第八話 休み時間に起きた事件
そして、その日の昼休みのことです。
華奈はまた、教室ですごそうと思っていました。ですが、今日は何人かの子が教室に残るようで、チャイムが鳴ってもまだ食べている子や、本を取り出して読み始めた子が数人いました。
その様子を見た華奈は、急いでスケッチブックと筆箱を持ち、教室から出ました。そして靴にはきかえて、校庭のすみを急ぎ足で進みます。
向かった先は、校庭のはしにある森。そこは、横に広がる本物の森をフェンスでくぎって、学校の一部としている場所です。けれどもそこは、枝が伸びっぱなしでかくれんぼもしにくいため、あまり人は近づきません。華奈は、その森の奥の方なら、誰もこないだろうと考えたのです。
「本を読んだり絵を描くために、たまに来るんだけど。いつもこの中の奥の方までは、あまり人が来ないのよね。今日はどうかな……?」
華奈は、小枝に引っかかりながら進んでいきます。
フェンスのすぐ近くまでくると、大きく育ちすぎたためか、切られてしまった木があります。大きな茂みに囲まれるようにあるその切り株に、華奈は腰掛けました。そして、スケッチブックを膝の上で開き、その上に筆箱を置きます。きょろきょろと周りを見て、誰もいないことを確認すると、それを開いて言いました。
「出てきても大丈夫よ」
「おぉ……」
シオンは筆箱から顔を出すと、先程の華奈と同じように、辺りを見回しながら言います。
「学校という場所には森もあるのか?」
「この学校には、ね。他の学校にもあるのかは知らないわ」
隣の学校はとても遠くにあって、華奈は行ったことがありません。部活も『読書部』なので運動部のように別の学校と交流する機会がないのです。
「ここは、隣にある本物の森を、授業で安全に使えるよう、学校の一部にしたんだそうよ」
「どんな授業で使うんだ?」
「理科の授業。虫や植物のことを勉強するために、入ってきたことがあるわ。でも、たいてい森の入り口の所で必要なものがそろってしまうから、授業でも奥の方にはこないの」
そう説明していると、華奈を見上げていたシオンが何かに気づいたようで、言いました。
「華奈、ちょっと頭を下げて」
言われたとおり少し頭を下げると、シオンは華奈の頭に飛び乗ります。
「なあに?」
「じっとしててくれよ」
髪の毛がモゾモゾしたなと思うと、シオンが何かを持ってスケッチブックに飛びおりました。
「葉っぱ! ついてた」
ちょうど、今の身長と同じくらいの大きさの葉を手に、シオンは笑顔で言います。
「ありがとう」
シオンの笑顔に、その行動に、うれしくなった華奈も、ふんわりと笑顔になりました。
「虫じゃなくてよかった」
嫌いじゃないけれど、あまり好きではないの、と華奈が言うと、
「そうだな。俺もこの大きさの状態で虫には出会いたくない」
そう言って、シオンは笑いました。
やはり、ずっと箱の中にいるのは大変なようで、シオンは大喜びで茂みのあたりを探検したり、華奈がとっておいた給食を食べたりしてすごしました。
休み時間が終わりだと知らせる鐘が鳴り、華奈が教室に入ろうとすると、部屋の真ん中あたりで、クラスの女の子たちが集まって、何やらさわいでいるようです。
「一生懸命お小遣いを貯めて、ようやく買えたのに……」
「誰が持って行ったの⁈ 正直に言いなさいよ!」
何やら険悪な様子に驚きながら、華奈はそろりそろりと教室に入りました。すると、先に戻ってきていた友達、夕実佳を見つけたので、小さな声で聞いてみます。
「夕実佳、何があったの?」
「華奈! 鏡がなくなっちゃったんだって」
夕実佳はチラリと目線を送りながら言いました。そこには、クラスの中でも良く目立つ女子グループの四人が、大人しめな女子二人を囲んでいました。
「それって、絢音ちゃんがこないだ持ってきていた、あのキラキラの?」
絢音とは、その女子グループの一人。先日彼女がうれしそうに見せて回っていた鏡のことを思い出しながら、華奈は言いました。
「そうみたい」
その鏡は、手のひらサイズの丸い形でした。ふたの部分には、色とりどりのラインストーンでキレイな模様が作られていて。華奈もそういう物が好きなのでよく覚えていました。けれどそれは「授業に必要ない物だから、持ってきたらダメです」と先生に注意されていたはずで……
「女子ではあなたたち二人しか、教室に残っていなかったじゃない!」
四人に囲まれた、二人はビクビクしながらうつむいています。
「あなたたち、給食を昼休みまでかけて、ゆっくり食べていたわよね? その後どうして外に行かなかったの?」
「それは……」
「人が少なくなるのを待ってたんでしょう⁈」
うたがわれている子の一人が顔を上げて、何かを言おうとしました。ですが、グループの女子がそれをさえぎって叫んだので、その子はまた黙って下を向いてしまいます。
「もしかしたら、二人で協力してやったんじゃないの⁈」
校庭で遊んでいた子達もどんどん戻ってきているようで、人が増えてきました。隣のクラスからものぞきに来ている子がいるようです。
「男子があんな可愛い物、持っていくなんてありえないし!」
その子たちの勢いに押され、さらに沢山の人に囲まれて。二人の女子は泣きそうな顔をして、黙りこくってしまいました。
その二人は、クラスの中でもおとなしめの子たちで、自分の意見をはっきりと言うタイプではありません。だけど、こんな状況じゃ、私だってきっと何も言えなくなっちゃう。私も残っていれば何かわかったかもしれないのに……と、華奈は思いました。
どうして、誰が持っていってしまったのか? やっていないのに、やったと言われるのはどんなに辛いことか。
突然発生した事件に、華奈は色々と考えてしまいます。そして、心がきゅぅっと冷たくなっていくのを感じて、持っていたスケッチブックと筆箱を、ギュッと抱きしめました。
するとその時、どういうわけか、華奈の頭の中にシオンの声が聞こえてきます。
『華奈。起きた事は変えられない。気にはしても抱え込むな。あと、勝手に想像して決めつけるのは良くないぞ』
外で何が起きているのか、華奈が何を考えているのか、全てわかっているかのような、シオンの声。
『なぁ、無くなった物、見つけるのは良いことか?』
(それが出来るの……?)
ビックリしながら、思わず華奈が心の中で問うと、返事が返ってきました。
『出来る』
なんと、シオンは華奈の心の声を聞き取っているようです。
(この、シオンの声が聞こえているのは……)
『この世界でいう、テレパシーっていうやつだな。あ、今だけだぞ? 心を読むのも、こうやって語りかけるのも、力を使っちゃうからな』
おどろいた華奈は、全部が聞かれているわけではないのね、と、安心しました。そして、先程シオンが言った「勝手に決めつけない」ということに気をつけて考えてみます。
(見つけることで……持っていかれちゃったあの子も、持っていってしまった人も。正しく、良い方に導けれるのなら……。それができるなら、すごい良い事だと思うわ)
もし、欲しくて持っていってしまったのなら、それはいけないことなのだと……ちゃんと理解しなければならない。
もし、何か別の理由があって持っていったのだとしても、まず勝手に持っていってしまった事を、持ち主の子に。そして、今うたがわれ、非難されている子たちには、そのようなきっかけを作ってしまったことを、謝らなければならない。そう華奈は思いました。
『よし、じゃあちょっと協力してくれるか?』
(もちろん。何をしたらいいの?)
シオンから何をやってほしいのかを聞き、何と言うのかを、心の中で相談して決めました。
それを自分がするのかと、想像しただけで華奈は緊張で胸がドキドキしてきます。ですが──
(……わかった。やってみる)
華奈は、そう心の中で答えました。