8-積み嘘
「……あの薬、何に使ったのか聞いてもいいですか」
沈黙を先に崩したのは僕だ。彼女に対する個人的な恨みつらみはあるけれど、それを問い詰めたってこの気まずさが終わるわけじゃない。ならば僕個人の感情は一旦飲み込んで、別のことを聞いてみることにした。彼女が僕を置いていくことになった原因の毒薬についてだ。
「あんなに強力な効果がある薬です。悪用されたら困ります」
例の毒薬は掠っただけでも即効果が現れる代物だ。そんな危険なものがもしも悪人の手に渡ってしまったら、きっと大変なことになってしまう。それが気がかりだった僕は薬の行き先を彼女に訊ねた。
「あー、あれね。売っちゃった」
すると彼女は僕を置いて走り去っていった時と同様に全く悪びれない様子でそう答える。もしかしてとは思っていたが、まさかこの人は根っからの悪人なのではないだろうか。そうでないとは思いたい。助けた時に見せた彼女の爽やかな笑顔を、僕はできるだけ疑いたくなかった。
「誰に?」
「誰でもいいでしょ」
「良くないです。悪用されたら困ります」
「じゃあ貴族に売っちゃった。これでいい?」
「……良くないです。明らかに嘘ですよね」
今思いついたと言わんばかりの適当さだった。そんな嘘に騙されるほど、流石に愚かではない。しかし僕の言い分に思うところがあったのか、ヨツノノさんは呆れたようなため息を吐き、こう告げる。
「君、綺麗な世界しか見てこなかったんでしょう。だから裏切りとか嘘に慣れていないんだ」
「それは」
否定できなかった。多分、その通りだからだ。
多分だけれど、僕は今まであまり嘘をつかれたことがなかった。ライナにしてもブレイさんにしても、彼らが発した言葉に疑問を抱くことはなかったからだ。僕が失敗をしたら怒られるし、良いことをしたら褒められる。当然のことしか言われなかった。僕のことをあまり好いていないカルテさんだってそれは同じで、僕がパーティの役に立った時は褒めてくれた。マーモさんはいつも僕に謝っていたからちょっと本心はわからないけれども。
ともかく、勇者パーティの中に僕が言葉を疑っていた人はいない。稀に嘘や冗談を言われたことは勿論あるが、それは僕のことを思って言った嘘であったり、後から嘘だとわかるような内容のものだった。例えば絶望的に強い敵を前にしたときの、全く根拠のないポジティブな言葉などだ。だから僕は嘘自体を悪いものではないと思っている。人を前向きにさせる嘘であれば、だ。
しかし、悪意のある嘘には慣れていない。彼女の言うような綺麗な世界の嘘しか見てこなかったからだ。人の気分を害するような、好意を嘲笑うような残酷な嘘は見てこなかった。それに僕の周りでそんな嘘を言う人もいなかった。
それが良いことか悪いことかはわからない。でも今、そんな悪意のある嘘に僕自身が騙されて傷ついているのが現実だ。僕はひょっとしたら、人を疑うことを覚えた方が良いのかもしれない。目の前の人を見て心の中でそう思っていた。




