第五話 ワクワクが止まらなかった王子様
「……そうなんだ……!」
その言動から、少し子供っぽく感じるシオンの口から。将来とか、仕事とかいう言葉が出てきて、華奈は少しおどろきました。ですが、自信たっぷりに話しているシオンを見て、かわいいけどかっこいいなと思って、大人しく話の続きを聞きます。
「俺は元が優秀だからな。こんな課題すぐに終わる! だから、変身してこの世界を飛び回って見学していたんだ」
シオンは、自分の見てきたものをうれしそうに話しだしました。
砂まみれの所にある、大きな三角の山のような物。神の家と呼ばれ、柱が何本も立っている大きな建物。この世界の誰も知らないらしいという海に沈んだ都市。
どれも興味をひかれる話だけれど……
「で……課題は? 課題って、宿題みたいな……テストみたいな物のことよね、もう終わったの?」
じっと見つめる華奈と、はっと何かを思い出したかのようなシオンの視線がぶつかりました。
シオンは、パッと目を離して、もごもごと何かを言います。ですが、声が小さすぎて聞こえず、華奈は聞き返しました。
「え? 今なんて……?」
「しょうがないだろ……一般の奴らと違って、城の外に出ることだって滅多になくて……。ましてやここは異世界、ワクワクが止まらなかったんだよ!」
「お城……? 貴方まさか王子様⁈」
その乱暴な物言いに、華奈はシオンが王子様だとは、とても思えませんでした。けれど、偉そうな雰囲気は『我儘王子』と感じることもできます。そう思って華奈が聞いてみると、
「悪いか。これでも第三王子だ。
俺は、将来兄上や姉上たちの力になれるような仕事がしたい。だからそのためにも、良い成績を納めてどんな職でもこなせるようになりたいんだ」
開き直ったように、シオンはそう言いました。
「じゃあ、良い成績を納めたいと思っていたのに、珍しい場所にお墨付きでようやく出ることのできた王子様は……ハイテンションになっちゃって課題の事も忘れて、大事な物を落としてしまった、と……?」
華奈は、自分がよりよく理解するために、シオンの状況を言葉にしてみました。
「…………そうだよ……それでペンダントを落としちまったんだよ!」
シオンは、そのものずばりと言われたからか、恥ずかしそうに顔を赤らめて叫びます。
その様子を見ながら、しまった、と華奈は思いました。そして、急いでもう一つ、気になった事を聞いてみます。
「変身して飛び回ったって言っていたけれど、鳥とかにも変身できるの?」
「……もちろんだ。この姿だってこの世界の人間というものに変身しているんだぞ」
先程の、後悔しているような恥ずかしそうな表情はどこへ行ったのか。あっという間に、再び自慢げに胸を張って、シオンは言いました。
華奈は、コロコロ表情が変わるシオンのことを、やっぱりカワイイなと思い、笑顔になります。そして彼の本当の姿に興味がわいて、さらに聞きました。
「じゃあ、本当はどんな姿なの?」
「見せてやりたいけど……そのために使える力が残っていない……。変身は、たとえ元の姿に戻るだけでも、この姿を保つよりずっとパワーが必要なんだ」
残念そうに、困ったように言うシオンを見て、華奈は改めて、自分がどんな事をしてしまったのかを理解しました。
それがどれだけ大変な事だったのかを――
「……ごめんなさい……そのペンダントが、私の願いを叶えてくれていたのね……」
「まぁ……知らなかったんだし、しょうがないだろ。こうやって返してくれたんだから、もういいよ」
そう言いながらシオンはペンダントをポンポン、となでました。
「……ありがとう……!」
申し訳ないと思う気持ちが大きいものの、シオンのその様子から、本当に怒ってはいないのだと感じ、華奈はそう伝えました。
「それにしても、願いが叶えられるだなんて、すごい力ね」
お母さんの、仕事の期限がのびて早く帰ってこれたり、電車が止まってしまったのにお父さんが早く帰ってこれたのも、ペンダントが光ったことを考えると、その力のおかげで。さらに雨にぬれたくないと思った時に雨が止み、空が晴れていったことも。どれもこれも魔法みたい、と華奈は思ったのです。
「なんでもできるってわけじゃないけどな。死んだ者を生き返らせるとか、神様にもできないことは無理だから」
「それでも!」
華奈は目をキラキラさせて、改めて言いました。
そんな華奈を見て、再びシオンは笑顔で説明してくれます。
「貯めた力で、いろんな世界を行き来きすることもできるんだぞ」
「そっか……」
貯めた力で、ということは。力が貯まるまでシオンは元の世界に帰れないということです。
それに、まず体が元の大きさに戻るまで力を集めないといけないでしょう。その全てがどれだけ大変なことなのか、華奈には想像もできません。
「その力は……課題をこなすことでしか戻ってこないの?」
「いいや、時間がたつことで、少しずつは自然に戻ってくるはずだ……」
けれども、それではとても間に合わないだろうことは、シオンの様子からわかりました。
「……私が使ってしまった力……どうやったら返せるかしら……?」
華奈がそう聞くと、シオンは難しそうな顔をして答えます。
「返すって言われてもなぁ……結局は課題をこなすしかないし……」
「何か方法があるなら教えて! 私、やるわ」
何かしたい。
わざとではないけれど、私のしてしまったことでシオンが大変になってしまっている。ならば、手伝わなければいけないと思うし、何より手伝いたい。
そう思って、華奈は言いました。
「やれないことはないと思うが……人間には難しいぞ?」
「教えて」
華奈の真剣な眼を見て、シオンはほんの少しため息をつきます。
「……じゃあ一応教えるけど……」
言いにくそうにしていた、シオンの口から出てきたその方法とは。
「俺の課題でもある『良い行い』の手伝いをするんだ」
その、もったいぶっていた様子に。一体どんな難しい方法なのだろうと考えていた華奈は、キョトンとした顔でシオンを見つめます。
『良い行い』とはゴミを拾ったり、誰か困っている人を助けたりする事かしら? と、考えながら華奈は聞きます。
「私がその『良い行い』を手伝ったなら、早く『力』が貯められる?」
「そうだな、でもやりすぎて、お前だけで『良い行い』をしてしまうと、俺の力にはならないから。もし本当に手伝ってくれるなら、俺が頼んだことだけをやってもらいたい」
全部やってしまってはいけない、と。そうなると一体どんなことをしたらいいのだろう?華奈は少し考えてみました。ですがいまいち想像がつきません。
「例えば……具体的にどんなことをしたらいいのかしら?」
「ん……困ってる人を見つけてくるとか……?」
シオンに聞いてみるものの、彼もあまり良い例が思いつかないらしく、自分自身に確認するようにそうつぶやきました。
「ちなみに、その力はどれくらい集めたらいいの?」
それを教えてもらっても、何をどうしたらよいのか、わからないかもしれないけれど、と思いながらも華奈は聞いてみました。
「できる限り、たくさんだ!」
何故か元気にそう答えるシオン。じゃあ、なおのこと飛び回っている場合ではなかったのでは、と華奈は思いました。ですが、またしょんぼりしてしまったらかわいそうだなと思って、その言葉は飲み込みます。
「もし、期限までに元の大きさにも戻れなかったらどうなるの……?」
「さあな……王子の資格はなくなるかもしれないな。力を集めるどころか、減らしたなんて話、聞いたこともないし。
けど大丈夫だ。そうなったらそうなったで、自分で勝手に役に立てるように仕事するだけだから」
心から楽しい話しではないだろうに、シオンはそう言いながら笑っていました。その様子を見た華奈は、胸がいたくなります。