ごちそうさま!
校舎裏までやってくると、武は例のモミジの木の下で、アキとなにやら話し込んでいた。ウメコがくるのを見て、二人はおしゃべりをやめる。
「おーい、ウメコ」
秋の妖精が、枝の上から手をふってくる。
「さて」と、ウメコはふたりを見回す。「それじゃあ、フユちゃんを探しに行くわけだけど、テキトーに探しまわっても、きっと見つからないと思うの。なにか、作戦を考えなきゃ」
「それなら、だいじょうぶ」と、アキ。「俺たち妖精がいた場所には、かならず妖精同士で感じるニオイが残るんだ。妖気ってヤツかな。それをたどれば、きっと見つけられると思う」
「じゃあ、こんなところで泣いてないで、探しに行けばよかったのに」
「もう、さんざん探したさ」
アキは言って、しょんぼりとうなだれた。
「けど俺の足じゃ、そんなに遠くまでいけないし、ここは待ち合わせ場所にしてるから、ずっとはなれるのもマズいしで、もうどうしていいかわかんなくって」
確かに、背たけが三十センチほどしかないアキなら、学校からぬけ出すだけで、丸一日はかかりそうだ。
「けど、お前たちに運んでもらえれば、もっと遠くまで探せるようになると思うんだ。たのめるか?」
「もちろん、そのつもりよ」
ウメコは言って、体操服ぶくろを持ち上げて見せた。
「なんだ、それ?」
アキは首をかしげる。
「あんたを、この中に入れて運ぶの」
「えー。だっこしてくれないの?」
アキは、不満そうな顔をした。
「そんなことしたら、あんたのおしりを、ずっと生でさわってなきゃいけないじゃない。いいから、さっさと入って」
ウメコはひもをゆるめて、大きく口を開けた体操服ぶくろを、アキがいる枝の下にさし出した。アキは、しぶしぶと言った様子で、袋の中に飛び込む。
「おっ」と、アキ。「悪くないな」
「これなら、中の体操服がクッションになるから、ちょっとくらい揺れても平気でしょ?」
「うん。それに、いいニオイがする」
「え、汗クサイんじゃなくて?」
まさか自分から、いいニオイがするとは、思いもよらなかった。
「女の子のニオイってやつだな。俺は大好きだぞ」
ふと武が来て、体操服ぶくろに鼻をくっつけた。
なぜか急にはずかしくなって、ウメコは体操服ぶくろを引ったくった。
「アキ、これは柔軟剤のニオイだ」と、武。
「ジュウナンザイ?」
「洗たくするときに入れると、洗たく物がふわふわになる薬。だから、女の子のニオイじゃない」
「それなら、男子も同じニオイがするはずだろ? たぶん、俺とお前がかいでるのは、ちがうニオイなんだ」
「そうか?」
武は首をかしげる。
「きっと、そうだよ。ほら、ちゃんとかいでみろ」
アキは、そう言って、体操服ぶくろから紺色のハーフパンツを引っぱり出す。
武が、自分のハーフパンツのニオイをかぐ様子を想像して、ウメコは顔から火が出そうになった。
「やめんか」
ウメコはハーフパンツごと、妖精をふくろの中へ押し込んだ。
「なにすんだよ!」
アキがにゅっと顔を出したので、ひもを左右に引っぱり、ふくろの口をしめ上げる。
「ぎ、ぎぶ、ぎぶ!」
首をしめられたアキは、ふくろの中であばれながら、うめき声をあげた。
「高坂くんは、女子の短パンのニオイをかぐようなヘンタイじゃないの」
「は、はい。わかりました」
ひもをゆるめると、アキはぜえぜえ息を切らして言った。
ウメコはランドセルをおろし、横についているフックに体操服ぶくろをひっかけた。手にさげて持ち歩くには、ちょっとばかりじゃまなのだ。
ランドセルを背負いなおし、武に目を向ける。
「だよね?」
武は、こくこくと何度もうなずいた。
ウメコは、通学路を先頭に立って歩く。武には、その少し後からついて来てもらうことにした。彼のファンに目撃されて、よけいなトラブルを起こさないための用心だ。
「学校でも、ちょっとだけフユのニオイがしたんだ」
体操服ぶくろから、顔をのぞかせながら、アキが言う。
「それじゃあ、待ち合わせ場所には来ようとしたってこと?」
「それが、よくわかんないんだ。すごくぼんやりしたニオイでさ。もっと、はっきりしたニオイなら、追いかけられるんだけど」
ウメコは、ふとイヤな予感をおぼえた。
「ねえ。まさか、だれかにユウカイされたってことは、ないよね?」
「トンビやネコにつかまることなら、ちょいちょいあるけど、あいつらは話せばわかってくれるからなあ」
「人間は?」
可愛くて小さい女の子が大好きなフシンシャは、どこにでもいるものだ。学校でも、気をつけるようにと言われている。
「お前たちみたいに妖精が見える人間はレアだから、それはないと思うぜ」
言われて気づいた。さっきから、下校中の他の子どもたちが、変な目でこちらを見てくるのは、きっとアキのすがたが見えないせいで、ウメコがひとり言を言っているように見えるからだろう。人通りが多い場所で、アキと話すときは、気をつけた方がよさそうだ。
住宅街の中を通るせまい道路をぬけて、三人は大通りにやって来た。アーケード商店街の入口前にある広場にさしかかったところで、アキが「あっ」と声を上げる。
「どうしたの?」
ウメコは聞いた。
「フユのニオイがする。あいつ、このあたりにいたんだ」
そう言って、見上げるアキの目線の先には、大きなクリスマスツリーがあった。
「さっそく、手がかりが見つかったってことね」
「おう。ありがとうな、ウメコ」
アキは、にっと笑顔を作り、アーケードの奥を指さした。
「ニオイは、このおくに続いてるぞ。行ってみよう」
アーケードに入ってすぐ、香ばしいニオイが鼻をくすぐる。ウメコは、ふらふらとニオイの元へと向かう。
「お、ウメコちゃん。今帰りかい?」
店の中で、いそがしくやきとりを焼くオヤジが、声をかけてくる。この商店街は、親にたのまれて買い物に来ることがあるので、顔見知りが多いのだ。
「こんにちは、おじさん。バラ一つちょうだい」
「あいよ。で、カレシさんは何にする?」
「カレシじゃない!」
ウメコは急いで否定した。
「わははっ! そうかい、そうかい」
「ハツ、シオ」
武は、お品書きをながめながら言った。
「あいよ」
と、やきとり屋のオヤジ。
お金を払ってから、しばらくして注文の串が焼け、紙ぶくろを手渡された。
「一本、おまけしといたぜ」
「ありがとう、おじさん」
言ってからふくろの中をのぞき込むと、確かに注文していないネギマが一本、よけいに入っていた。
店の前に置かれたベンチに腰掛け、三人でやきとりを食べる。
「体操服ぶくろ、汚さないでよ?」
「おう。心配すんな」
さっそく口と手を、あぶらでべとべとにしたアキが言う。心配以外の、なにものでもない。
ウメコも一口、串にかぶりつく。こうばしい香りと、あぶらの甘みと塩っけが、口いっぱいに広がる。
「ねえ、ハツってなに?」
ウメコは気になって聞いた。他のくしよりちょっとお高いので、まだ食べたことがなかったのだ。
武は口の中のものを飲み込んでから、「心臓」と答えた。
「なるほど、ハートってことね。一口、もらっていい?」
武は目を丸くして、ちょっとためらってから串をさし出す。固くて引きぬくのに苦労したが、あっさりした味とこりこりした食感がおいしい。
「いいね、これ!」
武は、少し顔を赤くしてうなずいた。
「お返し」
バラの串をさし出すと、武はあわてた様子で首をふった。
「なあ」
アキが、もぐもぐやりながら口をはさんだ。
「やきとりで間接キッスって、ちょっとどうかと思うぞ?」
言われてウメコは、ようやく気づいた。
「ごめん」
串を引っ込めようとしたところで、武がかぶりついてくる。おどろいてウメコが見ていると、武は照れくさそうに笑った。口のはじっこに、ちょっとだけあぶらがついていた。
「おいしい」
武が言った。
「うん、そうだね」
どきどきしながら、ウメコは自分のくしに、もう一度かぶりついた。
「はい、ごちそうさまでした」
アキが言った。でも、彼の串には、まだたっぷり肉が残っていた。




