先をきゅっとつままれた。
「すごく高い」
「うん、でもお祝いだし。材料費のみだから。私の技術料は入ってない」
「材料がすごく高い」
ロイは店によく出入りして、素材の管理もアリスと一緒になって聞いていた。だからそれぞれの値段もよく知っている。
「ロイが無事に帰ってくるお守りだよ」
アリスの言葉にじっと目を見てくる。
「危ないお仕事も増えるだろうけど、皆ロイが無事に帰ってくるのを待ってるよ」
「アリスは?」
間髪入れずの問いかけに、アリスも即頷く。
「もちろん。ロイが無事帰って来るのを待ってるよ」
トシとスミレのビニールハウスに、新たな仲間が現れた。
「キッチン!!」
「バーベキューセットでも良いかと思ったんだが、換気の問題がな」
アリスが知っている火と色が違う。青い炎が鍋底をあぶる。
「作り方、実際見た方がいいと思って」
畑で採れた夏野菜の調理の仕方を、たくさん教えてくれた。
「オクラチャンは美味しいです」
「オクラの消費を手伝ってくれるのは嬉しいわー。この子たち、朝食べ頃だったのに夜になったらもう筋が多いような、とんでもない化け方をするのよ~」
「出汁は出汁の素で十分って思ってたけど……出汁の素ないから、一から作るしかないわねぇ。というか、元々昆布とか鰹節のようなものはあるのかしら…」
「鶏ガラ出汁になるんじゃないか?」
「そうよね……鶏ガラ出汁一辺倒……もう、出汁の素持っていきなさいよ。ご飯も持って行っているし、それくらいは大丈夫じゃない?」
相変わらずビニールハウスの中は暑いが、扇風機の台数が増えて、パワーアップしている。風が常に吹いているし、細かい霧も出ているし、冷風が吹いてくる謎の塊もある。
「夏のビニールハウスは厳しいな。もう少ししたら楽になる。むしろ冬は日さえあれば暖かい」
紫色のナスを、鶏肉と一緒に調理している。
「ナスと鶏肉の南蛮漬け美味しいわよ」
アリスは必死にメモを取っていた。とても上質な紙なのでもったいないと思いつつ、ありがたくそれに書き記す。ボールペンはすごい。するすると書ける。
「トリモモ……」
「鶏胸肉でもさっぱりとしていて美味しいわよ。小麦粉を付けて揚げるから、鶏胸でもぷるんとしているし。私たちはもう鶏胸肉で十分だわ」
スミレの料理は丁寧だ。丁寧だが、手が早い。さっさと食材が右から左へ移動する。
「南蛮液にドボンとつけたら完成。少し置いてから食べた方が良いわね」
「先にこっちの赤飯のおむすび食べてたらいい。ほら、作り置きもある」
「オクラチャン……」
「おうおう、オクラちゃんもあるぞ。随分と気に入ってるな。オクラは食べてくれると助かるよ」
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