小さい秋
ゴミすて当番、と言う仕事がある。
そうじの時間に教室のゴミ箱を、校舎裏にあるゴミの集積小屋まで持って行き、その中身を空っぽにするだけの、簡単な仕事だ。
しかし、この仕事、子どもたちには、あまり人気がない。
下ばきにはきかえるのがメンドクサイだとか、ゴミがクサいだとか、もっともらしい理由もあるのだが、なにより「集積小屋の近くには、オバケが出る」と言う怪しげなウワサがあって、この仕事が嫌われる一番の原因になっている。
ところが、春山ウメコは、ゴミすて当番と言う仕事を、それほど嫌ってはいない。
小学三年生の、ちょっと赤っぽい髪をおさげにして眼鏡をかけた、なかなかに可愛らしい、この女の子。本人は、広いおでこのせいで、自分の見た目を人並か、それ以下だと考えているのだが、まあ、それは置いといて。ともかくウメコは、むしろ、この仕事が好きだった。
みんなが忙しく教室をそうじしているときに、ゴミ箱を持って外へ出るのは、なんだか特別な感じがするし、なにより彼女は、オバケだのユウレイだのと言った、オカルト的な話には目がないからだ。
そんなわけでウメコは、本当ならクラス全員が、毎日交代でやらなければならないこの役割を、機会があれば、わざわざ自分から買って出ている。例えば、先生が職員室へ行って、見張りの目がない今日などは、まさに絶好のチャンス。
「ホントに、いいの?」
今日の当番である女子が、もうしわけなさそうに聞いてくる。
「いいの、いいの。私、オバケとかぜんぜん平気だし」
むしろ、出て来てほしいくらいである。
「ありがとう、春山さん」
こうして感謝されるのも、この仕事の役得だった。が、気に入らない点も、無くはない。それと言うのもゴミすて当番は、男女一組で行うものと、決められていたからだ。たぶん、ゴミをすてに行ったまま、そうじが終わるまで帰ってこないふとどき者がいたのだろう。きっと、お互いを見張らせるために、こんな決まり事が作られたにちがいない。
ウメコとしては、一人でもぜんぜん構わないのだが、決まりは決まり。教室に残ってそうじをやっていた方がトクだぞと、言いくるめる相手は、どこかと見回せば、ゴミ箱を二つかかえた男子が、前の出入口に立っている。
彼、高坂武は、もちろんウメコのクラスメートだ。特別に見た目が良いと言うわけではないが、勉強も運動もバッチリこなし、女子からの人気は高い。なにより他の男子のように、くだらないシモネタではしゃぐバカではないと言う点が、高評価のポイントだった。ちなみに、どれくらい人気かと言うと、先ほどウメコに、感謝の言葉を言っていた女子が、ヤキモチをやいて、にらみつけてくるほどだ。
「えっと、高坂くん」
ウメコは言った。なんだか、クラス中の女子たちに、見られているような気がする。
「今日は、山田くんが当番だったよね?」
武はうなずいた。
「山田くんは?」
武は教室のすみっこを指さす。山田はホウキを脇に抱え、両手を合わせて頭を下げていた。
「オーケー」
ウメコは理解した。
つまり、押し付けられたのだ。
「私が一人で行くから、高坂くんは残ってていいよ」
しかし、武は首を振る。
まったく、気の回らない男子だ。
こうなれば、覚悟を決めるしかない。ウメコは、武の手からゴミ箱を一つうばい取ると、女子たちの殺気に追い立てられるようにして、教室から逃げ出した。
校舎の正面は南を向いている。当然、その裏側は北を向くから、集積小屋のあたりは日当たりが悪く、うすら寒かった。まあ、今は十二月だから、寒くて当たり前なのだが、ここの寒さは種類がちがっていた。
不気味なのだ。
なるほど、お化けが出ると言うウワサも、ただのでたらめは無いのかも知れない。
集積小屋は、コンクリートブロックを積み上げ、波板スレートを乗せただけの簡単な造りの建物で、高さは二メートルほどしかない。入口は、角材を組んで作られた格子戸で、小さな打掛錠で閉ざされている。
中はそこそこ広く、壁によせてプラスチック製のコンテナが、ゴミの種類ごとに置かれてあった。教室で出るゴミは、ほとんどが紙くずやケシカスやえんぴつのけずりカスなので、燃えるゴミのコンテナの上で、ウメコと武はゴミ箱をひっくり返す。
お仕事完了。
錠をかけ、小屋に背中を向ける。
あとは教室へ帰るだけだが、正直、帰りたくない。オバケなんかより、女子のヤキモチの方が百倍こわい――と、うしろから、しくしくすすり泣く声が。
これは、いよいよオバケの登場か!
ウメコはワクワクしてふり向くが、なにもいない。だが、声だけはしっかり聞こえている。空耳などではない。
「春山」
と、武が指さす。
その先にあるのは、一本のモミジの木。もう十二月だと言うのに、まだ赤い葉っぱが、たっぷりしげっている。その枝葉の間に、なにやら白っぽいものが見えた。近付いてみると、それはユウレイではなく、背たけが三十センチほどの、小さな男の子だった。
モミジと同じく真っ赤な髪に、くりくりとした大きな目をした可愛らしい子で、なんなら女の子にも見えるが、素っ裸なので、まちがえようがなかった。
「ねえ、どうしたの。おなかでも痛い?」
ウメコがたずねると、赤毛の小さな男の子はぎょっとした様子で、なみだをためた真っ赤なひとみを向けてくる。
「俺のこと、見えるのか?」
「うん、丸見え」
ちんちんまで。
「うおー、マジか。妖精が見える人間なんて、初めて見た!」
「あんた、妖精なの?」
「そうさ」
赤毛の男の子は、げんこつで涙をぐいとふいてから、モミジの枝を飛びおりて、ウメコのそばまで歩いてきた。
「俺は、秋の妖精。アキって呼んでくれ。よろしくな、さくらんぼパンツ!」
ウメコは、妖精をふみつぶした。
アキはぐえっとうめいた。
「さくらんぼ……」
武が、ぼそりとつぶやく。
「忘れなさい!」
ウメコがキッとにらんで言うと、武はうなずいた。
足をどけると、アキはよろよろ立ち上がる。思いのほか、しぶとい。
「なんだよお。この寒いのに、生足でミニスカはいてるのが悪いんじゃないか!」
「お前のようなチカンは、みんな女子の服のせいにして、自分がやったことを反省しないのだ」
もういっぺん、ふんづけてやろうと足を持ち上げると、アキは土下座した。
「ごめんなさい。もうしません」
まったく、けしからん妖精だ。
「で、なんで泣いてたの?」
「その前に、このアングルだと、どうしてもパンツが丸見えになって気が散るから、どっか場所を変えたいんだけど?」
本当に反省してるのだろうか。
ウメコはしゃがんで、アキの身体をすくい上げようと、両手をのばす。しかし、「ワオ、だいはくりょく!」などと言うので、持ち方を変えることにした。頭をわしづかみにする。これならパンツも見られないし、一石二鳥である。
痛い、ごめんなさいとわめく妖精を、もといた木の枝に戻す。
「それで?」
ウメコは、泣いてた理由を聞き直す。
「えっと、俺さ、帰れなくなっちゃったんだ。妖精の世界に」
「なんで?」
「冬の妖精が、来てくれないからだよ。俺、あいつのこがらしにふっ飛ばされないと、自分だけじゃ飛べないから」
アキはしょんぼりと言う。
「そっか。あんた妖精なのに、羽とか生えてないもんね」
「うん。それで、ひょっとしたら、あいつを怒らせたかなんかして、顔も見たくないくらいきらわれたんじゃないかって思ったら、なんか悲しくなってさ」
なるほど、とうなずいてから、ウメコは思い付く。「あっ」
「え、なに。なんか、あいつがいる場所に、心当たりでもあるのか?」
ウメコは首を振り、アキを指さした。
「小さい秋、みーつけた」