シルマティック公国
ボスンッという音とともに固い床に着地する。
「おい……アイ、見ろ」
楽しそうなジョニーに右肩を叩かれて、私は両目を開け、辺りを見回す。
「あ……やば……」
床だと思ったのは広い円卓の上でその円卓を囲うように、唖然とした大人たちが私たちを見つめている。煌びやかな恰好からして貴族や武人たちだ。しかもみんな、かなり偉そうな……。
「あ、あの……すぐ降ります……ジョニー……ほらっ」
ニヤニヤしているジョニーの腕をつかみ、降りようとした私に円卓を囲う大人たちの一人が気の弱そうな声で
「お嬢ちゃんたち、ちょ、ちょっとそのままでいいかね?」
「はっ、はい……?」
思わず固まってそちらを見ると、声をかけてきたのは、ぽっちゃりとした体形の中年で綺麗に真ん中分けした髪の先がクルンとカールしていて、さらに口ひげも生やした人のよさそうな貴族だった。
青地の服にされている豪華な金の刺繍はたぶん……支配者クラスの証明だ……。きっとこの円卓を囲う大人たちの中で一番偉いと思う……。
私が焦りながら謝ろうと口を開く前に
「なんだ、おっさん。死にたいのか」
ジョニーのアホがその人に向け、右手を向けようとして私が必死にその腕を下げさせた。
「おいアホ!いきなり偉い人殺そうとするんじゃないって!あ、すいません……私たち、ワープ魔法で……あっ……」
つい禁呪を使ったと自白してしまった私に
円卓を囲う大人たちは騒然とする。何人かは慌てた顔で席から立って、外へと駆けて行った。
あああああ……もうだめだああああああああああ……終わりだああああああ……捕まるか、ジョニーが全員皆殺しにするかどっちかしかないいいいいいい……どっちにしろやだああああああ……。私が恐怖で全身を震わせていると
声をかけて来たおじさんがコホンと咳をして立ち上がり
「……この者たちは、私の隠し子じゃ。天才ゆえに、皆をおどろかさんように今まで隠しておった。さ、二人とも、こっちに来て自己紹介しなさい?」
そう、どこか必死な顔で私たちを見てくる。
ジョニーが私の耳元でニヤニヤしながら
「アニメでこういう展開を見たことがある。アイ、ここは、乗るぞ」
そういうと、私の腕をつかみ、スルスルとおじさんの目前まで円卓の上を偉そうに歩いていき、明らかに必死に平静を装っているおじさんの隣に飛び下り、私と共にその横に並ぶと
「ジョニーだ。すごい魔法を使えるすごい奴だ。あがめろ」
不敵な笑みを浮かべながら、唖然としている円卓へと言い放つ。えっ……あの、なにこれ……あのっ……えええええええ……。私が唖然としていると、おじさんが姿勢を変えずに
腕を回して、私の背中を軽くたたいてくる。
ハッと気づいて
「あっ、アイです……よろしく……」
軽く頭を下げると、なぜか感動で涙を流した表情になった大人たちが一斉に大きく拍手をしてきた。
「これで我が国も……」「さすが公爵様だ……」「私は信じていたよ……」
などと口々に喜び合っている。なにこれ……何が起こってるの……と思っているとジョニーがゆっくりと前のめりに倒れていき、ゴンっと音をして思いっきり円卓に頭をぶつけ、そのまま床に倒れこんだ。
それから私と駆け付けた兵士に抱えられたジョニーは人のよさそうなおじさんと数名の屈強な兵士たちに付き添われながら
やたらと広い部屋へと連れていかれた。窓からは夕暮れと広大な城下町が見下ろせる。
兵士たちは天幕の付いた広いベッドにジョニーを寝かせると
「おそらく、介抱は必要ない。我々三人だけにしてくれんかね?」
おじさんに言われた兵士たちが全員出ていくとすぐにおじさんは涙目で私に
「あっ、あの……この子は大丈夫なのかね?」
縋るように尋ねてくる。
「えっ……?」
今自分で兵士たちに介抱は必要ないって言ったのに……。私が戸惑っていると、おじさんは
「きっ、きみらは、ケイオスマジシャンなのだろう?」
さらに必死な顔で言ってきた。
「あ……えーと、私は違うんですけど、ジョニーが……えーと……最上級の禁呪を使ったから、一時的に魔力がなくなっててたぶん、大丈夫だと……思うんですけど……」
しどろもどろで答えると、おじさんは本気でホッとした顔をしたあとに
へなへなと床に座り込んだ。そして
「……ママ、何とかなりそうだよ……」
とポツリと呟く。