第七話 シオンと一緒の学校生活(初日)
翌朝────
登校する時。いつもよりも多いカバンの中身を気にしながら、華奈は歩いていました。飛び跳ねないように、転ばないように。あまりに気をつけすぎて、弟たちに言われてしまう程に。
「お姉ちゃん、なんだかいつもよりゆっくり?」
「早く行こうぜー! オレ、友だちとサッカーする約束してるんだからさー」
幸樹は手をつないで歩いていて、京樹は離れてしまわないように時々振り向いてくれて、いつもよりも止まって待つ時間が長いことに気づいたようです。
「わかったわ、急ぎましょう。あ、でも走るのはやめてくれる?」
華奈は、ほんの少し腰を落として、できる限り鞄が揺れないよう歩いて行きました。
小さくなることができると言ったシオンは、筆箱に入れるくらいの大きさになれたので、華奈は少し深めで、あまり使っていなかった缶の筆箱を用意しました。シオンはそこに一本の鉛筆と、ペンダントと一緒に入っています。
そして華奈は約束通り、休み時間になる度に人のいない場所を探しました。シオンに、少しでも外の空気をすってもらうために。短い休み時間では外に出ることができないので、使っていない教室を覗きにいったりして人気の少ない所を探しました。
はじめはどうなることかと心配していた、シオンを連れての学校ですが、誰にも気づかれることなく、昼休みまで過ごすことができました。
昼休みは、ほとんどの子が運動場や体育館へと遊びに行きます。
華奈はもともと、教室に残って本を読むのが好きなので、教室にあまり人が残らないことを知っていました。なので今日は、あえて誰もいなくなる事を期待しながら、昼休みの始まりのチャイムを待ちます。
そして、チャイムが鳴ると今日は、我先にと、ほとんどの子が教室から出ていきました。残っているのはまだ給食を食べている子が二人だけ。
ですが、その子たちも他の子と外で遊ぶ約束をしていたので、華奈は誕生日にもらった本を開きながら待ちました。
「華奈ちゃん! 一緒に外で遊ばない?」
華奈も、何人かの子に声をかけられましたが、
「ありがとう! でも今日は読みたい本があるから……また今度誘ってくれる?」
そう答えて、教室に残りました。
やがて残っていた子たちが食べ終わり、外へと向かいます。それを確認した華奈は、シオンの入った筆箱を机の上に置いてそっと開けました。
「お待たせ。今から二十分は大丈夫よ」
そう小さな声で話しかけると、シオンも小さな声でお礼を言います。
「ありがとうな」
さすがに狭い筆箱の中は、きゅうくつだったようで、シオンはおもいきり伸びをしながら言いました。
「ところで。人間て……変なやり方で勉強してるんだな」
「変なやり方?」
「あぁ。あんな沢山の者に一度に教えていて、大丈夫なのか?」
「大丈夫って……何が?」
シオンが何を考えているのかわからなかった華奈は、そのまま聞き返しました。
「全員が理解できているのか? それぞれの、能力の差を考えていないんじゃないか?」
「…………!」
華奈は、シオンに言われて驚きました。なぜなら、自分はただ学校に通っているだけで、他の子がどういう状態かだなんて考えたことがなかったからです。
学校に通う全員の事を考えているシオンのその疑問は、華奈には思いもよらなかったことで。でもよく考えてみれば、確かに不自然に感じることでした。
「理解力に差があるからこそ……上を目指して頑張ろうと思える人もいるかもしれないけど……。
全員が大丈夫か、って言われると……中には大丈夫じゃない人もいるかもしれないよね……」
「だろ? あと、生まれた月で無理やり学年とやらを決めるのもオカシイ!」
なんだか、言いたい放題の事を言っているな、とも思って華奈は苦笑しました。ですが、シオンの言葉は何故か心に残ります。
「なぁ……例えばだぞ。さっきのテストで、わからない問題があるとして、それを解るようにしてやるのは『良い行い』だと思うか……?」
突然の質問に、華奈は少しとまどいながら答えます。
「それは……答えをそのまま教えるのはダメだけど」
「もちろんだ。それじゃ勉強の意味がない」
「……答えを出せるように導くのは……良いことだと思うわ」
ただ、それをどのようにして導くのか、華奈には全く想像ができなかったのだけれど。
「でも…………今日はもうテスト……ないわ」
ようやく、この小さな体でもできそうな事を見つけたのにと、がっくり肩を落とすシオンに。華奈は、給食の時に取っておいたパンの欠片とブドウを二粒、わたしました。
昨晩聞いた話によると。シオンにとっての食事は、太陽の光、森や海などの自然界に存在する目に見えないエネルギーで、何かを直接食べる必要はないそうです。けれど、興味があるようで、これはなんだ? どういう味なんだ? と、絵を描いたりして、華奈に質問してきました。
「食べなくてもいいのに、どうして聞いてくるの?」と聞いたら、栄養にはならないけれど、チャンスがあったら食べてみたいとシオンは言いました。なので、華奈はコッソリそれを給食袋に入れ、机の中にしまっておいたのです。
シオンはそれらを興味深げに見つめると、喜んで、美味しそうに食べました。
残念ながらその日は『良い行い』をするチャンスは見つけられず終わってしまいました。ですが、また明日頑張って探そうと約束をして、二人は眠りにつきました。
◇◆
次の日の朝、目を覚ました華奈はすぐにシオンを起こして大きさを確認しました。
「昨日より、数センチは大きくなってる……!」
シオンに机の上で立ってもらうと、大きくなっていることがすぐにわかり、華奈は言います。
「数センチか……」
シオンはむずかしい顔をしてつぶやきます。
何もしなくても、数センチ分は力が戻るとわかりましたが、それではとても、期限までに元の大きさに戻ることはできないでしょう。そう華奈も気づいて、しょんぼりとしてしまいます。
「問題はないさ。権利なんかもらえなくても、自分のやりたい仕事は自力でもぎ取ってやる! 今はとにかく出来ることをやるぞ」
華奈をはげますためか、はたまた、本気でそう思っているからなのかわかりませんが、シオンは元気な声で言いました。
ですが『お兄さんお姉さんの力になりたい』と言っていたシオンの言葉が、華奈の頭と心に残っています。明るく話すシオンの横で、もっと何か協力できないかと、華奈は悩みました。