おくりもの
「この……」
羽の生えた女の子は武の手から飛び上がり、戦闘機のように空中で大きく旋回し、武めがけて突進した。
「なにすんのよー!」
両足をそろえた女の子のキックが、武のほっぺたにさくれつする。
武はよろめいてたおれそうになり、ウメコはあわてて部屋にとびこんで武をだき止めた。ウメコとしては、女の子に文句の一つも言ってやりたいところだった。でも、スカートめくりなどと言う、バカなことをした武の、身から出たサビでもあるのだから、ちょっと考えてしまう。
「……ウソだった」
ウメコに背中をあずけたまま、武がぽつりと言った。
「え?」
女の子は空中に浮かんだまま、ぎょっとした顔になった。
武は、ウメコをそっと押しやってから自分で立ち、女の子をまっすぐに見る。
「君は、自分を進化したトドノネオオワタムシだって言ったよね」
なんて? ウメコは、武と女の子を、かわりばんこに見た。
女の子はきゅっと口を結び、武から目をそらした。
「でも」と、武は続ける。「それはウソで、本当は冬の妖精のフユだったんだ」
女の子はふらふらと落っこちるようにして床に着地し、そのままぺたりと座り込んだ。しばらくそうしてから、女の子はようやく口を開いた。
「なんで……わかったの?」
「アキが言ってた特ちょうを聞いて、もしかしたらって思った」
武も、フユの前に座る。
「そして、君のパンツを見て、本当にそうなんだとわかった。アキは、君のクマパンツを見たせいで、君にビンタされたって言ってたからね」
いや、パンツ見なくても、フツウわかるよね? と言うツッコミを、ウメコは飲み込んだ。
「バカだよね」
フユは、うつむいて言った。
「パンツ見られて腹が立ってたはずなのに、可愛いって言われて、ちょっとうれしくなって、同じパンツをはいてきちゃうなんてさ。ホント、私ってバカだわ」
「フユ」
アキは体操服ぶくろからぬけ出して、フユのそばへ歩みよった。
「どうして、妖精の仕事をサボって、タケルのウチなんかにいたんだ?」
フユは顔を上げた。真珠色の目には、涙がいっぱいにたまっていた。
女の子に泣かれるのが苦手と言っていたアキは、ひるんだ様子であとずさりした。
「だって」
フユは涙をぼろぼろこぼす。
「だって、こがらしをふいて、あんたを妖精の世界に帰しちゃったら、次の春が来るまで、あんたはハルといっしょになるでしょ。そんなの、イヤだもの」
「そっか」
アキはしょんぼりして言った。
「お前、ハルのこと好きだったもんな。まあ、俺みたいなヤツが、ハルといっしょにいたら、そりゃあ心配になるか。そっか……俺、そんなにきらわれてたかあ」
アキは、あははとへなちょこな声で笑いながら、ぽろぽろと涙をこぼした。
ところが、フユはぎょっとした様子で首をふった。
「ちがう、ちがうの! そりゃあ、確かにあんたはバカで、ちんちんまる出しで、私にエロいことばっかりする、どうしようもないバカよ?」
「今、バカって二回言ったよな?」
アキは、ウメコを見て確認した。
「いいから、だまって聞け」
ウメコは、スリッパをはいた足でアキをふんづけた。
「でも、ハルにはすごくやさしいよね。ハルも、あんたのことをイイ妖精だって言うし、きっと私が人間の世界へ行ってる間に、あんたとハルは、仲良くなってしまうんだろうなって思ったら、すごくこわくなって。それが、なんだかイヤだったの」
つまり、なんだかんだ言って、フユはアキのことが好きで、ハルにアキをとられやしないかと、心配になってしまったのだろう。アキも、そのことに気付いたのか、ちょっと照れくさそうに鼻をこすっている。
でも、なぜフユは、武の家にいたのだろう。
「あー、それはね」
ウメコが理由を聞くと、フユは話した。
「人間の世界に来たとき、うっかりクリスマスツリーにげきとつして、気絶しちゃったの」
「アーケードの、ツリーの下に落ちてたから、拾って助けた」
タケルが付け加える。
「で、ケガが治るまでウチにいてもいいってタケルが言うから、ついあまえちゃって」
フユは、えへへと笑う。
あきれて見つめていると、フユは両手をぱたぱたふって、言いわけを始めた。
「だって、ニンベンドーもあるし、ポテチも食べさせてくれるし、タケルはカッコイイしで、すごく居心地がいいんだもの。フツウ、出て行きたくなくなるよね?」
ウメコは、アキとフユをかわりばんこに見てから、妖精と言う生き物のイメージを、考え直そうと心に決めた。
「だからって、なんでソコノケオオワラジムシだなんて、ウソついたんだ?」
アキが聞いた。
「トドノネオオワタムシ!」
フユはぴしゃりと言った。
「妖精って言っても信じてもらえないかもしれないし、ちょっと変わった虫のふりをしたほうが、人間には受け入れられやすいでしょ?」
フユは、はっと息を飲んでタケルを見た。
「ウソついてごめんね、タケル」
武はうなずき、フユの頭をなでた。「もう、気にしてない」
冬の妖精は、にへらとだらしなく笑った。
「あー、そっか」
ウメコは気付いた。
「ひょっとして、私とゴミすて当番をしようって思ったのは、トドノネオオワタムシについて聞きたかったから?」
「それもあるけど……」
「けど?」
「なんでもない」
アキが、やれやれとでも言いたげに首をふった。
なんなんだ、一体。
「さて。ずいぶんおそくなっちゃったけど、お仕事しなきゃ」
フユは立ち上がりながら言って、ちょっと顔を赤くしてからアキに手をさし出した。
「待たせてごめんね」
アキは、また泣き出して、「フユー!」とさけびながらフユにだきついた。
「こら、やめろ。ちんちんくっつけるな!」
しがみつくアキに、フユはパンチとエルボーを食らわす。てかげんなしの攻撃だったが、受けるアキは、ちょっと幸せそうに見えた。
まあ、なにはともあれ、これで万事解決だった。
四人は武の家を出た。政子さんが、ちょっとがっかりしていたので、ウメコは用事が終わったら、すぐにもどると約束する。勝手を言ってだいじょうぶかと心配になったが、武も特に反対はしなかった。
近所の公園へやって来る。
「ありがとうな、ウメコ。それに、タケル」
フユと手をつなぎながら、アキが言った。
「フユを見つけてくれたお礼に、なにかおくりものがしたいんだけど――」
「高級マツタケ一年分!」
ウメコはすかさず言った。
「物かよ。ってか、なんで妖精にたのむんだよ!」
「秋の妖精なら、秋っぽいものは、なんでも出せそうじゃん」
武が、ふと考える。そして、フユに目を向ける。「カニ?」
「うん、そう言うのはムリだから」
フユは、ちょいちょいと顔の前で手を振る。
「ウソ、ウソ。なんにもいらないよ。今日は楽しかったし、あんたたちとも友だちになれたから。もう、それでじゅうぶん」
ウメコは笑って言ってから、武に目を向ける。
「ね?」
武も笑顔でうなずき返す。
「じゃあ、そろそろ行くね?」
フユは言って、羽をぱたぱたさせると、アキの手を引きながら、暗くなり始めた空に向かってのぼって行った。
しばらくして、
「ちょっと、あんた重くなってない?」
上空から声が聞こえた。
「そうか? お前を探してるときに、やきとりを食べたからかなあ」
「えー、ずるい。私も食べたい!」
「仕事が終わったら、タケルかウメコにたのめばいいじゃん」
ちょっとの間があった。
「ナイスアイディア」
「だろ?」
また少し、間が空く。
「それじゃ、そろそろ」
「おう。また、春にな」
「うん、また春にね」
びゅう、と強い風が吹いた。
冷たい風だった。
もう、妖精たちの声は聞こえなかった。
「ウメコ」
武が言った。なぜか、右手で目をかくしていた。
「見えてる」
何が? と聞こうとして、ウメコは気づいた。
こがらしのせいで、スカートがへそまでまくれあがっていた。スカートのすそを右手でおさえ、反対の手をげんこつにして、空にむかってふり上げる。
「こらー!」
いたずら妖精たちに、その声がとどいたかどうかはわからないが、風は弱まり、しまいにどこからともなく、モミジを二枚運んでくる。そして、それはウメコの広いおでこに、ぴしゃりとはり付いた。
「お礼かな」
ウメコのおでこからモミジをはがしながら、武がつぶやく。
「ぜったい、いやがらせだ!」
パンツは見られるし、気にしてるおでこをいじられるしで、ふんだりけったりとはこのことだ。
「アキめー。来年、また会ったら、ぜったいにふんづけてやる!」
空に向かって怒っていると、武がモミジを一枚さし出してくる。
「なに?」
ウメコは、きょとんとしてたずねる。
「本当は、二枚ともウメコのだけど、今日の記念に一枚もらっていいかな」
「え、いいけど、なんで二枚とも、私のだってわかるの?」
「僕は、さくらんぼをもらったから」
武はマジメな顔で言った。
まあ、男子なんて、みんな同じと言うことだ。
なんとなく腹が立って、ウメコは武のおでこにチョップをくらわせた。
武はおでこをさすりながら笑った。
ウメコも、なんだかおかしくなっていっしょに笑った。
そのうち、夕暮れの空から、まっ白い綿毛のような雪が落ちてくる。
冬の妖精が、仕事のおくれをとりもどそうと、がんばっているのだろう。
「寒いね」
落ちてくる雪を見上げながら、ウメコは言った。
「政子さんが、お茶を用意してくれてる」
「あ、そうだった」
「行こう」
武が右手をさし出した。ずいぶん、緊張しているように見える。
ウメコは、その手を取った。
冷え切っていた指先に、武の手はとても温かく感じた。
モミジやらさくらんぼやら、おかしなものももらったが、たぶん、このつながれた手が、ウメコたちには一番のおくりものだった。




