0-彼女らの気持ち
新章入ります。
――――――
「どうしたライナ。眠れないのか」
深夜、とある森の中。勇者パーティは野営を行い一夜を越そうとしていた。その中で見張りのために寝ずの番をしていたブレイ・ドソドの近くに、パーティのリーダーであるライナ・サバイバがやってきたのだった。
「休めるときに休んでおくことも戦士として重要なスキルだと、何度も教えたはずだが」
「わかっている。だが私も人間なんだ。落ち着かないときだってあると察してくれ」
どこか照れくさそうに笑う彼女は、年相応の無邪気さを宿していた。普段は勇者としての仮面を被っているために、人にも自分にも厳しく接する彼女を知っているからこそ、そのような砕けた態度を見せてくれたことをブレイは嬉しく思った。
ライナは食料を蓄えているバッグの中から水筒や茶葉などを取り出すと、焚火を利用して二人分のお茶を作り、片方のカップをブレイに手渡す。湯気の立つお茶を啜る二人は、年の離れた兄妹のように仲良く白い息を吐いた。
「へぇ、良い味じゃないか」
お茶を啜ったブレイは無意識に言葉を溢していた。彼はお茶に対して造詣があるわけではない。寧ろ疎い方だろう。だがそんな彼が感心するほどに、ライナが選んだ茶葉は美味しいものだった。
「だろう? この前寄ったところの街で買ったんだ。近くに茶葉の生産地があったらしい」
「特産品ということか」
「聞いたことがない生産地だったから半信半疑だったが、これは嬉しい誤算だったな」
そう言うと、ライナは味わうようにお茶をもう一口啜った。
お茶を淹れることは彼女の数少ない趣味だ。街で自由行動をすると、彼女は決まって茶葉を探しに行くのだ。料理は苦手で一切料理当番にならない彼女は、代わりにお茶汲み係としてパーティの食糧事情に関わっていた。
「旅が終わったら――」
先ほどまで口をつけていたカップを下ろし、ライナはその中をじっと見つめた。カップには月とライナ自身が映っている。
「彼とまた、お茶会をしたいな」
「ウェンか?」
ライナが言う「彼」は決まってウェン・オールスのことだ。彼はもうパーティにいない。しかし幼馴染ということもあり、ライナの頭の中にはまだウェンの存在が強く残っていた。
「あぁ。平和になった世界で、彼が作る茶菓子を食べながら他愛もない話をしたい。私は彼が作るスコーンが好きなんだ。彼が許してくれるというのなら、私はまたそれを食べたい」
ウェンはこのパーティから実力不足を理由に追放された。そのことはパーティ全員の総意だけれども、実際に面と向かって追放を伝えたのはライナだった。
その判断が間違っていたとはライナ自身も思ってはいなかったが、これまで共に過ごした仲間を一方的に追い出すというのは精神的に強い負担がかかるものだ。実際にライナはウェンの追放のことを気に病んでいるようで、彼を話題に出すときは自分が嫌われているものとして話を進めるようになっていた。これまで師匠として二人に深く関わってきたブレイとしては、今の状況は好ましくないものだった。
ブレイはライナのことも、ウェンのことも良く知っている。だからこそ、ブレイは心から思っていることをライナに伝えた。
「ウェンが君を嫌うわけないだろう?」
「だと良いが」
焚火が彼女の曇った表情を照らす。
「不安なのか」
「不安なんだ。彼に嫌われるということもそうだし、嫌われたときに何をすれば良いのかもわからない。私はこのパーティと家族以外にまともな人付き合いをした経験がないんだ」
「勇者、だからか」
「あぁ。人は私を勇者として見るからな。皆は私を敬うし、私のことを好きにも嫌いにもならんだろう」
それは仕方のないことだ、とブレイは思う。特別な立場の地位を持つ者に対して、偏見や先入観を全くなく接することができる人などまずいないだろう。ライナはまともな人付き合いの中にこのパーティを含めたが、実際はパーティメンバーも心のどこかで、彼女のことを『ライナ』ではなく『勇者』というラベルで見ているはずだ。
勇者という立場は彼女が望まなくても勝手についてくる。だからこそ、周りの人間は特別な対応をしてきた。深く彼女に関わろうとせず、機嫌を損ねないことを意識して話をされてきたのだ。それが彼女の言う、好きにも嫌いにもならない人間関係なのだろう。
「何故だろうな、私は彼にどうしても嫌われたくないらしい。だからきっとこんなに不安なんだ」
「きっと君の中で彼は特別なんだろう。俺に理由はわからないが」
その言葉は嘘だ。ブレイはライナがウェンに抱く気持ちを知っている。これまで何度も聞かされてきた話を考えれば自然とわかるものだ。
「眠れないのならば星でも数えるといい。そのうち疲れて眠気が来るはずだ」
「そうだな。今日は、そうする」
頭上には無数の星が浮かんでいる。一つ一つ数えていくうちに、ライナの不安は頭の片隅に追いやられていくのだった。




