9話 バラちゃんと別れた話
「ハヤシ、お前最近ちゃんとできるようになったなぁ、一時はどうなるかと思ったぞ」
「はい、おかげさまで調子がいいです」
「そうか、訓練もあともう少しで終わるから気を抜くんじゃねえぞ」
「はい!」
バラちゃんというめちゃくちゃ可愛い彼女が居るお陰で、僕は訓練に集中する事ができて、班長から褒められる事が多くなった。
そして気がつけば、あっという自衛隊での訓練期間も残り僅かとなっていた。
――キャバクラにて。
「――いらっしゃいハヤシ! 会いに来てくれてありがと♡ またウィスキーのロックにする?」
「うん、頼むよ」
「タバコは?」
「吸う」
「わかった、タバコが吸える奥の席に案内するね」
金曜夜の外出――今日はバラちゃんの出勤日なので、バラちゃんに会う為に店に来た。
※因みに、過去に一回だけバラちゃんが出勤していない時に、他の女の子と同じ店内で飲んで会話した事があったが、後日こんな事があったらしい――、
「ねぇアンタさぁ、なんで勝手に私の客盗ってんの? アンタもしかして敵?」
「別に、たまたま着いただけじゃん。あとアンタの客かどうかなんて私には関係ないし」
「何その態度、超ムカつくんだけど……」
「だったら私と喧嘩でもするつもり? 人気あるからって調子のんなよ? メイク取ったらブスのくせに」
「はぁあああ!? ブスはお前だろ! お前こそ調子乗んなよ! (※バラちゃんヤンキーモード発動)」
「はっ? 私は……ブスじゃないし」
「うっせーよ! お前はブスったらブスなんだよ! もしも次にハヤシの席についたらアンタを◯すから」
「……(泣)」
――以来こうして僕がこの店に来た場合は、他の女の子が着きにくくなり、バラちゃんが必ず僕の相手をしてくれるようになった。
「ハヤシと居たら癒やされるわ、一緒にタバコも吸えるし楽よ」
「僕もいつもメイド服のバラちゃんが相手してくれて癒やされるよ」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
「あー、その返事絶対適当でしょ、実はこの前内緒で私意外の子に相手してもらったの知ってるから」
「(ギクッ)別に……その時はバラちゃんが居なかったから仕方なく会話してただけだよ。それに僕はバラちゃん意外まったく興味ないよ」
「あっそ……、ハヤシってば、私と寝てから女の子の扱い上手くなったでしょ、それで調子に乗ってない?」
「声が大きいよバラちゃん! それに大丈夫、僕はメイドの君に萌え萌えキュンだから!」
「プッ……なにそれ? キモすぎて逆にウケるんだけど、ハヤシってそんなキャラだったっけ(笑)」
「時間が経てば人は変わるんだよバラちゃん……、その証拠に最近訓練での成績が上がって、班長から怒られなくなった」
「おぉ! ハヤシ偉いじゃん、頭撫でてあげる」
「はいはい、そう言って毎回坊主触りたいだけでしょ」
「その通り、だって触り心地いいし、よしよし♪」
バラちゃんの小さくて柔らかい手に撫でられるのは満更でもない――けれどたまにこの流れで困った事がある。
「はい次は腹筋触らせて〜♡」
「バラちゃん、ここはそういう店じゃないよ(なんで僕が言ってるんだ?) あとこれセクハラだよ」
「セクハラじゃなくてスキンシップでーす、あと私女だから関係ないでーす、これする為にわざと目立たない奥の席に案内してるんだから、ほらシャツ捲ってお腹出して」
「もぉ~、しょーがないなぁ〜……」
僕は、まるで会う度に身体が目的の彼氏に対して、そうと分かっていながら身体を許す都合が良い彼女のような心境を味わった。
あとバラちゃんの腹筋フェチは本物で、毎回ホテルで僕のお腹を触りつづけるので擽ったいし、挙げ句の果てには思いっきり体重を乗せて跨りもするから苦しかった事もある、あと他にも――おっと、これ以上具体的言うの生々しいのでやめとこう。
「あぁ~、やっぱ腹筋割れてる男の子って好き過ぎる、見た目もかっこいいし、いっそのこと枕にしたい♡」
「バラちゃんは腹筋割れてるのが本当に好きだよね、なんで?」
「ブヨブヨしたお腹より全然気持ち悪くないからよ! あんな見た目生理的に無理! マジであんなふうにならない方がいいよ!」
――そうみたいだぞ? 10年後に腹筋がみる影もなくなった僕よ。
「そうだバラちゃん、真面目な話があるんだけど――」
「何? 別れ話?」
「察しがいいね……取り敢えず触るのやめようか」
「やめない、このまま会話して」
「……まあいいか、とにかくもうすぐ僕の訓練が終わる。そしたら元の部隊に帰って、君との距離が遠くなる」
「ふーん、そっかぁ……、ハヤシ帰っちゃうんだ。あとどれくらい会えるの?」
「今週と来週で最後」
「少な……だったら明日のデートどうする?」
「ごめん、特別な事何一つ考えてない、いつもの感じでいい?」
「うん、私もその方が楽だし」
「決まりだね、それじゃタバコ一本吸ってから会計頼むよ」
「うん、分かった。私もさっき吸ったけど、もう一本吸お」
毎回別れる時は、お互いにタバコを一本吸い終わってからなのがなんとなくの決まりだった。
――
「またねバラちゃん」
「あっ、待ってハヤシ、いつもみたいにチューしようよ♡」
「流石に店じゃまずいでしょ?」
「店とかどうでもいいし、ほら早く♡」
「わかったよ……」
別れの際のキスは必須だ。
何故ならバラちゃん曰く「毎回別れる度にタバコ吸うだけだったら寂しいじゃん」とのこと。
けれど逆に僕の方は、こういう事は甘々なバカップルがお互いの愛を他人に見せつける為だったり、自分を感じるさせる為だったりして、とにかく恥ずかしくて苦手だった。
「さっさと済ませるよ?」
「うん……♡」
目を瞑って待っているバラちゃんに顔を近づけて、軽くキスを済ませようとした。けれど、バラちゃんがガッツリキスをして離してくれなかった。
それと毎回バラちゃんとキスする時は、口の中に残るタバコの匂いと味がして、遂に最後までお互いに純粋なキスの味を知ることは無かった。
「こんなもんなんだよなぁ……」
帰り道で歩きながら、バラちゃんの事を考えていた。
なんとなくバラちゃんと別れる事になるのはわかっていた。
津山に相談しても、遠距離恋愛は上手く行く可能性は低いとの答えだった。
その他に理由もあって――そもそも僕達自衛官はこんなにも頻繁に外出できるわけでもない。
訓練で土日が潰れる事も普通だし、演習に行けば何日も帰って来ないのは当たり前だった。なので現実的な話をすると、彼女や奥さんと別れる確率が高かった。
「お前みたいなオタクが、がっつりヤンキーとはいえ、バラちゃんみたいな高嶺の華と付き合えた事自体が奇跡やな」
「そうだな、けどさぁ――」
「けどもクソも無い、エエ体験させてもらったって感謝して諦めろ。所詮あの子とは遊びの関係や、きっと向こうもそう思うとるで」
「……そうかな」
「そうや、じゃないと痛い目みるで?」
津山の言うことはいつも正しい。だけど今回ばかりは、モヤモヤしてとても納得できそうに無かった。
――翌日、
僕達は、朝からいつものコンビニで待ち合わせをしてタバコを一服したあと、同じパチンコ店に向かった。
「今日は何打つ?」
「スロットにするよ、負けっぱなしは気がすまない」
「私はいいや、負けそうだし相性がいい台打ってくる」
今日はバラちゃんと店内で別行動だ。流石にこの頃になると、僕もパチンコ店に慣れて一人で台を選んで打てるようになっていた。それと津山のスロット指導のお陰で、ある程度の知識は得ていた。
そして数時間後――
「ハヤシ〜調子どう? って……ええええ!?」
「あっ、バラちゃん! すごい事になっちゃった! これどうしたらいいの!?」
僕の座る台の後ろにはドル箱(メダルの箱)が何個も積み上がっていた。
どうしてこうなったかというと、僕が滅多に出ないスロットのプレミアムな大当たり――通称『事故』と呼ばれるものを引いてしまって、延々に当たりが止まらなくなっていたのだ。
あとスロットを打つ人なら分かると思うが、打っている間は目と肩がとても疲れるのだ。けれど今回の場合はどうしても、ヤメられない状況だ。
「バラちゃん、交代してくれないかな……流石にしんどい」
「任せて! ハヤシ休憩して、あとは私が代わりに打ってあげるから!」
こうしてお互いに交代しながら打ち続け、なんと全ての大当たりが終わったのが、閉店ギリギリだった。
そしてこの日得た景品の総額は一月の給料よりも多い金額だった――※あとにも先にもコレ一度きり。
「バラちゃん……コレ、本当にいいのかな(震え)」
「良いに決まってるじゃん!」
「けどさぁ、たった一日で毎月もらってる給料以上に稼いじゃったんだよ? 悪くないかな!?」
「全然悪くないし寧ろ良い! ハヤシの大勝利! ざまあみろ! あの店に吸い取られた分、取り返してやったね!」
ホテルに行き、ベッドに大量のお札を並べて二人で大興奮した。
そしてお互いに一度はやってみたかったお札を扇子にして顔を仰ぐ――もしくは天井に放り投げて、お札のシャワーを浴びるなど、成金みたいな行為をふざけてやった。
「そうだ! バラちゃんにこのお金全部あげるよ!」
「はあああああああ!!?? 何言ってんのハヤシ! 私お金いらないって!!」
「いいから受け取って」
「いらないってば!」
「お願いだ、受け取ってほしい! それでさぁ、このお金を使って僕のところに引っ越しに来る資金に当ててよ」
「……ハヤシ、私を呼びたいの? やめたほうがいいよ? だって私、色々汚い事してきてるの知ってるでしょ? だから向こうに帰って新しく彼女作りなって、きっとハヤシならすぐに出来ると思うよ?」
「過去はどうでも良い! それにバラちゃんより汚れてるのは僕の方だよ!」
当時の雰囲気でいえば、丁度自衛隊が世間から注目を集め始めた時期でもあり、今よりずっと風当たりが強い風潮だった。
なので外で自分が自衛官という身分を明かすのはだいぶ躊躇していた。
それに所謂3K(きつい、汚い、危険)と呼ばれる職業で嫌厭されていた。※今ではだいぶイメージが、変わったが……。
なので、こんな僕と付き合って恋人になってくれたバラちゃんが僕は大好きでたまらなかった。そして一緒になりたいと願った。
「ハヤシ……アンタってホント欲が無いし純粋過ぎ! そんなんじゃ絶対悪い女の子に騙されるよ! 気をつけなって!」
バラちゃんは怒って僕に説教をするが、僕は何としてもバラちゃんに無理矢理お金を受け取らせた。
「もう、そこまで言うならわかったよ……、それじゃこのお金貰うけど本当に良いんだよね?」
「いいよ別に……元々無かったお金だし、バラちゃんの好きにしてくれ」
「ありがとハヤシ♪ めちゃくちゃ嬉しい! 私絶対にこのお金使ってハヤシの居る所に引っ越すね! だから一緒になろ……来て」
「うん、一緒になろう――アイちゃん」
――後日、僕は無事訓練を全て終了して元居た部隊に帰隊した。
だけどバラちゃんはいつまで経っても僕の居る所に引っ越して来ることは無かった。
何故ならバラちゃんにメールをしても返事も無く、後日、訓練が終了してから直接お店に会いに行ったが、彼女はなんの前触れもなく急に居なくなってしまっていたからだ。
エピローグにつづく。