缶バッジ いちご大福 いばら
「おひとつでよろしかったですか?」
確かにわざわざ駅前の店に並んだのに、一つしか買わないのは不自然なのかもしれない。だが第一ボタンまで締めた詰襟と安っぽいサイフを見て、たまのご褒美に自分にスイーツが買いたかったのだと悟って欲しい。いや、他にも学生はたくさん買いに来ているだろうし、定型文に文句を言っても仕方ないだろう。はい、と返事しお金を払う。小さい和菓子を包装紙に包みビニール袋に入れているのを見ると、少し申し訳ない気持ちになる。
自転車のカゴにビニール袋を入れると、ポケットのカギを探した。このまま真っ直ぐ帰宅してもいいが、これを家族に見られるとなぜ自分の分だけと文句を言われるだろう。かといって電車を降りてきた同級生の集団が通る駅前で食べる気にはならない。160円のお菓子を最大限堪能するためのロケーションを吟味しながら、自転車のペダルに体重をかけた。
お目当ての公園に着くと、先客がブランコに座ってクリームパンをかじっている。こちらに笑いかけているのに気づかないふりをしながら、ブランコと砂場があるエリアの真反対にあるベンチに腰を下ろした。
「おい、無視するなよ少年」
「少年っていうのもうやめてください、もう中学3年になるんで」
「いや〜若いな、私も中学くらいが1番楽しかったな〜」
「僕が1番楽しいみたいに決めつけないでください」
彼女はニコニコしながら当たり前のように僕の隣に座った。文句を言ってやろうと思ったとき、肩にかけたトートバッグにごちゃごちゃと付いている缶バッジが目に入る。
「またグッズ買ったんですか?」
「よく気づいたね!この前東京でライブでさ、行きたかったんだけどバイトで、でもこのライブ限定の缶バッジの推しがさぁ......」
彼女がファンを公言している韓国のアイドルグループは、どのメンバーも女のような綺麗な顔をしている。始まったよ、と思いながらビニール袋から小さな包みを取り出す。
「あ、それ駅前のいちご大福じゃん!私もそれ大好き。美味しいよね!」
無言で頷きながら、包装紙をはがす。
「いーな。私もこれから駅でバイトだから、帰りに買ってかえろっ。じゃーね!」
彼女は嵐のように去っていった。
やっぱり2個にしてもらえばよかったかな、と考えてすぐやめる。彼女は買い食いの場所を探して寄り道して帰ったときに、この公園で出会った。彼女は近くの大学の学生で、講義が終わったあとは決まって公園で何か甘いものを食べているらしい。僕は彼女に出会ってから、決まってこの公園で買い食いをするようになった。
「はやくアイドルなんて飽きればいいのに」
自分から話しかけられた試しはないのに、ほんといばらの道だ。
駅前で売ってる和菓子、おいしいですよね
次回:尊敬語 ケチャップ 花