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5-綺麗事

「少年よ。一つ聞かせてもらおう」


 船底まで駆ける途中、マントさんが僕に声を掛けてきた。彼から僕に話しかけてくれるのは初めてだ。僕たちは走りながら二人で会話をし始める。


「何です?」

「先ほどの行動についてだ。貴様は大海の悪魔を倒すと言っていたが、何か勝算はあるのか」

「実は何もないんです。クラーケン自体、戦うのも初めてなので」


 そう、実は僕らのパーティはクラーケンと出会ったことがないのだ。そういう種類の魔物がいることは知っているし、ブレイさんから弱点や戦い方を聞いたことはあるけれど、勝算と言えるような確実性のある戦い方なんて知らない。


「ならば何故あのようなことを言う。偽りの希望は人間を混乱させるだけだ。当人達のためにもなるまいよ」

「そう、ですね」


 マントさんの言うとおりだ。僕がやったことは相手にとって偽の希望を植え付ける行為だ。もしこのまま僕達が大海の悪魔に負けて、船ごと沈むということになれば、あの人たちは僕のことを強く恨みながら死んでしまうのだろう。

 偽りの希望というのはそういうものだ。僕が与えた希望のせいで皆は一瞬だけ安心することができたかもしれないが、裏切られた時の絶望は数倍にも膨れ上がる。そして確実な勝利への道がない以上、僕はその膨れ上がった絶望を皆に与えてしまうかもしれないんだ。


「でも、偽りでも、希望はあった方がいいと思うから」

「何?」

「まったく希望がない状態よりも、少しでも希望がある状態の方がいいと思うんです。だって信じていれば、その嘘の希望が叶うかもしれないでしょう」


 まったく先が見えない暗闇の道を進むより、遠くに僅かでも光が見える道の方が安心する。例え見えた光の先に罠があったとしても、暗闇の道を歩き回って衰弱するよりマシだ。少なくとも、僕はそう思っている。

 

「甘いな。甘ったるくて反吐が出る」


 そう思っていた僕の考えをマントさんがバッサリと切り捨てた。


「貴様のやっていることは独りよがりの善意だ。裏切られる人間のことなど微塵も考えていない。そのような善意が許されるのはごく一部の実力者のみだ」


 否定はできない。現に僕はクラーケンを倒すことができるかどうか、わからないからだ。


「だが、貴様の考えは認めよう」

「え?」

「希望を振りまき、前へと進む意思を育てる。その考えは嫌いじゃない。俺は後ろ向きに考える人間が嫌いだ――」


 マントさんが言葉を言い切ろうとしたその瞬間に、バキッという鈍い音が聞こえた。何かが壊れるようなそんな音だ。

 僕はマントさんと頷きあって降りる足を速めると、そこには血を流して倒れている船員の姿と、壊れた船の扉が破片となって転がっていた。

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