第四話 隠し事
シオンと名乗った少年は、ペンダントを入れているポケットの方を指して言いました。華奈はその言葉にドキリとして、だまってしまいます。
「おかげで体はどんどん小さくなるし……姿を隠す力も使えなくなっちまったじゃないか!」
力の結晶とは、おそらく光って熱を発するこのペンダントのこと。それはなんと、華奈の考えたとおり、不思議な力で願いを叶えてくれていたのです。
「あの……」
華奈が、ごめんなさい、と伝えようとした時「おねーちゃーん!」と、とつぜん後ろの方から声をかけられました。
それは下の弟、幸樹の声でした。ビックリした華奈は、慌てて小さな少年、シオンをわしづかみにします。そして立ち上がり、ペンダントとは反対側の左ポケットに彼を、そうっと押し込みました。
「そんな所で何やってんだー?」
今度は京樹の声です。振り向いて見てみると、おばあちゃんを真ん中に手をつなぎ、両側で手をふる二人がいました。
「幸樹、京樹、おばあちゃん!」
三人はちょうど家に向かって歩いてきたところのようです。
「何かね……小さな猫ちゃんがいたみたいだったから、のぞいてたのよ」
華奈は三人の方へと歩いて行き、とっさに猫の話を作り出して、茂みの所で座っていた理由をごまかしました。
ポケットの中ではシオンが暴れているらしく、スカートがモゾモゾと動いています。華奈はみんなに気づかれたらいけないと思い、ポケットを軽く押えました。
少し固い笑顔で三人のところへいくと、華奈は自分の心臓の音がとても大きく感じることに気づきます。
それはたぶん、隠し事をしているから……。その内容も『ポケットに入れた小さな少年』という現実離れしたことと、華奈が誰かのペンダントを勝手に持って帰ってしまい、そのままであるという、できれば知られたくないことで──
「猫ちゃん見れた?」
「残念だけど、ちゃんとは見れなかったの……きっと逃げるのがとても上手な子だったのね」
「そっかぁ、ざんねんー」
首をふりながら答えた華奈に、幸樹は言いました。
おばあちゃんは、そんな子供たち三人のやりとりを聞きながら、笑顔で言います。
「華奈ちゃん、お疲れ様。一緒に帰りましょうか」
「ありがとう、おばあちゃん」
おばあちゃんと京樹が手を繋いで前を行き、その後ろを、華奈はシオンが入っていない方の右側で幸樹と手を繋ぎ、歩き始めます。
その時です、動いても無駄だと思ったのか、シオンが叫びだしました。
『出せー! このやろうー!』
華奈はあわててポケットの上からシオンを優しくつかみます。
(姿を隠せなくなったと言っていたから、きっと他の人に知られたらいけないのよね……? それにもしこの子が見つかったら、私が拾った物を返してないってわかっちゃう……)
ほんの少しでも、人の物を『ほしい』と思ってしまったことに罪悪感を感じていた華奈は、それでも知られたくないという気持ちもあって、必死にシオンの事を隠そうとしました。
幸い、その叫び声は体の大きさに比例してか、そこまで大きくはなかったけれど、隣で手を握る幸樹には聞こえてしまったようで、
「お姉ちゃん、今何か言った?」
と、聞かれました。
「え⁈ あぁ……。あのね、今日の宿題が沢山で嫌だなって。でもがんばってちゃんとやるわ」
華奈はポケットをそっとなでながら、幸樹の方を見て言いました。
「急いでやらないといけないから、おうちに帰ったら一人でお部屋に行ってやってくるね。
みんなはテレビとか見ていていいよ」
本当は沢山ではないけれど、宿題はあります。でも、もうこれ以上隠し事をしたくなかった華奈は、できる限りウソにならないよう、幸樹に説明しました。
家に着くと、おばあちゃんにもそのように話をして、華奈はすぐに二階の自室へ行きました。
急いで宿題の用意をして、それからポケットに入れたままの小さな少年、シオンを机の上にそっと出すと……
「何てことしてくれるんだ! 苦しかったじゃないか!」
開口一番、少年は大きな声で叫びます。華奈はあわてて右手の人差し指を口の前で立て、小さな声で言いました。
「しーっ! 静かに。他の人に見つかったらいけないのよね?」
その言葉に、シオンはグッと口を固く結んで華奈をにらみました。そしてしばらくすると、小さな声で言います。
「何でもいい。早く力の結晶を返してくれ。これ以上力を使われたら、元の世界に戻るどころか、俺の存在が消えてしまう……!」
真剣な眼差しのシオンを見て、華奈はペンダントをコトリと机の上に置いて聞きました。
「これがそうなの?」
「そうだ! よかった……!」
シオンは、自分と同じぐらいの大きさのペンダントを見るなり、抱きついて言いました。
その様子からも、表情からも、心の底からほっとしていることがわかります。
「それが貴方のものだという証明は……できる?」
彼の言っていることがウソだとは思わないけれど……華奈は念のため聞いてみました。
「……証明……?」
そんなこと、言われるとは思いもしなかったようで、シオンは困ったような顔をしてそうつぶやきました。そして何かを一生懸命に考えたのでしょう。しばらくすると、ちょっとぎこちなく、ゆっくりとですが、説明をはじめます。
「これと俺は、細い力の糸のような物で繋がっている……。その糸を力で見えるようにすることはできるが……」
そこまで言うと、また口をつぐんで考えはじめました。そんなシオンの様子を見て、だんだん申し訳ない気がしてきた華奈は、両手を合わせてあやまります。
「ごめんなさい、大丈夫。信じるわ!」
「へ……?」
シオンは目を丸くして華奈を見てつぶやきました。
「もし悪い人なら、迷わず何かをして証明しようとするでしょう?」
華奈はシオンをまっすぐに見つめて、信じた理由を説明しました。するとシオンは目をパチクリとさせてから顔をそらし、不機嫌そうな声で言います。
「なんだよそれ……」
「ためすようなことをして、ごめんなさい」
そう言いながら、シオンの横顔を見ると、ぷくっとふくらませたほおが見えます。もうしわけないけどかわいいなと思って、華奈はくすりと笑いました。
「ところで聞いてもいい? あなたは別の世界からきたの?」
ペンダントのこと、願いを叶えるという不思議な力。聞きたいことがたくさんある華奈は、中でも一番気になっていた事を聞きました。
「ああ、そうだ」
「どうして?」
「俺のいた世界の規則だ。十の誕生日から一週間、別の世界で課題をこなすことになっているんだ」
「じゃあ、もしかして昨日が誕生日?」
「そうだ」
「私もよ! 私は昨日十一歳になったの。私の方が少しだけお姉さんね!」
これまで会ったことのなかった、自分と同じ誕生日の人と出会えたうれしさから、はしゃいだ華奈がそう言いました。すると、シオンはさっきよりもっと不機嫌な顔になり、
「年上とか年下とか、そんなことは関係ないだろ! だいたい、この世界と俺の世界では時の流れる速さが違う!」
そう言って怒り出してしまいました。この質問はいけなかったかしら。そう思った華奈は「ごめんなさい」と言いました。そして、すなおにすごいと思ったことを伝えてみます。
「十歳で、一人で別の世界に行くなんて、すごいのね」
華奈には、自分が一人でどこか遠いところへ何日も行く、という想像ができませんでした。ご飯や寝る場所も、どうしたらいいのかわからないし、困ってしまうと思ったからです。
「……べつに、すごいことじゃない」
華奈のシオンをほめる言葉に、少し気持ちは収まったのか、さっきより機嫌のよさそうな声で答えました。
「みんなやるんだし……。それに、その年一番の成績を納めた者には、特典もあるからな」
「特典?」
「一番の者から順に選ぶことのできる賞品があるんだ」
「どんな物がもらえるの?」
「物だけじゃないぞ、権利ももらえる」
シオンが得意げにそう言ったので、彼はその「権利」が欲しいんだと華奈は思い、聞きました。
「じゃあ、シオンは何が欲しいの?」
「俺が欲しいのは……将来好きな仕事をするという権利だ!」
シオンは胸を張って答えます。