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全く人間として違う

メイラと呼ばれた女性はフッと微笑むと、温和な表情でテーブルを回りこんでジョニーに近づいて

「お父様、メイラでございます。母、メイズが早世してしまい、ノース大おじさまのご厚意に縋って生きてまいりました」

しゃがみこんで、ジョニーに上目遣いに語り掛ける。

女の私から見ても魅かれる、特異な美しさがあるなぁこの人……。

メイズの正統派のきれいさと、ジョニーの見た目を足して二で割ってジョニーのにじみ出る気持ち悪さを引いた感じだ……。

立っているジョニーはメイラを恐る恐る見下ろして

「そ、そうか……それは、なんか悪かったな……」

メイラは感極まった表情になり

「お父様、メイラはずっと、会いとうございました……」

いきなりジョニーに抱き着いた。

「い、いい匂いがするな……あの、アイ……」

助けを求めるようにこちらを見てきたジョニーに"自分で蒔いた種なんだから!自分で何とかして!"と視線を送ると、ノースが笑いながら助け舟を出すように

「メイラ・シルマティックと天帝教皇陛下の再会は成った!!皆の者、大きな拍手を!」

両腕を掲げて、黙って待機していた貴族たちに促す。

「天帝教皇陛下!天帝教皇陛下!天帝教皇陛下!」

貴族たちが一斉に声をそろえて歓声を上げる。

メイラも含めて、絶対ここまで練習してたよね……まぁ、いっか。私はメイドたちが運んできたジュースに口をつけて、その光景を眺める。


同じテーブルにメイラ、ジョニー、私、ノース、それから少し離れた小さなテーブルに不満げなミルンという感じで座って、次々に運ばれてくる豪勢な料理を食べながら、食堂の中心で始まった詩の朗読や、大道芸を眺める。

他の貴族たちも食堂を囲むようにテーブルに座り、それらを見物している。

メイラは嬉し気な表情で

「お父様は、ライスよりパン派なのですか?」

などとジョニー尋ねて、そのたびにアホがなぜか私を見るのがめんどくさい。

私はジョニーの視線を避けるようにノースの方を見ながら

「ノースさん、何かジョニーのアホの後始末させたみたいで本当にすいません……」

小声で謝っておく。ノースは笑いながら

「いや、いいんだよ。僕もほら、王様になっちゃったわけだけど、そうなった最初のきっかけはジョニー君とアイちゃんでしょ?だから恩返しっていうかね。それに、これで我々はまた親戚なんだよね」

「ああ、さすがです……」

ほんとにこの人は抜け目がない。確かにジョニーの娘を確保しておけばジョニーに恩を売ったことになって、絶対に自分の国を攻められることはない。

というか攻めようとしても、私が絶対に止める。ジョニーの娘が育った国や街を滅ぼさせるわけにはいかない。

さらには、これでもう完全に天帝国の外戚だ。誰も文句はつけられない。

ただ私も、色んな世界を旅してきて、少しは知恵がついた。

「あの、ノースさん、ジョニーの名字って知ってます?」

ノースは少し驚いた顔をして

「あれ、彼は元々ホムンクルスで、そんなものはないはずでは?」

「いや、実はですね。あのアホ、異世界からの転生者でして私も消えてた間にそっちに行ってたんですけど……」

私はメイドから紙とペンを貰い「権俵」とあの異世界で習得した漢字を書きつける。

そして、その上に「ゴンダワラ」と、この世界の文字でルビを振る。

「そ、そうなのか……これが、彼の名字……」

あっさりノースが驚いたので、私は「今だ!」と思いながら

「メイラさんの名字、ゴンダワラに変更してもらえません?天帝教皇直系の娘ということは、いつか天帝国を継ぐかもしれませんし、それに、メイズさんとあのアホの息子ってことは、才覚もあるんでしょ?」

ノースは苦笑いしながら

「アイちゃん、やるようになったねぇ……。たしかに、名字を彼のものにすれば、シルマティック家の影響力は多少薄れる。ふふふ、政治というのはそういうことだよ。コツコツと陣地を広げていくんだ。あくまでソフトにね。戦争なんてのはどうしようもなくなった時の最後の手段だよ」

私が隙を見せないように黙ってノースの言葉に頷いていると食堂の扉が強く開かれた。


「ジョニー!!おい、ジョニーてめぇ!やっとこっちきたのか!」

なんと軍服姿のサウスが入ってきた。

多少老けてはいて坊主頭が白いが、他は昔とほぼ変わらない彼にジョニーは思わず立ち上がって

「サウス!サウス変わってないな!もうジジイになって死んでるかと思ってた!」

「おいおい、冗談じゃねぇよ!これでもまだ六十にもなってねぇぞ!つまんねぇ事務仕事ばかりで死にそうだけどな!」

二人は駆け寄りガッシリと握手を交わしている。

サウスはその勢いで、私と並んで座っているノースに顔を向け

「兄貴!!俺はジョニーと旅に出てえ!!王国総司令は返上する!」

ノースは仕方なさそうな顔で、近くのテーブルでこちらを見守っていた聡明な雰囲気を纏っている貴族の中年女性に

「ローズン、君が総司令代理をしてくれ。サウス、休職扱いだ。帰ってきたら、また総司令をするように」

「ありがてえ!!つうかメイラ!旨いもん食ってんな!ジョニー、メイラとはもう自己紹介終わったんだろ?」

サウスはメイラの横に椅子を引いてきて座ると

「ジョニー、こいつマジで食わせもんだからな!お前とメイズのやばいとこ全部もってんぞ?」

ノースが顔を顰めて、メイラは不敵に笑うと

「サウス大おじさま、止めてください。わたくしはお父様に不快な思いをさせたくありません」

サウスは気にする様子もなく、運ばれてきた肉料理をかじりながら

「最近、俺の副官として一緒に反乱軍鎮圧してたんだけどよ。奇襲に夜襲に、囲い込みに、間諜に、水攻めに反間にってすげぇのよ。お前確か、兄貴に甘やかされて遊び歩いてて学校全然行ってねぇよな?どこで覚えたの?」

メイラはさわやかに微笑みながら

「本です。剣術はおじさまからですよね?」

「そうそう。剣術も教えたんだけど、ほんと天才でさぁ……ジョニーあれ、ジョニー、おい、大丈夫か?」

いつの間にかジョニーが座ったまま白目を剥いて、口から泡を少し吹いていた。

ミルンが嬉しそうに何らかの薬剤を注射しようとするのを私が素早く止めて

「サウスさん、お久しぶりです。あの、ジョニー、ちょっと疲れちゃったみたい」

「おお、アイちゃん久しぶり!すまねぇ!ジョニーと会えたのが嬉しすぎて目の中に入ってなかったわ!これはあれか?娘のこと色々と知りすぎたショックみたいなもんか?貧弱だなぁ……」

「すぐ治りますから、ちょっと待っててください」

私は大きく息を吸い込んで、ジョニーの耳元に

「すっごい美人な裸の女の人が、ジョニーに会いたいって」

ジョニーはグルンと白目に黒目をとり戻すと、辺りを見回しだした。

そしてメイラの顔を見て、また気絶しそうになり

「あ、アイ……な、なあ、ちょっと気持ちを整理する時間が欲しい。サウス、メイラの話はちょっと待ってくれ。お前とは話したいんだが……」

「ああ、分かったよ!お前と他にも話したいこと山ほどあんだよ!竜騎国でお前らが消えた後な、スグルと……」

サウスとジョニーが話し込み始めたので、私はノースに許可をもらいメイラと共に、別室へと行くことにする。ジョニーのアホは案外繊細なので、今は娘と引き離した方がいいと思ったからだ。ついでにミルンも、放っておくと危ういので連れていく。

なんで私がこんなことまでしないといけないの!……とは思うが、いつものことだ、もう仕方ない……。


メイドたちがお菓子やジュースなどを大量に持ってきてくれたので窓際のテーブルの上に並べ、私たちは囲んで座る。

不思議な魅力を放つメイラの穏やかな顔を、私は眺めながら

「えっと、何かいきなり尋ねるのは失礼だと思うんだけどノースさんから甘やかされてたって本当?」

ノースとサウスの話を比べるとそこが矛盾をしていた。メイラはクスクス笑いながら頷いて

「ノース大おじさまは、私が無能に育つほどにお父様が再び現れた時、足を引っ張り、それが結果的にシルマティック家に有利に働くと考えていたようですね。一応、形だけの儀礼は教えて頂きましたが学校へはほぼ行かずとも、卒業扱いとなっています」

ミルンが感心した顔でボリボリ錠剤を噛んで飲み込んでから

「うわーノース王はすっごい先まで読んでたんだねー」

「でも、あなたは、子供のころからそれを理解してたのね?」

わたしがそう訊くと、メイラは微笑みながら

「八つのころには、自らの使命をはっきりと自覚しました。わたくしは天帝のただ一人の娘で、いつかお父様がお迎えに来るまで自らを律し、様々なことを学ばねばならぬと。それからわたくしは遊んでいるふりをして庶民や貴族に混ざり、世俗を知りつつサウス大おじさまに師事して剣技を学び、あらゆる本を読み続けました」

「……立派だ。さすがメイズさんの娘……」

思わずそう言ってしまう。メイラは興味深そうに

「閣下から見て、お母様は、どのようなお人だったのですか?」

「……アイでいいよ。閣下とかそんな大したもんじゃないし。メイズさんはねぇ……」

いきなり色々と思い出してしまい、泣きそうになる。

「これ飲むと落ち着きますよぉー?」

と言いながら不意に錠剤を渡してきたミルンに、即座にそれを返しつつハンカチを取り出して涙を拭うと

「真っすぐにジョニーを愛してたよ。最初に会った時からずっと、ジョニーのことしか見ていなかったし、それは揺るがなかった。とても、強くて賢い人だった」

メイラも軽く目頭を拭いながら

「嬉しいです。お父様に会ってからのお母様のことは一族の方々も、あまり、語ってくれませんでしたから」

私は少し、間をおいてから

「あのさ、ノースさんがどうやってあなたを預かったかとかそういうの聞いてる?」

メイラは頷いて

「コリー様というお父様の側近の天使が、この城へと直接届けに来たそうです」

「そっか……やはりコリーさんが……メイラさんは魔法とかは使える?」

メイラは微笑みながら

「わたくしは魔法は苦手です。けれど、エンチャントは得意です。刀に各種属性を付与して強化して戦います。魔法刀技とサウス大おじさまからは名付けて頂きました」

私は感心してしまう。

少し喋っているだけで、まったく人間として違うと言うのが分かる。こういうのが、天性の貴族って言うのかなぁ……。

私も元名家の出だけど、こんな人、今まで見たことなかった……。

ミルンは羨ましそうな顔で

「うー天使が預けに来て、王国の思惑を潜り抜けながら、自らを鍛え天帝教皇陛下を待ってるなんて……そんなのズルいって!かっこよすぎだよ!物語の主役みたいじゃない!」

そう言うと立ち上がって、手を出して

「私、ミルン・レスリー!母さんは二代目天帝代理のレスリーです!お近づきの印にどう?飛べるよ?」

私はサッとミルンから錠剤を取り上げると

「あの、メイラちゃん、ミルンちゃんからお薬の類は受け取らないように……」

メイラは微笑みながら頷いて、ミルンと握手した。

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