冬休み消滅の危機
「おいっ」アキは両手で、またの間をかくした。「セクハラだぞ!」
「ちんちん丸出しで、なに言ってんの」
「服装のせいにするなって言ったの、お前だろ。忘れたの?」
「服、着てないじゃん」
アキは、まじまじとウメコを見つめてから、右手のげんこつで左の手の平を、ぽんと叩いた。「あ、そっか」
「そんなことより、なんかおこらせるようなことをした、心当たりとかないわけ?」
ウメコが聞くと、アキはうでを組んで、うーんとうなった。
「こっちへ来る前に、クマのパンツはいてるのを見て、可愛いなってほめたら、ビンタされたことならあった」
「それじゃん」
「ちょっと照れてるだけなのかなーって思ってたんだけど」
そんなわけがあるか。
「って言うか、冬の妖精って女の子なんだ」
「おう」アキはにへらと笑う。「フユって言って、すげー可愛いんだぞ」
「ひょっとして、春とか夏の妖精もいるの?」
ウメコは、ちょっと気になった。
「もちろん。俺たちは、かわりばんこで人間の世界にやってきて、季節を変えるのが仕事だからな。ちなみに夏の妖精は、セクシー系イケメンマッチョで、大きさは人間と変わらない」
いらん知識が増えた。
「そうなると、春はダイナマイトバディのお姉さんかな」
「いや。俺やフユと同じくらいの、ちっちゃい女の子だぞ」
夏だけ、ちょっと変わってないか?
「どうせ、あんたのことだから、その子のパンツものぞいてるんでしょ?」
「まさか!」
とんでもない、とアキは首をふる。
「そんなことしたら、あいつ泣いちゃうよ。ビンタなら平気だけど、女の子に泣かれるのは苦手なんだ」
アキのセクハラは、見さかいなしと言うわけではなさそうだ。
「え、ひょっとして」
ウメコは、とんでもないことに気付いた。
「冬の妖精が来ないと、ずっと秋のまま?」
「まあ、そうだな」
「それじゃあ、冬休みも来ないじゃない!」
実に、マズい。
「そんなわけで、これは人間にも関係のある話なんだ。きっと、妖精が見えるお前たちに会えたのは、ぐうぜんなんかじゃない。たぶん、神様的な、えらいヤツが引き合わせてくれたおかげだと思うんだ。だから、たのむ。俺といっしょに、フユをさがしてくれないか?」
「わかった、まかせて。クリスマスもお正月もなくなるなんて、たえられないもの」
ウメコは二つ返事でうけあった。
「春山」と、武が口をはさむ。「冬休みは、季節に関係ない」
「え?」
「今年は十二月二十四日が終業式で、二十五日から冬休みだ。季節がなくなっても、十二月二十五日はなくならない」
「それじゃあ、クリスマスとお正月も?」
武はうなずく。「だいじょうぶ。なくならない」
「よかったあ」ウメコは、ほっとため息をついた。「じゃあ、教室にもどろっか」
あまり帰りがおそくなって、先生が戻ってくると、やっかいなことになる。
「おおいっ、待てよ!」
アキがあわてた様子で呼び止めてくる。
「いっしょに、フユをさがしてくれるんじゃないの?」
「冬休みがなくならないとわかった今、そんなことに付き合う意味はないのだ」
ウメコは、フハハハハハと笑った。
「くっそー、なんてやつだ!」
アキは立ち上がって、足もとの枝をどしどしとふみつけた。
「こうなったら、ここを通りかかる人間に、かたっぱしから『ハルヤマはさくらんぼパンツ』ってささやいてやる」
ひょっとして、集積小屋に出ると言うオバケのうわさは、こいつが原因ではなかろうか。
「冗談よ」ウメコは言って、くすりと笑った。「学校が終わったら、ちゃんと手伝うから、ここで待ってて。あと、私のことはウメコでいいから」
「わかった、ウメコ!」
アキは、ぱっと笑顔になった。
これだけ見れば可愛らしいのだが、頭の中がバカとエロでつまっているのは、まったく残念である。
「ウメコ、急ごう。先生がもどってくる」
武が言った。
「ちょっとまて。なんで、あんたまで名前呼びしてんのよ」
武は、ふと悲しそうな目をする。「だめか?」
「ひどいぞ、ウメコ。この男子が俺とちがって可愛くないからって、差別すんなよ」
アキが文句をつける。
「いや、可愛いとか可愛くないとかじゃなくて」
あれこれ言いわけを考えるが、めんどくさくなった。
「もう、いいよ。春山でもウメコでも、好きに呼んで」
「わかった、ウメコ」
武は、ふと笑顔を見せる。なんだか、嬉しそうだ。
「よかったなあ、男子!」
と、アキ。
「武だ」
「おう。よろしくな、タケル!」
人間と妖精の間に、友情が生まれた瞬間だった。
教室へ戻った二人。残りの掃除をやっつけ、先生も戻ってきて、帰りの会がはじまる。明日の時間割や、あれやこれやの注意を受け、いよいよ下校となったとき、ウメコの机の周りに、女子たちが集まってきた。
「春山さん」そのうちの一人が言った。「ゴミすて、すごく遅かったけど、高坂くんとなにかあった?」
「あー、えーと……」
特になにもなかったよと言いかけたところで、武がやってくる。
「ウメコ」
あたりの空気に、ピリッと電気が走ったように感じた。
武は、ウメコを取り囲む女子を見回して言う。
「先に行く」
「う、うん。わかった」
武が立ち去り、少しの間を置いて、女子たちがざわめきだす。
「え、名前呼び?」
「先に行くってどう言うこと?」
最初に声をかけてきた女子が、引きつった笑顔をウメコに向けてくる。
「いっしょに帰る約束したんだ?」
「うん」ウメコはにっこり笑う。「なんか、珍しい虫を見つけたから、見て欲しいって」
「虫?」
「そう、虫。大きさが三十センチくらいで、ドクバリっぽいのが生えてて、全身白くてぶよぶよで、赤い毛が生えてるって言ってた。あまり聞いたことない特ちょうだから、新種かも知れないね」
とっさについたウソだが、効果はばつぐんだった。女子たちは全員、気味が悪そうに、まゆ毛の間にしわをよせる。
「へ、へえ……春山さん、虫にくわしいもんね」
いわゆる、昆虫博士と言うやつだ。とは言え、ウメコはダンゴムシやクモなどにもくわしいから、正しくは虫博士と呼ぶべきだろう。
「なんだったら、あんたたちもいっしょに行く?」
女子は、とんでもないと言う顔で首を振った。
「そっか」
ウメコはランドセルに教科書をつめ込み、席を立った。それから、ふと思いついて、体操服ぶくろをひっつかむ。
「じゃ、また明日!」
一言残して、ウメコはダッシュで教室を飛び出した。




