修行
骨だけのモーリーは、ゆらゆら揺れながら
墓標から遠ざかっていく。
先ほど入ってきた通路の反対側の通路にモーリーは足を踏みいれ、ルナーと手をつないだ私も続く。
薄暗い通路をしばらく歩くと、モーリーは右の壁に現れた錆びた扉を開いた。
「ネサック様の研究室です。もしかすると有益なものもあるかと」
彼はカチリと音をさせて、何かを押すと、部屋中にいきなり明かりがついて、狭い室内を囲う高い本棚たちと、並べられた大小さまざまな空のビーカーや枯草が散らばっているテーブルが目に付く。
ルナーはそれらに触らずに近づいていき、目を近づけてよく見つめる。
「この草は恐らくリルルネの葉だな。こっちの紫のこびりついているやつはレポの花びらだ」
ただの汚いテーブルにしか見えない私は、聞いているだけだ。モーリーは嬉しそうな声で
「見識が高そうな方で良かったです。では我が輩は地図や、お二人に役に立ちそうなものでも、探してみますか」
そう言うと、すぐに出て行った。
モーリーが出て行った後、私はルナーと共に
本棚の本を漁ってみることにする。
「……四千何百年も経っている割に、新しいね」
難しい薬学の本をペラペラ捲りながら、何となく言った私にルナーが
「何らかの対腐食魔法を付与されているな。我々にとってはありがたいことだ」
「たしかに、脱出のヒントがあるかもしれないからね」
ちょっとかっこつけてみたが、残念ながら無学な私にはいくら見ても、ここの本棚の本の内容はほとんどわからない。
ルナーはブツブツと何かを言いながら、本を素早く捲っては戻しを繰り返している。
「あの……もしかして、すっごいレアな本ばかり?」
ルナーは私に気づいた顔をして
「すまん。あまりに衝撃的で読みふけってしまった」
「どっ、どんな内容?」
ルナーは少し考えを纏めるよう表情をしてから
「失われた魔法薬の調合技術や、混成魔法の詠唱呪文ばかりだ」
「そっ、そんなものだったら……地上に持っていったら……」
お金持ちになれると私が言う前に、ルナーが
「いや、これらはダメだ。とてつもなく危険なものが多い」
「……そっ、そうですか……」
一瞬凹んだ私は気を取り直す。よく考えたらルナーが読んでくれれば、きっとこの先、何かあった時も助けになってくれるはず。
お金は……欲しいけど……世界にとっての危険はジョニー一人で十分だ。そういえば
「……メイズさんとあのアホはどうしてるんだろう……」
ルナーは真面目な顔で
「石や土の中にワープしたりしていないかぎり、別の場所だろうな。ジョニーが最後に言い間違えた言葉の中に二か所のワープ先を示す言葉が混じっていたと私は推測している」
「そっかー……アホの方はどうでもいいけど、メイズさんが苦労してないといいなぁ」
ルナーは少しおかしそうな顔で
「メイズはジョニーが居れば幸せなんじゃないか?」
「だろうねぇ……」
二人で頷きあう。
その後、学がないので本の内容がさっぱり読めない私の代わりに次々に読み漁っているルナーに任せて、椅子に座っていると、いつの間にか私は眠ってしまっていた。
肩を優しく叩かれて起こされると、モーリーの骸骨顔が視界いっぱいに広がっていて驚いた。同時に良い匂いがしてくる。
「四千数百年ぶりに淹れたコーヒーです。よければどうぞ」
既に横で本を読みながら立ったままのルナーは片手でカップを持ち、飲んでいる。
私も渡されたカップに口をつけると、甘くて苦くて美味しい。ルナーが本を読むのをやめ、テーブルに置き
「……先ほどまでモーリーと話していたが、水と食料は問題ないようだ。それに地図も見たが、簡単に脱出は不可能だな……」
「……えっ、それってもしかして私たち、永遠にここに……」
絶望的な気持ちが広がっていく私に、ルナーは気丈にほほ笑むと
「……大丈夫だ。私がここにある本や、この環境で学び、ここを脱出する力を蓄える。アイ、わかりやすい話をすればな」
「う、うん……」
「地上まで三キロなら、三キロを直線で掘れるほどの魔力で破壊すればいい。もっと希望的観測で言えば、崩落した入り口を魔法で上手く掘ることができれば、外へと出られるだろう?」
「そ、そうだね……」
でも。という言葉を私を飲み込む。最初にワープした人骨だらけの場所はそれができなかった人たちばかりなのでは……?
という当然の疑問は、きっとルナーも考えているはずだ。黙り込んだ私たちにモーリーが
「……死骸を気になされているのならば、私の記憶が確かならば、この閉鎖された地下都市にある年、集団ヒステリーのようなものが広がった末のあれだけの死者です。ルナーさんのように、正面から脱出を試みたのは、ネサック様のみでした」
「……あ、あの……ネサックさんは死んだんですよね?」
墓標があった。モーリーは首を横に振って
「もともと身体が弱い方で、加えてご高齢で……」
つまり、体の方がもたなかったのか……。
ルナーが気丈な顔で
「私たちはまだ若いし健康だ。水と食べ物さえあればきっと大丈夫だ」
と目を見て言ってきて、私も深く頷いた。
それから半年間、私とルナーは死に物狂いで閉鎖空間の中、修行した。
飲食はモーリーが魔法の草などを煎じて淹れたお茶やコーヒーを飲んだり
彼が地下都市の端の魔法光が設置されている菜園で栽培している植物を食べてしのいだ。
水もモーリーの言う通り、汚染されていない地下水が出ていた。
ルナーはネサックの残していった本棚を読みふけては、あらゆる特殊な魔法薬の調合と
自らの風と水属性で使える混成魔法を幾つも習得していった。
さらに魔法草を食べつつ、本に書かれていた過酷な瞑想法などをして魔力値を毎日高めていく。
そして私は……えっと、私は、うーん……私はあの……えっと……暇な時間に地下都市を探索して、脱出口がないか調べたり、魔法でトイレの穴を掘ったり、それを使用後にスコップで埋めたり……。
すっかり仲良くなったモーリーと楽しく雑談しながら、私の初級炎魔法で火を起こして、植物をこんがり美味しく料理したり……。
時折、ダークウインドに再会できずに悲し気な顔を見せるルナーを励ましたり……。
激しい修行で疲れ果てたルナーが、私に甘えてくっついてきたときは抱きしめあって二人で眠ったり……。
と、とくに、魔力値は上がらなかったけど、うん、そうだ!
とっても生活力は上がったと思う!
この半年の修行の結果、きっといい嫁になれるよ!嫁に行くあても無いんですけどね……。
とにかく、その半年後、ルナーの悲壮な修行と独学の結果、閉鎖都市内からモーリーが探してきた魔力値測定器で測ると元々の二万五千ヌーレルから、十三万四千ヌーレルに魔力値が上がっていた。
もう、大魔道と名乗ってもいいと思うと私が言うと桃色の髪のパーマが取れて綺麗なストレートになったルナーは自嘲気味に
「脱出出来たら、私は"アイの親友"大魔道ルナーと名乗ろうと思う」
と言ってきたので
「い、いいよ!脱出出来たらジョニーのアホに奇襲をかけてとりあえず禁呪を一発ぶち込もう!いや三発はぶち込もうよ!跡形もなく消しちゃおう!!」
「ふふふ。消すことはないが、少なくともやつに文句を言わないとな」
私たちはニカッと笑いあう。
そしていよいよ、脱出の日がやってきた。
ルナーの上がった魔力を十二万ヌーレル使って、水と風の最強混成魔法、封じられた禁呪、ハイドロエクスプロージョンを閉鎖都市の瓦礫で埋まった巨大な入口に放とうという作戦だ。
当然、威力がありすぎて地下都市が破壊されては困るので、初めてだ。
うん、出たとこ勝負だね。
でも大丈夫、ルナーは何度も瞑想の中で撃っていると言っていた。私とモーリーが百メートルくらい離れて、ルナーを見守っていると
彼女の小柄な身体が、緑と青に斑に激しく発光し始める。
とうとう、撃つんだね……私がドキドキしていると、いきなり、入り口の瓦礫が勝手に崩れていった。
私たちがルナーに駆け寄って、三人で茫然とその光景を眺めていると
崩れて穴が開いた瓦礫の中から、執事服を着たなんとミッチャムが顔を出してきた。
その瞬間、私は涙があふれて、全力で駆けだしていく。
「ジイ!ジイ!寂しかった!」
飛びついた私を受け止めて抱きしめたミッチャムは
「お嬢様。私も会いたかったです」
と強く抱きしめたまま、ルナーとモーリーの近くへと歩いていき
「お二人とも、お嬢様がお世話になりました」
深く頭を下げた。ルナーが戸惑った声で
「……な、なぜ、ここが分かったのだ?」
ミッチャムはニコッと笑い
「私の伝手を頼って、必死に探しました。半年もかかってしまってもうしわけありません」
モーリーが寂しそうな声で
「……これで、お別れですかな」
私はミッチャムからサッと離れて、骸骨だけのモーリーにも抱き着く。
「モーリーさん、外に行こう!きっと楽しいよ!」
「いや、我が輩は、アンデッドになった身です。墓守もありますし、今さら外には行けません」
「じゃあ、また来るから!美人のメイズさんもジョニーのアホも連れてくるから!」
二人のことは半年間何度も、モーリーとの話題で出していた。
「……約束ですよ」
私とモーリーは握手をしあった。
冷たい骨だけの手が少し、温かいように感じたのは錯覚じゃないと思った。




