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「おひとつ、お聞かせ願えますか」
木の羅列だけが森の緑を彩るような静寂の中、一人の年若な青年の声が小さく響いた。……ぽた、とかすかに水滴の垂れる音が聞こえる。胸に空いた穴から流れ出る血液が、レッドカーペットに赤黒いシミを作り出している。ジワジワと、命の終わりを告げるかのようにそれは広がっていく。
目の前に佇む初老の女は願いを聞いても尚、その右手に携えた銃を下ろそうとはしない。新しい煙草を取り出し、片手で器用にライターの蓋を開け、火をつける。
「いいだろう、神の名のもとに従い、罪人であるお前の最後の願いを聞き届けてやる」
煙を吹く。目の前が霞んだ。青年がまだ動けるのならば、これが勝機だったかもしれない。しかしそれは叶わなかった。彼の眼は、いや、目のあった部分には大きな刀傷が残っており、再起できないことを明言している。青年は諦めの失笑を見せる。女の表情は変わらない。
「あなたにとって、救済とは何か?」
女の脳裏にひどくその声は響いた。青年の問うたこの言葉の意味こそ、彼女の長年求めてやまないものだった。しかしその焦りを表に見せることはない。撃鉄にゆるく力を籠める。そして青年を見つめた。彼の生きた軌跡、つまりは心臓の鼓動を、いまだ色褪せぬ鮮血を、その香りを、しかと身に焼き付けた後、口を開いた。
「痛みを共わない死だ、イル・ノット・ヘンデーソンよ」
青年は微笑む。
「この世の真の善の到来でもなく、あらゆる悪の撲滅でもない。お前は納得できんだろうがな。
理由を教えてやろう、われわれ人間が存在するために必要だからだ。
お前は自分を善人であると思うだろう、しかしそれは誤りだ。お前は地球の裏側に住んでいる人間の死
に対し一度でも祈ったことがあるか?無いだろう?お前はすべての理不尽な死に細々と怒ったことがあ
るか?無いだろう?
悪の消失とは、この世すべての人間の死を意味する。こんなクソみたいな世の理から抜け出すには死し
か手段は無かろうよ、理解したかね、罪人」
口角を上げたまま、微笑みながら声を発する。
「あなたは変わった」
女が撃鉄を引いた。轟音は冷めた空気を切り、青年の頭に穴を開けた。彼の体は只のモノとなった。女は吸っていた煙草を床に吐き捨て、ブーツのヒールでもってその火を消している。まるで手持ち無沙汰だ、とでも言いたいように。
空の色をしたカラーサングラスが、光を反射する。朝焼けが見えた。