社会実験
慌てて、カウンター席に戻ると
カウンター内の猫族のお姉さんたちがクスクス笑いながらスッとジュースの入ったコップを渡してくれる。
「あなたたち、いいねぇ。お笑いを目指してるのね?」
「い、いや……そういうわけではないんですけど……」
でも結果的には、お立ち台の上でボケるジョニーに私がツッコむという感じで自然とそんな風にはなっていたのかもしれない……。
恥ずかしさで顔から火が出そうになっていると
「あっさり、退けたねぇ……」
ニャムリンの驚いた声が聞こえてきて、さらにスグルが
「だから言ったでしょ?まぁ、見ててよ。ちょっと面白いことするから」
何か企んでいるような声が聞こえて、嫌な予感がしてくる。
日が暮れて、本格的に営業が始まる前に
私たちは、その酒場から退出することにする。
「おい、刺激が足りないぞ。もっと全裸の猫族が舞い踊るような……」
出てすぐに不満を口にしたジョニーにメイズが
「そんなに見たいのなら、今夜にでもわたくしがやってあげます!ちゃんと、わたくしを見てください!」
と顔を膨らませて抗議して、スグルがまた羨ましそうに
「……なんなんだよ……すっげぇ、負けた気がするのはなんなんだよ……」
愚痴っていた。
街灯が点きはじめたメインストリートを人波に混ざって大統王府まで戻っていると、先頭のスグルがピタッと立ち止まり、私は当たりそうになる。
「アイちゃん、狙われてるわ。そっちの公園に行こう」
「えっ……?」
戸惑う私の腕をルナーが
「殺気だ。スグルについていくぞ」
そう言うと、強く引いて、走り出したスグルを追う羽目になる。背後からはメイズに抱えられたジョニーもついてきている。
人けのない薄暗い公園の一角でスグルはピタッと止まり道路の周辺に植えられた森林を見回す。一本だけ灯った街灯のランプが照らしている辺りは不気味だ。
「……ついてきた気配は七人か……ジョニー君って、前にも狙われたことある?」
「あっ、あります……公国で二回くらい……」
気づくと私とジョニー以外の三人が私たちを囲むように背をそれぞれの方向へと向けている。微かに緑色に発光した両手を握りしめたルナーがスグルに
「市内での攻撃魔法は使用禁止なのか?」
「残念ながらそうだね……暴力行為自体を固く禁じられてるよ」
ルナーは舌打ちをして、両手の光を消した。
「仕方ありませんわね……警察が来るまで、派手に喚きながら逃げますか?」
メイズがそう言うと、スグルは悪いことを思いついたような顔で
「……ジョニー君に任せよう」
相変わらず、おかしな帽子を被ったジョニーを何と前に突き出した。
「……おっ?これは、あれだな。主人公が圧倒的な力で、暗殺者たちを退ける場面だな。よし、任せろ。最強の魔法で公園ごと消し飛ばす。後悔すら及ばぬ、次元の違う力を見せつけるやつか」
「ジョニー……あんた、それやったら……」
許さないと私が言う前に、ガクリとジョニーの首が垂れてパッと上に上がる。
「あーっはっはっは!!私の力が必要なんだな!?若者たちよ!!私の力が必要なのか!?」
まるで狂ったように辺りを見回すジョニーに
「ジョニー……ふざけてる場合じゃ……」
私がそう言いかけるとスグルがサッと遮って
「……必要だよ。やってくれないか」
と漆黒の笑みを浮かべて、ジョニーに言った。
するとジョニーは、うそでしょというくらい気味悪く顔を歪めて笑うと
「……漆黒の御手よ……地獄から這い出る悪夢の依り代よ。我が意に添わぬ者たちを、地下深くへと、さらに奥へと連れ去り給え……ダークハンズ……」
聞いたこともない魔法を詠唱した。
次の瞬間、辺りに真っ白な閃光が何本も立ち上り公園の森林の中に次々に広がっていく。
ジョニーは辺りを見回してうろたえ始める。
「まっ、まて、私が詠唱したのはダークハンズだぞ!これでは、まるで忌々しいライトハンズではないか!?」
そこで、いきなりジョニーの表情が切り替わって、元のアホ面で
「おい……俺の中に居る、謎の人格よ。無駄な抵抗をやめろ。二重人格は設定としてはかっこいいが視聴者が無暗に混乱する元だ……」
かっこつけた表情で、意味不明な言葉を吐く。さすがに黙っていられなくなった私が
「ジョニーふざけるのも……」
がら空きのボディに腹パンを入れようとしたその時だった。
私たちの立つ道路の左右から、何人もの黒ずくめの人間たちが実に満足そうな顔で、光に照らされながら夜空へと昇っていく。
体が全員透けていて、まるで幽霊のようで……って……。
いや、えええええええ……あれ、昇天していってませんかあああ!?
幸せそうな幽霊たちが空へと昇って行ってるんですけどおおおおお……。
私が言葉が出ずに、照らされた夜空を見上げているとメイズが呆気にとられた顔で
「た、たぶん、神聖魔法ライトハンズですわ……敬虔な僧侶が何十年と修行をしても得られないといわれる神に愛された者だけが使える……光の秘奥義のひとつ……」
ルナーが冷静な顔で
「禁呪中の禁呪だな。敵を神の力によって強制的に昇天させる即死魔法だ」
スグルが顎を触りながら
「ふーむ……つまり、ジョニー君の属性に闇がなかったから光魔法として作用して出てきたわけかー。そうかぁ……あ、ジョニー君、これ返してね」
スグルはサッと、ピンクのテンガロンハットをジョニーの頭から取り去る。
「おい、それは俺のだ。俺以外は似合わないぞ」
ジョニーが神経質そうに文句を言うと、スグルは笑いながら
「ごめんごめん。種明かしするから許してよ。研究と実験に付き合ってくれた謝礼金も払わせるからさ」
悪びれていない顔で言った。
その後、森林の中には安らかな顔をして死んでいる黒装束の遺体が七体発見されて、私たちは……いや、たぶん私だけが、驚いていると
駆けつけたパルマウの警察に、全員一時その場で拘束された。
しかし、スグルが事情を説明すると、私たちはすぐに無罪放免になって、むしろ警官たちから護衛されながら、大統王府に戻ることになった。
禁呪とか聞いていたので、私はまた牢屋行きかと焦りまくっていたが、やはりスグルの軍司令官としての信用と権限は強かったらしい。
たどり着いた夜の大統王府の一階の広い客室で私たちは机を囲んで椅子に座る。
スグルはまずは、ジョニーが被っていた帽子について語りだした。
「えっと、僕って薄給で司令官やってるんだけどうちの国はどっちかというと、直接戦う兵士たちにお金とか補償を手厚く払うようにしてるんだよ。司令官とかって、そんな死なないでしょ?だから安いんだよ。ある意味、名誉職的な一面もあるからね」
みんなで黙って聞いていると、スグルは苦笑いして
「それでサイドビジネスとして、魔法具の研究を企業や機関、または個人から請け負って、暇なときにやってるってわけ。あ、ちゃんと軍に正式申請してるからね?汚職とか思われたら怖いし」
メイズが理解した顔で
「つまりケイオスマジシャンであるジョニー様を使い、その帽子の研究をなさったのですね?」
スグルが悪びれない顔で頷くと、メイズは怒りながら
「ちゃんと事前に告知してください!帽子の説明も受けていませんわ!」
スグルは申し訳なさそうに頭を下げると、帽子を指さし
「これ、何百年か前に魔王として世界に君臨した残虐な大魔道の魂が宿った帽子なんだよ。討伐された時に死にきれなかったみたいでね。つまり……被る者の精神を乗っ取ろうとする呪いの帽子ってわけ」
全員で唖然とした顔をスグルに向ける。
……よく見たら全員じゃなくて、アホのジョニーだけは嬉しそうに
「ついにきたか!やはりファンタジーには魔王もいないとな!これからその帽子がキーアイテムになって俺の宿敵として魔王が蘇りそして……むぐぐ……」
立ち上がって前のめりになったアホを私が口を抑えて、メイズが体を抑えてもう一度着席させる。ルナーが冷静な顔で
「スグル、そんな危険なものを古着屋のワゴンに混ぜるのはとても重い犯罪行為なのでは?」
彼は首を横に振って
「社会実験として正式に役所に申請してるんだよ。監視員がフロアに二名ほど、雇われて店員に紛れ常駐してるよ。それに普通の人はまず無意識で危険を感じて近づかないし。
……まぁ、そんな感じで一年ほど動きがなくて経費だけ増えてた時に、ジョニー君が来てくれたからね」
私がため息をついてから
「それで、このアホが選ぶかやってみようと……」
スグルはニッコリ笑って頷いて
「でも、結果的には良かったでしょ?暗殺者たちを七人返り討ちにしただけで、他に悪いことはなかったし僕に研究機関から出る謝礼金も、半分くらい皆にあげるからね」
メイズが真剣な顔で
「全体でどのくらいでるんですの?金に直して教えてくれませんこと?」
「面白い結果が出たから、金の延べ棒で四十本くらいかな」
メイズとルナーが息をのむ。私は金の価値は分からないので聞いているだけだ。
「あーよかったなぁ……これで僕も各所にツケを払えるしリョカへの借金も返せるし、もう軍もやめちゃおうかなぁ……。分隊が帰れば帝国軍もしばらく来ないだろうし、旅に出たいしなぁ」
スグルが嬉しそうに、そう言っていると顔面蒼白なリョカが室内に駆け込んできた。
革鎧を着て、肩で息をしている彼女が
「スグル!大変なことになった!大統王がどこにも居ない!」
その顔をスグルは見た瞬間に、しまった!と言った表情をして
「リーノばあちゃんが、連れてっちゃったか……」
と呟いた。




