10.今三回フェイントを入れたんです
ロイは夕方になって帰ってきた。手には焼いた肉と、酒瓶があった。
「マリア助かった。ありがとう」
「どういたしまして~」
「夕飯にしよう」
もちろんマリアも一緒だ。
「トールたちはどうなったの?」
「街からの強制退去。むこう三年のミールスへの立ち入り禁止」
「結構厳しくされたのね。というか、シルバーよりブロンズのあなたの言うこと聞いてくれたの?」
「……シルバーの試験を受けることになった」
あらあ、といいながらマリアがニヤニヤしている。
「シルバー試験受けるようにギルドから推薦されたのね。おめでとう」
「元はと言えばアリス、お前がまったく状況をわかってないから――」
「アリスちゃんはきちんと理解してたわよ?」
「えっ!?」
驚いたロイはアリスを見る。
「あー、そのときは、わかってなかったかもしれない」
トシにこんこんと説明されて、その後マリアと話してようやくわかって来た感じだ。
「でもその後自分で考えて結論に至ったんでしょ? ならお利口さんよ」
「本当に? 本当にわかってたのか?」
信じられないといった風のロイを見て、マリアがアリスを促す。
「えーと、トールさんとその前の三人がグルで……」
「……本当にわかってるのか」
「でも正直その場での対処法はわからない。ああいった値切るお客さんはこれまでにもたくさんいたし、私は絶対に値段は変えないくらいしかできないや。だいたい様子がおかしいって周りのお店のご主人や奥さんが店を見に来てくれるくらいだし」
回復薬の値段はほとんどが決まっている。その店の特色を出して、プラス料金をもらうくらいだ。その代わり品質もきっちり決められている。
「まあ、概ねそのやり方で問題ない。手を出したら終わりだしな。だけど、女一人でやってる自覚は持ってくれ。朝早く開けない。夜遅くまで開けない。いざとなったらためらわず危険を知らせる緊急の合図を打ち上げる」
それは常日頃から心がけている。
「あと、門兵もしめてきた」
「門兵のお兄さんたち??」
彼らは、アリスが女手一人で薬屋をやっていて、門から遠いし、回復薬が必要ならとても腕が良いので行ってみてくれと、宣伝していたらしい。
「女手一人でってのが余計だと、冒険ギルドのギルド長と一緒にガチガチに締めてきた。ほんとうに、余計なことをしてくれる」
「あーそれで、初めての人がたまに来てくれるんだね。こんな街中までどうやってと、前から気にはなってたんだ」
「アリスの回復薬が効果が高いのは俺らも知ってるし、街のこちら側では評判だ。でも、女が一人でとか、はあ、余計な心配が増える」
酒に酔ったのか、少し頬を赤くしたロイが頭を抱えていた。
「シルバーランクになったら、パーティーメンバー全員がシルバー。ギルドからの指名討伐依頼も増えていくわ」
「すごいね、ロイ」
これは、シルバーになったお祝いに上級回復薬を作ろう。お祝いなんだから受け取ってくれるだろう。
「王都でもロイはモテモテだ。シルバーになったらもっとだね」
「マリア!!」
「いつまでも実力者がブロンズでくすぶってるわけにはいかない。観念なさい」
彼女の言葉に、はああと長いため息をつくロイ。
「シルバーランクか~、王都でも通用する実力ってことでしょう? すごい出世だね、ロイ」
「俺は、この街から離れるつもりはない」
「実家があるもんね~」
はああと、またロイがため息をつく。
マリアがケラケラと笑っていた。
ロイの試験は翌々日。もう十分すぎるほど依頼をこなしているし、ギルド長が一対一で力量を測ると息巻いているそうだ。マリアに見に行こうと誘われた。
前々からブロンズを早く卒業しろと言われていたらしく、試験を受けることを了承したら、気が変わらないうちにと予定を決められたそうだ。
「アリスちゃんはロイの戦いっぷりそこまでしっかり見たことないでしょう?」
「採取に行くときくらいですね」
たまに魔物は出るが、威圧を食らわせただけで逃げていくのがほとんどだ。森の中で血を流したくないと、それで事足りるときは済ませていた。
今回は街の外、森に行く途中で試験をするらしい。
ロイがシルバー試験を受けるという話がいつの間にか出回り、野次馬がたくさんいる。
「はいはい、ごめんなさいね」
マリアに手を引かれ、その人混みを遠慮なくかき分け、一番前にやってきた。今日のロイは、森であったときのようにフル装備だった。旅程用のフードは着ていない。
女子の一群が、頑張ってと一生懸命応援していた。キャルがそれを睨んで鼻を鳴らす。
「うるさい。黙らせてよあれ。ロイが集中できないじゃん」
「あんなので集中できないようじゃそれまでだろ」
メルクの言葉にフォンが何度も頷く。
ギルド長は強かった。今は引退しているが、ゴールドの中までいった実力者だそうだ。ロイは魔法も使うのだが、今回は周りにこれだけギャラリーがいるし、ギルド長相手で危ないので、自分の足下を確保したり、反対にギルド長の足下を危うくするような魔法を使い、速さを上げ、対峙した。
というのを、普段はほとんど話さないフォンが早口で説明してくれる。
とてもわかりやすい解説で、ぼけっと見てるだけだったアリスは助かった。
「今三回フェイントを入れたんです。わかりましたか?」
「まったくわからなかったです」
「そうでしょう。ロイさんは前衛としてもかなり優秀なのです」
へぇ、と彼の話を聞いているが、それよりも、普段しゃべらないフォンの口の速さに驚いている。
「ふふ、フォンはね、ロイの腕に惚れてパーティーへ乱入してきたのよ」
「ロイさんの横で弓を引きたい」
実はフォン、シルバーの上で、このパーティーの中でも一番の腕だそうだ。なんならゴールドを取れるくらい。
「ロイさんの成長を見守るのです」
その意気込みがすごい。
「しかし、さすがギルド長、引退したとは言え近接の強さは衰えてませんね。ロイさんもそろそろ限界です」
目を逸らしていた試合に、慌てて向き直る。
押すように攻められるロイは、躱すのがやっとといった風だった。
「ロイ、試験落ちちゃうの?」
「いえ、もともと力量を見る試験ですから。ゴールド相手に攻撃魔法も使わずあれだけ対処できていれば十分です」
やがて、肩で息をして膝を突くロイに、ギルド長は攻撃をやめた。
「今日からシルバーランクだ」
その宣言にあちこちから歓喜の声が上がる。
「ロイー! おめでとう!!」
キャルが飛びつくのを、手で追い払いながら立ち上がった。
「新しい身分証を作るから取りに来いよ」
声を出すのも億劫なようで頷いた。
「ロイ、さすがに今日はお祝いだよ!」
キャルのセリフに、メルクも頷く。少し照れくさそうにして、ロイもわかったと返事をした。
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