第六話 力を返す方法
「……良い行いをすると、力がペンダントに入るのよね?」
華奈はもう一度確認しました。
「半分だけ、な」
「半分だけ?」
「あぁ。このペンダントは俺の力の入れ物ではあるんだが、常に、俺の持つ力の半分が自動で入るように調整されているんだ」
全部ではないんだ、と華奈は少し不思議に思いました。けれど、先程シオンが言っていたことを思い出し、その理由が少しわかりました。
「細い糸のようなものでつながってるって言っていたのは、そのため?」
「そう。『良い行い』をすると、助かった人の心に『ありがとう』っていう、感謝の気持ちとかが生まれるだろう? それが、俺の力となり、その半分がペンダントに送られる。
そして、何か願いを叶えるのに力を使えば、ペンダントと俺の両方から、同じだけ力が減るんだ」
「なるほど……」
華奈は話を聞いて、考えました。
きっと、ペンダントから力をどんどん使われることで、シオンの力も減り、バランスを取るように体もどんどん小さくなっていってしまったのね……。
そう気づいた華奈は、心が沈んで暗くなってしまいます。けれど、そのままじゃいけないと思い直し、勇気を出して聞きました。
「気になったことがあるのだけど……」
「なんだ?」
「どうしてペンダントに力が行くようになっているの? シオンとペンダントがつながっていなければ、はじめからペンダントなんかなければ……落としてしまって慌てることも、勝手に力を使われてしまうこともなかったのに……」
自分のしてしまったことに胸が痛く、穴があったら入りたいくらいの気持ちで華奈はシオンに聞きました。
「それはだな。無事に行き来するため、だ」
シオンは、とても真剣な表情で話します。
「世界を越えるための扉とその道は、とても繊細なんだそうだ。俺たち子供は、まだ力を上手く封じることができない。そして、そのまま通ったら、漏れ出ている力の影響で道も扉も壊れてしまうと言われている。
そして壊れたら、二度とその世界とは行き来する事ができなくなってしまう。
このペンダントは、力が外に出ないよう、周りに影響しないよう封じてくれる物なんだ」
大人たちは本当にすごいんだぞ、道具を使わずその身一つで、自ら力を封じ、世界を越えることが出来るのだから。そうシオンはうれしそうに言いました。
「そうなんだ……」
華奈は、目を閉じてつぶやきます。そして、もう一度、手伝うという決意をシオンに伝えました。
「シオンが良いことをしていったら……力は貯まるのよね……。私、頑張って手伝うわ!」
「……そう言ってくれるのはありがたいけど……手伝うのは本当にむずかしいと思うぞ? だって、人は無欲ではいられないものだろう?」
たしかに。華奈が雨に濡れるのが嫌だなと思った時にもペンダントは反応しました。そんなささやかな願いにも反応してしまうのだから……
「わたし以外にできそうな人を探す……?」
「それも多分無理だ。そもそもこれは、俺以外の者が使うことはできないはずなんだ」
「じゃあ、なんで私は……」
使えてしまったのか。その疑問にはシオンがすぐに答えてくれました。
「相性とやらが良いと、使用できてしまうこともあると教わった……」
ごくまれな事ではあるが、注意しろと言われていたのに、とシオンは頭を抱えました。
「だから、力がどんどんなくなっていった時は、びっくりしたぞ。まさか自分がそんな、万に一つのレアケースに当てはまるとは思ってなかったからな」
「そうなのね……」
ぐうぜんに、ぐうぜんが重なったとはいえ、本当に大変なことをしてしまったのだと、華奈は悩みます。
「体が縮み始めてすぐ『良い行い』を一つしてみたが、力が減るスピードには追いつかなかったし……」
「良い行いって、何をしたの?」
「落とし物を探していたご婦人がいてな。人の姿に変身して、彼女の落としたという小さな袋を見つけてあげたんだ」
そういうお手伝いも『良い行い』になるのね、と華奈は心のメモに記録しました。
「その後、さらに良い行いをしようと出来る事を探していたんだが……なぜかすれ違う者が皆こちらを見てくるし……」
ゆるくウェーブのかかった美しい金髪、まるで御伽噺にでも出てきそうなほどにキレイな顔立ちに燃えるような赤い目のシオン。そのうえ王子様みたいな服を着た彼が、本来の大きさだったなら、確かに目立つだろうと華奈は思いました。
「そのうち、話しかけられたと思ったらあっという間に沢山の女の人たちに囲まれるし……何だか光を発する薄い板のようなものは向けられるし…………」
うつむき、ふるえながら言うシオン。向けられたという板は多分スマホだろうけれど、きっとすごく怖かったのだろうな……と、華奈はますます申し訳なくなってきて、もう一度謝りました。
「本当にごめんなさい……」
「……いいよ……調子に乗って、浮かれて落とした俺が悪かったんだから……」
楽しくなってしまって、課題のことを忘れてしまうくらいお調子者なのに。力を使ってしまった華奈をせめることなく、自分が悪かったのだと言うシオンが、華奈にはとても眩しく輝いて見えました。そして、なんとか彼の力になりたい、改めて強くそう思います。
「でも……じゃあ、これからどうするの?」
華奈がそう聞くと、シオンは明るい笑顔をつくって答えます。
「とりあえず様子をみてみようと思う。もしかしたら意外と早く元に戻れるかもしれないし」
それを聞いて、本当に大丈夫かしらと華奈は心配になりました。けれど、力の戻るスピードがどのくらいなのか、想像もつかないので、せめて少しでもすごしやすいようにしてあげよう、そう思って提案をしました。
「それなら明日、私が学校へ行っている間はこのお部屋で待っていてくれる?」
姿を消せないのなら一緒に学校へ行くことは難しいだろうし、何かの箱に入っているにしても、きゅうくつだろうと思い、言ったのですが、
「この部屋に……一人で……?」
ピンクのカーテンに家具、そしてベッドの上に並ぶ可愛いぬいぐるみたち。華奈の、かわいらしい部屋全体をぐるりとながめてから、シオンは華奈を見て言いました。
「嫌だ! それはできない! こちらの世界をよく観察して、知ることも大事なんだ! それもやらなければならないことの一つだ! その為にも、この部屋で一人待つことはできない。
それに、一緒に外へ出たら、もしかしたら何か『良い行い』ができるかもしれないじゃないか!」
先ほどは言っていなかった、やらなければならないことの話と、一緒に行く理由。それらをとても真剣な顔で言うシオン。
「今、部屋を見てから決めなかった?」
華奈がシオンの目を見てそう聞くと、シオンは目を泳がせながら、別の方を見ます。
その様子は、ピンクに染まって可愛いものが沢山あるこの部屋に、一人では居たくないと物語っているようでした。
「私は毎日学校に行くのよ。週末はいろんなところに連れて行ってあげれると思うけど……。それに、一緒にいたらペンダントが私の願いに反応してしまうんじゃない?」
「それは大丈夫。俺がこうやって触れていれば、勝手に力を使ってしまうことはない、はずだ……。
いくら相性が良くても、元々は俺の力。俺とのつながりの方が強いからな」
そこまで言われたら、華奈はもうダメとは言えません。
「わかったわ。じゃあ、何とか誰にも見つからないよう、気をつけましょう」
そして、華奈とシオンはいくつかの決め事をしました。
その一、この部屋以外で、華奈に話しかけていいのは『良い行い』をする時のみ、他の人にバレないように。
その二、指定の場所から勝手に離れないこと。
その三、休み時間ごとに人のいないところで、できる限りシオンを外に出すこと。
「あとは……一日中ポケットじゃ流石に苦しいだろうから、学校に持って行っても大丈夫で不自然でないもの……」
シオンが少しでもすごしやすいようにと、華奈は一生懸命に考え始めました。すると、シオンが思い出したように言います。
「あ、そういえば。これよりもっと小さくなるのに、力はそんなに必要じゃないぞ?」
「そうなの?」
それならなんとかなりそうかしら、と華奈は腕を組んで明日を想像してみました。
「ありがとうな、お前……」
そう言って、シオンは華奈を見つめます。
それに気づいた華奈は、なんとなくですが、名前で呼ぼうとしてくれているのかな? と思いました。
名前で呼んでほしい──
そう思った華奈はもう一度名前を告げました。
「私の名前は華奈、よ。シオン」
「華……奈?」
確認するような声でだけれど、シオンの口から自分の名前が聞こえると、華奈の心臓はドキンとはねます。そして、ドキドキし続ける胸を感じながら笑顔でうなずきました。すると、シオンも笑顔で、両手を腰にあてて言います。
「何はともあれ、よろしくな!」
「こちらこそ、シオン」
それから二人は色々な話をして、いつのまにか眠りについていました。