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前世の最推しルートに入れない

作者: 春日井

窓から差し込む陽を受けて輝く銀の髪を流し、鋭く光った金色の瞳で目の前を見遣る。足を組み、腰を深く据えた堂々とした風格の青年の傍らには、眼鏡の侍女が一人そっと付き添っている。

青年の名はセラフィーノ・ヴァルツァー。このヴァルツァー帝国の第一皇子、皇太子殿下という尊い身分にある。

ここは学園内に置かれた王族の為の簡易執務室。

執務を熟し、小休憩を。と言ったところにやってきた来客に彼は眉を顰めた。約束を取り付けてから来るべきだと追い返そうとしたが、来客者の名を聞いて一つ考えこむ。


そして数分後。面会の許可を出した彼の向かいには、小柄な少女と、少女を挟むように二人の青年が立っていた。

そこに居るだけで気圧されそうになるが、恐る恐ると少女が一歩踏み出す。


「あの、セラフィーノ様……」

「貴様に名を呼ぶ許可は出していない、さっさと用件だけ伝えろ」

「ぅ……、ぁ、あの! アンジェリカ様の事で……!」

「アンジェリカの名も許可した覚えはないが?」


取り付く島もなく切り捨てられて、踏み出した足を半歩引いてしまう。

その少女を元気付けるように慰め、意を決して青年が一人声を上げた。


「皇太子殿下、私はブラウン伯爵家次男のモーリー・ブラウンと申します。こちらの女性はハンナ・ラック。彼女が最近学園内にて虐めを受けているとの事です」

「それで?」

「は、はい……。その、虐めを率先して行い、また指示をしているのは。殿下の婚約者の……」

「ほう」


ギリ、と鋭い瞳で射抜かれて口を噤む。

名を呼ぼうものなら殺す、とそう告げてくる視線に恐怖を感じながらも、このままでは上位貴族の横暴が罷り通ってしまう、将来の国の為にもそれはいけない、と正義感が湧き上がった。

殿下は冷徹だが、その分国の為になる判断を取れる方だ。上位貴族だろうが、罪があれば容赦なく切り捨てるし、取り潰しも、犯罪の度合いによっては処刑すらあり得る。

そんな殿下の婚約者、ひいては将来の王妃になる存在が、たった一人の少女を、権力を奮って潰そうとしているだなんて、殿下が国の為にも許す筈もないと。


「殿下! 殿下の為にも! シュトラウト公爵令嬢の行動を今すぐ咎めるべきです!」


そう強く告げれば、少女を挟んで反対側に立ち少女を慰めていた男も顔を上げた。


「わ、私もそう思います! 私は、オレン子爵家のロナウド・オレンと申します。学園内は平等とは言え、多少の身分の差は仕方がないと思います。ですが、このような行為は見逃してはいけないかと!」

「二人とも……!」


そう正義の為に立場も省みず進言した二人に、少女は涙を浮かべた瞳をキラキラと向けた。

愛しの少女の視線を受けて、安心させるように微笑む二人。

そこだけ見れば、か弱い少女を守るヒーローのようにも感じられただろうが。


傍らの侍女に何やら耳打ちをしていた皇太子は、徐に視線を戻して少女を見遣る。


「ハンナ・ラックと言ったか」

「は、はい……っ!」

「アンジェリカーー我が婚約者に虐めを受けたと言うのは本当か?」


値踏みをするようにじろりと見られて、ハンナは(ここが勝負どころだ)と気を引き締めた。


「わ、私、私……、とても怖かったです……。沢山の方から悪口を言われて、有りもしない噂を流されたり、学ぶ為の道具を奪われたり、傷付けられたり……!」

「「ハンナ……!」」


心配そうにこちらを労ってくれる二人には悪いけれど今は黙っていてほしい、やるべき事があるから邪魔しないでほしい。と内心舌打ちをする。

今日この時の為だけに、シナリオ通りにこいつらを侍らせたのだから。


この世界は、前世で私が大好きだった乙女ゲームの世界だ。

私はヒロインで、氷の皇子と呼ばれたクールでちょっぴり俺様系のセラフィーノは前世の最推しだったキャラクター。

生まれ変わったと気付いてから、彼の攻略しか考えられなかった。前世では呆れられるくらいに彼のルートはクリアしたし、完璧にヒロインを演じられるくらいにはやり込んである。

ゲームには存在しなかった侍女が放課後は常にセラフィーノに付き添っていたり、アンジェリカが一度だけ関わってきたきり全く音沙汰がなかったりはしたけれど、ゲーム内通り虐めみたいな事は起きたし、進みは悪いものの漸く名を呼んでもらえる筈の認知イベントが発生した。

ここで虐めを受けて弱っている私を目にして、彼はまず施政者として民である私を憐れんでくれる。そして婚約者であるアンジェリカに疑いの目を向け、一緒に居る内に私を好きになってくれるのだ。

弱々しく、か弱いヒロインになりきる。跪き、両手を組んで祈るように、涙を堪えて儚さを、でも挫けない強さを見せてやれば良い。


瞳を潤ませて、彼をじっと見つめた。


こうすれば少し態度を軟化させて、心配する素振りを見せてくれるーー


「俺は、アンジェリカが貴様を本当に虐げたのかを聞いている。端的に答えろ」

「……え……?」


セラフィーノは腰を深くイスに預けたまま、変わらぬ冷徹な瞳でこちらを射抜いていた。

バグ?

確かにちょこちょこ不思議な点はあったけれど、大筋に変わりはないから大丈夫だと思っていたのに。

呆然としていると、鋭く睨みつけられた。


「答えられないのか?」

「え、えっと、その、あの! わ、悪口を言われたのは確かで……っ!」

「噂を流され、授業道具を壊されたのは?」

「それは、それは! 取り巻きの方々に指示をさせて……」

「傷付けられたとは?」

「っ、ほ、放課後になると直接扇で打たれました! この前なんて、階段から突き落とされそうに……!

「証拠や証人は?」

「しょ、うこ……、証拠、は……」


そんなものあるわけない。ゲーム内では必要無かった、アンジェリカが主犯と言うのは状況から明らかだったから。だからこの世界でもアンジェリカが主犯である筈だ、扇で打たれそうになったのはゲーム内での話だけれどこの後起こるイベントに間違いはないし!

おかしい、ここでアンジェリカを疑ってもらえないとルートに入れないのに!


「貴様らは証拠もなく、公爵令嬢であり皇太子妃となる我が婚約者が犯人だと断定をしたと?」


ひっ、と三人が恐怖に声を漏らして一歩下がる。

男達は少女の反応を見て、愛しさと正義感だけで暴走した事を後悔していた。冷静に考えて分かる筈だったのに、証拠もないまま格上の、ましてや皇族に連なる気高き方を貶める発言をすればどうなるのか。

ガクガクと震えながら逃げようと足に力を込めた瞬間、身体が前方に押し飛ばされた。

状況を把握する前に身体に痛みが走り、慌てて顔を上げようとして、自分達が騎士によって床に無様に押さえ付けられている事に気がついた。


「で、殿下……、御慈悲を……」


恐怖と絶望に震える声で恥も外聞もなく助けを乞う。

がしかし、一切の慈悲も無く、殿下はただただ冷淡に告げた。


「貴様らのくだらない話に付き合っている暇はない。アンジェリカの傍には必ず俺が付いている。何が真実かを確りと把握しているから、貴様らが嘘を吐き彼女を貶めようとしたと判断する。処罰は追って連絡をするから、牢の中で待つように」

「ど、どうして!? どういう事!? どうしてこうなるの!? セラフィーノ様!!!」


無様に喚くハンナに、セラフィーノは殺気を向けた。恐怖に包み込まれて思わず力が抜ける。

前世から大好きだった、愛していた最推しに殺気を向けられた。その事実が浮き止めきれなくて、更に喚こうとした瞬間、騎士に猿轡を噛まされてしまう。何やら言い募ろうとはしているが、どうせ不快なだけだ。セラフィーノが軽く合図をすると、騎士は三人を引き摺るように執務室を後にした。

ハンナはともかく、モーリーもロナウドも最後は脱殻のようだった。幾ら反省をした所で、最早彼らに貴族としての未来は無いのだけれど。


再び静かになった執務室にて息を吐くと、目の前にカップを置かれた。そっと口付ければ、自分好みの濃さと熱さぴったりの紅茶の味が広がる。間違いなく彼女が淹れる紅茶が一番美味しい。

がしかし。


「……お前はこれ以上どうなりたいんだ、アンジェリカ」


そう目の前でケーキを並べはじめた侍女に声を掛けると、彼女はにっこりと微笑んだ。



「はい、あーんしてくださいまし」

「あのなぁ……」

「殿下」

「あー……」


キャップから解放されたふわふわと柔らかく広がる金糸の髪に、遮る眼鏡がなくなり美しく輝いた青銀の瞳をした美少女は、服装こそ侍女服のままだが気品溢れる姫のようだ。

そんな彼女を膝に乗せれば、心得たとばかりにケーキを切り分けて口まで運んでくれる。全くそのような意図は無かったが、言い出すと聞かないので大人しく口を開いた。

こんな愛くるしい存在が、俺の婚約者であるアンジェリカ・シュトラウトである。


彼女が何故侍女姿で俺の傍に居たのかと言うと、その昔、まだ幼かった頃にやったごっこ遊びを思いの外気に入ってしまったアンジェリカの遊びである。

俺は執事服を着て彼女に仕え、次の日は侍女服を着た彼女が俺に仕え。最初に言い出したのは俺の方だがアンジェリカの方がハマってしまったので、時折好きにさせてやっていた。

それが、俺が学園に通い出して中々一緒の時間が取れなくなったからか、我慢出来なくなった彼女が侍女のフリをして乗り込んできたのだ。

「偶には構ってくださいまし」なんて涙目上目遣いで愛しの少女に言われたら陥落するしかない。

日に日に侍女としてのスキルを磨きあげ続けて二年後、生徒として学園に通い始めたアンジェリカは、楽しいからと授業中以外は侍女に扮して俺の傍に居るようになった。

なのであの女を虐めていたと言うのなら、あの女が侍女に反応しない筈はないのである。この侍女こそアンジェリカなのだから。


「しかし、変な女だったな」


アンジェリカからケーキを奪い、手ずから食べさせてやる。雛鳥みたいに口を開けて待つ彼女が可愛くて堪らない。


「一度マナー指導の為に個人的なお茶会でも、とお声掛けしたのですが、にべもなく断られてしまいましたわ」

「それを悪口と曲解するような愚か者なんだろう、お前が気にする相手じゃない」

「一応本当に彼女の教科書なり体操服なりが汚されていた事実はありますのよ、すぐに諫めましたけれども」

「どうせあの女の取り巻きになっていた奴らの関係者だろ、その程度で済んでいたんだから」


美味しいケーキに目を輝かせるアンジェリカの柔らかな髪を撫でてやる。

大体彼女があんな愚か者を貶める理由がない、自意識過剰にも程がある。容姿、頭脳、身分、教養、何一つアンジェリカに勝てる要素も無いのに。


「ふふ、私を貶めて殿下の愛人にでもなりたかったのでしょうけれど。殿下のお世話係は誰にも渡しませんわ!」

「世話役はいいから婚約者に戻ってくれ、愛しのアンジュ……」


こんな破天荒を許すのも、彼女にだけだ。他の奴らに慈悲などいらない。

彼女の為の世界を作る為だけに、俺はこの座にいるのだから。

微笑みながら、ぎゅっと抱き着いてくる我が天使を腕の中に閉じ込めた。

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