穴だらけのピンクのテンガロンハット
入ってすぐ私は、あまりにも煌めいた売り場の光景に目を押えそうになる。
区画ごとに煌びやかな服が並び、化粧品がショーケースに入れられている。猫族や人間の男女と店員たちが楽し気に話し込んで買い物をしている光景に少し、立ち止まって見とれていると、スグルが苦笑いしながら
「俺の手持ちの金じゃ、無理無理。四階に行こう」
「司令官なのに、貧乏なんですか?」
私がつい尋ねてしまうと、彼は深く頷いた。
ジョニーもやはり売り場が眩しすぎたらしく、手で顔を覆っているがその手を引いたメイズは、煌めく表情で
「素晴らしいですわ。今度、我が家から金塊を持ってきます。それならば、この国の通貨に換金できるでしょうから」
スグルがうらやましそうな顔で
「さすが公爵家のご令嬢様……いいなぁ。うちも一応、この国では、名家のはずなんだけどねぇ。じいちゃんが蓄財に無関心でさぁ……」
ぶつぶつ言いながら、フロア端の魔法力で動くエレベーターの開くボタンを押した。
こういうエレベーターには祖国でも乗ったことがある。それ専用に雇われた駆動係たちが毎日、地下の施設で魔法力を注ぐのだ。
私もバイトに応募したことがあるが、魔力値が足らずに落とされた……。面接にも行けなかった……書類で落とされた上に、返信された書類で"魔力値がたりませんでした"ってダメ出しまでされるのはあんまりだよ!
スグルが私の気持ちを察したのか
「アイちゃん、これ、機械製。魔力で動いてないから安心して」
「機械なんですか!?」
「うん。電力は雷系の魔導士たちが発電所から供給してるけど他国みたいに、建物ごとに一々魔力係を雇うのは無駄だろ?」
「まるで、帝都のようですわね……」
感心した顔のメイズにスグルは楽しそうに
「リーノばあちゃんが、定期的にこっちの国に機械技術を流してるんだよ。この国を狙っている無能皇帝への抑止力なんだって」
「……裏で大物たちのうかがい知れぬ取引があるのですね」
さらに感心しているメイズに手を引かれたジョニーは早くも飽きた顔をしている。
四階には、フロア全体が古着の店になっていた。雑多に古着が積み上げられていたり
マネキンに着せられたり展示されたりしている。スグルは半笑いで頭を下げて
「ごめんね。ここなら一人一着くらいは買えるから。まだまだ夜の店が開くまで時間あるし、ゆっくり選んで」
と言って、エレベーターホール横のベンチに座り込んだ。
「行かないんですか?」
「俺はいいよ。全員選び終わったら精算するから言ってよ」
そう言って、彼は脇のポケットから手帳を出して見始めた。
私とルナー、メイズとジョニーに分かれて古着の山の中から気に入った服を探すことにする。私たちは女子向けの服をフロアを歩き回ってまず探し、全身古着を着た猫族のスタイルの良い店員と和気あいあいと話しながら
二人に似合う一着を決めた。
最初は買うつもりはなかったが、店員だけでなくルナーも色々と勧めてくれるので、私も結局、春色のジャケットを買うことにした。
三十分くらいの感覚だったが店内の時計を見ると、もう二時間ほど経っている。
「楽しい時間はすぐ過ぎるな……」
ルナーがポツリと呟いた言葉に、全力で頷きながら選んだ服は一旦、店員に預けてスグルに清算してもらおうとエレベーターホールまで通路を歩いていると
「すっ、すごいですわ!ジョニー様!」
というメイズの声が、向こうから聞こえてくる。そちらに向かおうとしたルナーを私は引き止める。そして、彼女に向け、無言で首を横に振ると、今度は
「こんな帽子があるとは、思いもしませんでしたわ!」
またメイズの驚愕した声が聞こえてきて、私はため息を大きく吐きルナーとそっちへと行くことにした。
ジョニーとメイズの居る区画はフロアの端で
「処分品。ご自由にお持ち帰りください。良ければ募金箱にどうぞ。恵まれない猫族たちへ愛の手を」
といくつも並んでいるワゴンにデカデカと貼り付けられた誰もいない処分品場だった。近くにポストのような堅固な募金箱も設置されている。その区間全体を見るなりルナーが
「ここ、魔力がどこか淀んでる。なんか変だ」
呟いてきた。私には何もわからない。いつの間にか後ろから歩いてきたスグルが
「ああ、やっぱりここかぁ。あ、それ選んじゃった?」
私も、奥からメイズと出てきたジョニーを見ると穴だらけのピンクのテンガロンハットを被って、かっこつけていた。
メイズの手には折りたたまれたデニムジャケットが持たれている。
「ジョニー……それ、なんなの……」
私が、引きながら、そのまったく似合っていない異様なハットを指さすと
「かっこいいだろう……俺の凄さを引き立たせる完璧なコーディネートだ」
ジョニーのアホは、いつもの中身のないアホコメントを返してきた。スグルが苦笑いしながら
「それ、たぶん、どっかの戦死した魔術師の遺品だよ。穴だらけでしょ?頭を打ちぬかれたんだろうねぇ……」
「うっ、うそでしょ!?ジョニー戻してきなさい!」
私がアホの頭から取り去ろうとすると、メイズが立ちふさがり
「ダメですわ。ジョニー様の魅力を完璧に引き出していますわ」
「い、いや、遺品ですよ!?いいんですかメイズさん」
私が必死に訴えても、メイズは黙って首を横に振るだけだ。その完璧な顔と、私より高い身長から真剣な雰囲気で立ちはだかれて私はうなだれ、引き下がるしかなかった。
ルナーが肩を叩いてくれて
「大丈夫だ。ジョニーは普通ではない。あのくらいが合うと思う」
「確かに、普通ではないくらいアホだけど、頭を打ちぬかれた人の遺品って……」
スグルが近づいてきて小声で
「ごめん。あれ、選ぶか試したかったんだ。ほら、服代奢るだろ?ちょっと、僕の実験に付き合ってくれない?」
「な、何を企んでるんですか……」
嫌な予感しかしない。
その後、清算も終わり、どう考えても似合わないテンガロンハットを被ってご満悦なジョニーと幸せそうに腕を組むメイズが、スグルの後ろについていく。
私は買ってもらった春色のジャケットを着ているが気持ちには寒風が吹いている気がする。ルナーは気にしていない様子で、古着屋で買ったスカートを履いて時折、クルッと周ったりして、機嫌よく歩いている。
ちなみに、カウンターの女性店員が水と風、さらに炎魔法の使い手で巧みにそれらの魔法を使い、透明な箱に入れられた全員分の買った古着を瞬時に洗濯、脱水、乾燥してくれたのは驚いた。あの店のサービスらしい。
ああ、絶対私、この店も書類選考で落とされるよ……と少し落ち込んだのは秘密だ。
しばらく大通りを歩いて、入り組んだ路地裏へと入ると、スグルは「営業時間外。ちょっと待ってねぇ」ショッキングピンクで大書された立て看板の前で立ち止まる。
「とうぜん早いよね。まあ、入れてもらえるだろ」
彼はそう言うと、古びた木造の扉をコツコツコツと三度叩いた。数分間、黙って待つと、キイッと音がして扉が静かに開く。
「あらースグルちゃんじゃなーい」
ふくよかな猫耳の女性が顔を出してきた。
優し気な面持ちで、若くはなさそうだ。
こぼれんばかりの胸を強調する黒いドレスを着ていて、なぜか女の私が目のやり場に困った。
「ニャムリンママ、この子たちにお店の子を見せてあげてくれない?」
親し気に頼んだスグルに、ニャムリンと呼ばれた女性は機嫌よく
「なにーっ?もしかして、この女の子たちお水志望なのー?」
笑いながら尋ねてきた。スグルが苦笑いで返すと
「ああ、社会見学ね。いいわよーっ。さあ、お嬢さんとおぼっちゃ……」
ニャムリンはジョニーの帽子をチラッと見て、顔をしかめる。
「……スグルちゃん……あれ、いいの?」
「うん。たぶん、負けないと思う」
「そう……」
ニャムリンはニコッと笑うと、私たちに手招きをしてきた。
薄暗い店内のカウンター席に私たちを座らせるとニャムリンは数名の猫族を二階から呼び寄せた。姿かたちが愛らしいのは当然としても全身毛で覆われて何もつけていない者から
全て剃った上にきわどいショートパンツとスポーツブラ姿の者までみんな、妖しい色気を放っていて、相変わらずテンガロンハットを被ったままのジョニーはメイズから目をふさがれる。
「メイズ、み、見せてくれ……」
「ダメですわ。もう、十分見たでしょう?物足りないのなら、わたくしが寝室で同じ格好をいたしますわ」
その言葉を聞いた瞬間にスグルがカウンターに突っ伏して
「くうぅ……いいなぁ。なんで僕にはメイズちゃんみたいないい女が寄ってこないんだよ……」
カウンター内の端でコップを拭いているニャムリンがニヤリと笑い
「日頃の行いだねぇ。女はかっこつけでも真剣に生きてる男に惹かれるのさ」
「日々全力の僕に言わないでよぉ。これでも薄給で司令官なんだぜ?」
「男の方のボルーグ司令は、いい加減だけど強いって国民から言われて愛されてるだろ?自分を受けいれなよ」
ニャムリンから、泡立つ液体の入ったコップを渡されたスグルは口をつけ
「……受け入れませーん」
というと、チラッとジョニーの方を見つめる。ジョニーは何とかメイズから逃れようとするが抱きしめられて身動きが取れないようだ。私はホッとして、ルナーと猫族のお姉さんたちの会話をきくことにした。
「そっかぁ、ルナーちゃん、苦労してるんだねぇ」
全身が毛でおおわれた猫族の女性が、頷きながらルナーにジュースを注ぐ。
「……あなたは、何でこの仕事を?」
ストレートに尋ねたルナーに女性が笑いながら
「あたしは、なんかこういうのが性に合ってて、気づいたら、ここでママに雇われてた。他の子はわかんないけど、私は楽しいよ」
「そうなのか……世界にはいろんな人がいるな……」
真面目に会話しているルナーの横で私が聞いていると、ジョニーがスルッとメイズの腕から抜け出ていきなり、店の奥のお立ち台に登ると
「はっはっはっは!やっと、我が魔力を宿す依り代を見つけたわ!」
と両腕を掲げて、派手に大声を出してくる。
ああ、またアホが、なんか変な遊びを始めたよ……と私が、スタスタとジョニーに近づいて
「ジョニー……そういうのいいから……大人しくしといて」
ジョニーは驚いた顔で
「なっ……私を恐れぬのか……?」
「ジョニー、あんたさぁ、私と同じくらいの歳でしょ?そういうのそろそろ良くないと思うの。卒業しよ?」
「……くっ……魔王と呼ばれた私を恐れぬとは
貴様、まさか魔界の魔物かっ……」
「そういうのいいからさぁ……いい加減、恥ずかしいと思わないの?」
ジョニーは怯えた表情をすると、いきなり両目を閉じた。そして、ハッと気づいた顔をして
「あれ……アイ、どうした……?」
私はため息しか出ない。
カウンターの向こうで猫族の女性たちが一斉に笑ってジョニーはウケたと思ったのか、嬉しそうに右手を振った。
私は目立っていたのに今さら気づき、猛烈に恥ずかしくなる。




