いま恥ずかしいんで
夕暮れが過ぎ、次第にあたりが暗くなっていき、速度を上げた群衆たちは、灯火が焚かれている所々崩れた城壁が、私たちの馬車の中からも見える位置まで進んできた。
私が補助魔法をかけてから、一時間もかかっていない。
「首都まで三十キロはあったのに、あっという間だったね」
ジョニーはストレッチをしながら
「意外と近かったんだな。自動車なら飛ばせば三十分かからないぞ」
「いや、あんたの世界の便利乗り物で例えないで。この世界は機械は少ないんだって」
ジョニーは不敵に笑うと
「さあ、どうテルナルドを料理するか、真の強キャラの余裕で観戦するか」
腕を組んでさらに胡坐も組みながら座り込んだ。
「私も、防御に徹することにする。補助魔法のかけなおしもしないと……」
私がそう言った瞬間だった。
気絶していたミャーミがいきなり立ち上がると顔が裂けるような大笑いをしながら
「あひゃひゃひゃひゃひゃ!!ひゃひゃひゃひゃーっ!!きんきゅーけーほー!マガツヒノカミ様のご降臨ーごっ、こうりーん……ゴバァ……」
そう叫んだと思うと、目や口、さらに鼻からも血を流して倒れこんだ。辺りの空気が湿気と寒気を伴ったものへと一気に変わる。
私が慌てて、ジョニーの手を引いて馬車の外へと飛び出ると、所々崩れている城壁が伸びている首都の上空に、紫と黒の巨大な渦が出現した。その渦の中心を左右の手でこじ開けながら空を覆うような灰色の巨人の顔がこちらを見降ろしくる。あまりに異様な光景に、群衆から悲鳴が上がり始める。
巨人の憂う気な細面についた両目は真っ黒で
灰色の真ん中分けされた長髪が、フワフワと空気に浮いている。
巨人は長い指で、渦を完全にこじ開け、外へと出ようとしたところで
「はっはっはーっ!みんな、安心したまえ!!テルナルド王家の緊急防御用の召喚魔法だよ!想定の範囲内さ!このスカイ・プリンストルとアメノヌノボコが邪神を切り裂くだろうっ!」
明らかに拡声魔法で、声が響いているスカイが高らかにそう宣言しながら、緑の鱗を輝かせたドラゴンが私たちの頭上を飛んでいき巨人へとまっすぐに突入していく。
ジョニーがボソボソと
「死んだな。あいつはどこまでも咬ませ犬的ポジションだからな……」
言っている意味が分かった私は慌てて
「スカイ・プリンストルとその竜に指定、ダークアーマー、ダークソード、ダークハヤブサ、ダークスカイ!」
右手を空を飛んでいくドラゴンへ向けて掲げた。同時にスカイとドラゴンの飛行速度が急速に上がり、空気を切り裂く音と共に渦から顔を出している巨人の額部分に突っ込むと
そのまま派手にモノクロの閃光をあげながら、渦ごと切り裂いて消滅させた。
群衆からは大歓声が上がり、私がホッとしているとジョニーが残念そうな顔をこちらを見てきながら
「おい、アイ、違うだろ。ここはスカイが盛大にやられてアイの補助魔法で強化された俺が、派手に倒すとこだろ……世界に俺の帰還を知らせるいい機会だったのに……」
「……あんたが何か企むと、ろくなことないからね。ほら、馬車に戻るよ」
私はわざわざ止めてくれている中年男性の御者に会釈をして礼を告げるとジョニーの手を握って、馬車の中へと再度乗り込んだ。
馬車内にミャーミが全身から血を流して横たわっているのを見て、慌てて私は馬車内から医療器具を探し出して介抱し始める。
巨人の存在に囚われていて、こっちを忘れていた。ジョニーは少し離れてそれを眺めながら
「……人質としても、もういらんのじゃないか?スカイ程度であの強さなら、あっさり力押しで勝てるだろ……」
私はアホの方を見ずに、ミャーミの口にたまった血をタオルに吐かせながら
「死なせるわけにはいかないでしょ!ほら、ジョニーも手伝って!タオル取って!」
「……せっかく派手なシーンにいけたのに、なんで地味な展開に……魔法を使わせてくれ……そろそろ使い方忘れそうだぞ……」
ジョニーはブツブツ言いながら、手伝い始めた。
ミャーミ自身は大きな外傷はなさそうで、中から吐き出す血も止まってきた。
しかし、今更魔法学園で習った、応急介抱の技術が役に立つとは思わなかった。
卒業生の中には戦場に行く魔法使いも多いので、在学中に必修で習った覚えがある。
というか、よくこんなの覚えてたな私……。
ダークスカイの効果で次々に飛びながら城壁を乗り越えて首都へと突撃していく群衆を左右に見ながら、私たちの乗った馬車は、テルナルド首都の崩れかけた東門をくぐって行く。
早くも城門内の街では、入り込んだ群衆と衛兵たちの争いが起き始めたが、私の補助魔法の効果で、普通の人たちが鍛えられた衛兵たちを圧倒している。
私たちの馬車は群衆に囲まれながら、首都内のメインストリートをまっすぐに進む。
ミャーミの介抱が一通り終わったので、一息ついているとジョニーが馬車外の衛兵たちを圧倒している群衆を眺めながら
「これがアイの全体化した補助魔法の効果か。人々を操って、一国を征服しているのか。モサクが前に言ってたみたいに、魔王だな、もはや」
嫌らしい笑みでニヤニヤと言っている。
「……いま攻撃補助のダークソードはスカイさんたち以外にかけてないけどね。私が操っているというより、私たちがスグルさんとルナーちゃんに操られてるんでしょ……」
ジョニーがニヤーッと悪い顔で
「帝国の国盗りはアイがいなかったが、もっと面倒だった。シャドーたち数人の仲間と共に、日数をかけて天帝国を制圧したからな。
俺もかなり魔法を駆使した覚えがある。
今回は、俺が寝ててもテルナルドを制圧できそうだな」
「……まだ気を抜かないで。あんたがいい加減にやると、すぐ世界がおかしくなるから」
私がそう言うと、ジョニーはいきなり脱ぎだしてパンツ一枚になった。
いつもの格好に戻ったアホは意欲に満ちた表情で、わざわざ荷物の中から古いマントを取り出して羽織る。
「やる気になってきた!そうか、この世界はつまり俺次第というわけか!新ジャンル異世界系セカイ系だな!いや、待てよ……異世界物は総じてセカイ系かもしれんな……むしろ、セカイ系ってなんだ……?世界=俺ならヒーローものとかもそうなのでは?待てよ、思春期の悩みとか恋愛要素を絡めた小さな自意識がないとセカイ系じゃないのか……だとするなら……違うかもしれん……いや、そうかも」
ジョニーが久しぶりに訳の分からないことを呟き始めたので放っておいて、私は群衆の動きを見回す。
首都の空では、時折爆発が起こり、ドラゴンの宙を切り裂くような鳴き声が響いているが、あれは私の防御魔法で強化されたスカイなので、心配ないだろう。
たぶん、首都の防空網に引っかかってるんだと思う。この国に居た時に聞いたことがある。首都には魔法による防空装置があるので
もし空から攻められても安心だと。
……あの異様な召喚魔法を打ち砕いた時点でそんなものはもはや効果がないと分かっているので不安はないが、むしろ補助魔法の効果時間の方が心配になってきたので、私は即座に
「全体化で、ダークアーマー、ダークスカイ、ダークハヤブサ。空を飛ぶスカイ・プリンストルとドラゴン含め、私の味方全てに」
一応、両手を馬車の天井に掲げて言ってみる。とくに周囲の様子は変わらずに、一瞬恥ずかしくなったが、きっとかけなおしが成功したんだろうと思うことにする。
ジョニーはまだブツブツと考え込んでいる。
街を越えて、とうとう首都中心部の宮殿の門が怒れる群衆により開けられ、私たちの乗った馬車は群衆に囲まれて宮殿内に侵入していく。
もう夜中だが、ランプやカンテラなどを持った群衆が、灯火に照らされた宮殿内に次々に駆け込んでいくので真昼のように明るい。
宮殿内の馬車停車場を兼ねた前庭のような所で馬車が停止したので、ちょっと不安になった私は、しばらく辺りの様子を見回していると、馬車内にスグルが乗り込んできた。
彼はパンツにマント姿になったジョニーを見て、苦笑いしながら
「宮殿内の制圧はほぼ終わったけど、ちょっとジョニー君と来てくれる?テルナルド王と王族が、魔法障壁に囲まれた部屋に逃げ込んじゃって……」
「ああ、ジョニーの魔法なら魔法障壁関係ないですからね」
「うん。アイちゃんも居てくれると助かる」
私はまだブツブツと言っているジョニーの手を引いて、馬車外に出た。
同時に辺りに居る人々から、大歓声で迎えられて
「我らの英雄ネルファゲルト!アイ・ネルファゲルト!」
「ネルファゲルト家の宝、国の宝!!」
などと言われ、顔が真っ赤になりそうになる。前を行くスグルが真顔で、精神操作系の闇魔法を唱えて、私たちの行く手を遮る熱狂した群衆たちを避けさせていく。
宮殿の建物内部へと入ると、そこら中に縛り上げられた衛兵や魔法使いたちが居て、それらをこちら側の傭兵たちや、魔法使いの集団が監視していた。
すれ違うと私たちは深く頭を下げられる。
ようやく周りを見始めたジョニーが
「スムーズだな。王族駆逐したらテルナルド王アイを名乗れるんじゃないのか?」
先導しているスグルが髭もじゃの顔で笑いながら
「魔王でもいいかもしれないね。いきなり表舞台に出現したら、シルマティックとか天帝国が慌てて頭下げに来るかもよ」
「いや、ほんと、特に何もやってないでみんなから感謝されてて、いま恥ずかしいんで……ほんと、勘弁してください……」
私はジョニーの手を引きながら俯くしかない。とにかく、今は魔法障壁にこもる王族たちを引き出さないと……。




