冬の妖精
やきとり屋での、ひと休みが終わり、ウメコたちはフユの追せきを再開する。
アキの鼻によれば、彼女のニオイは商店街の中へ続いているとのことなので、ウメコはお店の人たちからの、「お、デートか?」などと言う冷やかしの声に、いちいち反論しながら歩くこととなった。
「ちょっと男子と歩いただけなのに……」
商店街をぬけたところで、ウメコはもうクタクタだった。
「だいじょうぶ?」
ぐったりしていると、武が心配そうに聞いてくる。
「ありがとう。平気だよ」
背中をしゃんとのばし、ほっぺたをぴしゃりとたたく。
「人気者だな、ウメコ」
アキはお気楽に言った。
「そんなことより、フユちゃんはどっちへ行ったの?」
「えっと、橋のほうだな」
アーケード商店街の反対側の出口は、川沿いの道に面していて、それをはさんで橋がかかっている。橋の向こう側には高級住宅街が広がっており、アパート住まいのウメコにとって、そこは見知らぬ世界だった。大きくてりっぱな家が建ちならび、ちょっとよそよそしい感じがする。
しりごみしていると、武が先頭を切って歩き出した。ウメコは少しおどろいて、小走りに追いかける。
「ひょっとして、高坂くんの家って、こっち?」
武はうなずく。
お高い家の子どもは、みんな私立に通っているイメージがあったから、ちょっと意外だった。
武は橋をわたり、高級住宅街のなかをどんどん進む。どうしても場ちがいな気がしてならないウメコは、武の背中にかくれるようにして歩く。
「ねえ。そう言えばフユちゃんって、どんなカッコしてるの?」
考えてみれば、人探しをしているのに、探している相手の特ちょうを聞いていなかった。わかっているのは、アキと同じくらいの大きさの女の子で、すげー可愛いと言うくらいだ。もちろん、それだけでもじゅうぶんすぎる特ちょうなのだが、人ちがいならぬ妖精ちがいがあっても困る。
「髪はこれくらいで」
と、アキは肩のあたりで両手をひらひらさせる。
「白くて真珠みたいにキラキラしてる。目もおんなじ色。これが、すげーキレイでさあ」
アキは、にへらとゆるんだ笑顔になる。
「はいはい。で、どんな服着てるの?」
あれこれ聞き出したところ、白いワンピースを着ている以外、アクセなどはつけておらず、くつもはいていないらしい。しかし、一番の特ちょうは、やはり背中に生えた羽だろう。
「フユちゃんは、あんたと違って羽があるのよね。妖精って言ったら、トンボかチョウチョの羽のイメージがあるんだけど?」
「チョウチョの羽は、夏のアニキ」
セクシー系イケメンマッチョで蝶の羽とは、ずいぶんゴージャスな妖精ではないか。しかも、人間サイズ。
「フユは、雪虫の羽って言ってたな」
「なるほど。トドノネオオワタムシか」
「……なんて?」
アキが、キョトンとして聞き返す。
「トドノネオオワタムシ。アブラムシの仲間で、カラダがふわふわの綿みたいなロウに包まれてるの。冬になると、それが空を飛んで雪みたいに見えるから、雪虫って言われてる」
武が、急に立ち止まった。
アキとの話しに気を取られていたウメコは、彼の背中にどしんとぶつかる。その拍子にバランスをくずすが、武が手をのばしてうでをつかんでくれたので、なんとかしりもちをつかずにすんだ。
「ごめん」
ウメコがあやまると、武は首をふった。
「でも、急に止まってどうしたの?」
「フユちゃんの、いる場所がわかった」
「ええっ?」
ウメコとアキは、声をそろえてさけんだ。
「来て」
武が案内した先は、ずいぶん大きくて、オシャレな家だった。屋根が三角でないだけで、とてもお高そうに見える。そして、表札を見れば、なんと「高坂」と書かれていた。
「フユちゃんがいる場所って、高坂くんのウチ?」
ウメコが聞くと、武はうなずいて門を開けた。ウメコを招き入れてから、しっかり門を閉じ、玄関のドアの前に立ってチャイムを押す。
ぱたぱたと足音が聞こえ、「はーい」と声がする。少し遅れて扉が開き、上品そうなおばあさんが顔をのぞかせる。
「あら、お帰りなさい。武さん」
「ただいま、政子さん」
政子さんは、ウメコを見てちょっとおどろいたような顔をしてから、にっこりと笑顔になる。
「まあ、お友だちですか?」
武はうなずいてから、政子さんが開けてくれたドアをくぐり、くつをぬいでスリッパにはき替える。
政子さんは、すぐに別のスリッパも用意し、ウメコは緊張しながら「おじゃまします」と言って、それをはいた。ふかふかだった。
「すぐ、お茶とお菓子を用意しますね」
と、政子さん。
「まって」武が呼び止める。「あとで、下まで取りに行きます」
「はい。では、そのように」
政子さんは、笑顔でうなずき、ろう下の向こうへひっ込んだ。
それを見送ってから、武はウメコを見て言った。「こっち」
武が向かった先は、二階へ続く階段だった。
「今の人、高坂くんのおばあさん?」
階段を上りながら、ウメコは聞く。
武は首をふる。「家政婦の政子さん」
「家政婦さんなんて、はじめて見た!」
ちょっとテンションが上がる。
「父さんと母さんが仕事でいそがしいから、家のことをおねがいしてるんだ」
「そっか」
ちょっとうらやましい。
ウメコの家も共働きだが、家政婦などいないので、買い物などいろんなお手伝いをやらされている。おかげで、商店街の人たちとは、すっかり顔見知りだ。
階段を上りきってすぐの部屋で、武は足を止めた。そこのドアには「TAKERU」とローマ字のさげ札がかかっていた。
武はドアを開ける。
広い部屋だった。ウメコの家のリビングくらいある。よく片付けられているが、床の上にはゲーム機と、お菓子の袋が落ちていて、それに囲まれるようにして、羽の生えた小さな女の子がいた。髪は真珠色で、羽の形はトンボのそれに似ているが、もっと短く、丸っこい形をしている。
女の子はうつぶせになって、足をぱたぱたさせながら、ゲーム機で動画を見ているようだ。右手には、ポテチのかけらがある。
「おかえりー、タケル」
女の子は首をひねってこちらを見た。そして、すぐに目を丸くする。
「あーっ!」
アキと女の子は、おたがいに指をさし合ってさけんだ。
武がスリッパをぬぎすて、大またで部屋の中へ入った。そうして、おどろいている女の子を持ち上げ、手の平の上で腹ばいにさせると、スカートをぺろりとめくった。
「びゃっ!」
と、女の子がさけんだ。
それは小さかったが、ウメコの目にもはっきりと見えた。
女の子のパンツのおしりにあったのは、クマのプリントだった。




