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バルマウ民主主義国

私たちは上空に浮かぶスグルの小舟に乗ったまま、眼下の光を放つ戦場を見下ろす。

スグルはライトアローを時折頭上に何発か打ち上げて紫色に発光する大量の魔法船団たちを操っているようだ。パルマウ軍の優勢は崩れないようで、地上の陣地は完全に崩壊して

散発的に低級魔法を上空に放ちながら、大量の人間たちが荒野を敗走していっているのが見える。

スグルは指示を出す合間に、ジョニーを抱きかかえているメイズに向け話しかける。

「ねえ、わが軍って八千しかいないんだよ、対して相手の帝国軍の人数って推測つく?ひどいぜぇ?」

メイズがまじめな顔で

「あの陣の規模からして五万はくだらないでしょうね」

ご、五万の帝国軍……。それをルナーちゃんは禁呪で一発で……私が気が遠くなっていると

スグルが私の顔を覗き込み

「あ、もしかして、そこの桃色の女の子の一発で、帝国軍が敗走したと思ってる?」

私が唖然として頷くと、彼はケラケラと夜空に向けて笑い

「こっちのデバッファーも数百人船団に乗ってるから、初手の時点で、相手側の魔法障壁に加えて物理的な抵抗も弱めてるし、ついでに闇魔法使いたちの呪いも相当数飛んだ上で

全体化したレイジゴッデス一発で魔法障壁弱めて、心理的にビビらせて、そんで、あの禁呪でとどめって感じだから。そんな気にしなくてもいいよ」

「そ、そうだったんだ……」

つまり弱体化は済んでいて、敗走させるための下準備は終わっていたらしい。

とどめの強力な魔法が一発欲しかっただけのようだ。スグルは人ごとのようにケラケラと笑いながら

「いやー楽でよかったわ。向こうもこっちも人死にはでてないだろうけど、あんだけ堅固に作った陣地ぶっ壊されたらさすがの帝国軍も祖国まで戻るっしょ」

そう言いながら、またライトアローを打ち上げようと右手を挙げるのと同時にその手になんと空から細い雷が落ちてきた。

しびれた右手を彼は面倒そうに見つめて

「リョカ……もう、起きたのか。寝とけよなぁ」

ボソッと呟く、それから嫌そうな顔で小舟を反転させた。


スグルは仏頂面で荒野にそびえる切り立った崖へと小舟を着陸させる。崖の上には数名の、スグルに似た革鎧を着た男女が立っていて彼が到着すると、その中から茶色い髪のポニーテールの女性が駆けてきた。

頬に目立つ刀傷がある女性は、茶色の瞳で小舟に乗った私たちを見つめた後に

「スグル、あんたさぁ、私が寝てる間に禁呪使ったでしょ?」

スグルは小舟から降りると

「僕は使ってないよ。使ったのはそこの桃髪の子なんだけどー」

そっぽを向いて、誤魔化そうとする。

「じいちゃんの"禁呪は使うな、使わせるな"って教え、忘れたの!?」

スグルにつかみかかろうとする女性を、後から駆けてきた。屈強な男たちが二人の間に入って止める。

「リョカ指令、スグル指令との喧嘩はご法度だと大統王からご命令されていますよね?」

「でも……」

男たちに遮られたスグルがつま先立ちで顔を出し

「我が国は、他国で言う禁呪は禁止されてませーん。法律読んでますかー?」

「はぁ……!?国がどうとかじゃないでしょ!?」

屈強な男たち越しにスグルは子供のように女性を挑発する。起きている私とメイズが小舟から降りずにその光景を見つめていると五分刈りでマッチョな男が近寄ってきて

「あの、どちら様ですか?スグル指令のお友達?隠密部隊の方?」

「あ、えーと……」

私が口ごもっていると、メイズがニコッと笑いながら

「スグル様のお友達ですわ。今回の戦場の加勢に、四人で他国から来ましたの」

よく通る声で、相変わらず女性をからかっているスグルに聞こえるように言う。

彼は気づいた顔で振り返って、近づいてくると

「あ、ドウズン、ごめんごめん。僕の今回の戦闘の隠し玉なんだ。すぐに入国手続きしてくれない?身元は僕が保証するよ」

メイズと即座に口裏を合わせた。ドウズンと呼ばれたマッチョな男は頷いて

「では申し訳ありませんが、闇魔法スコープで魔力値と体格などを記録させて貰います。お名前等は後から渡された用紙にお書きください」

両手から真っ黒な闇のレーザーが瞬く間に私の身体を駆け巡った。ちょ、ちょっと待ってえええええ……また魔力値勝手に測られたああ……。凹んでいる私を気にする様子もなく、彼はメイズそして気絶しているルナーとジョニーにレーザーを当て終え、少し顔をしかめた後に、スグルの耳元に長々と何かを囁く。

スグルは一瞬驚いた顔をしたあとに爆笑する。そして、楽し気に近づいてきて、小声でメイズに向かい

「言ってよおお……みんな、違う国の出身ってことは亡命者だろ?」

メイズはニコッと笑いながら首を横に振り

「違いますわ。旅行者ですの。わたくしのフィアンセのジョニー様がパルマウ国をどうしても見たいと仰りまして」

大事そうに抱きかかえているジョニーの髪をなでる。スグルは少し残念そうに

「君みたいな美しく賢い女性に愛されるなんて、幸せな男だなぁ。ちなみにどこがいいの?体格も普通だし、魔力値ゼロなんだけど」

まだ魔力回復が始まってないんだなぁ……と私が呑気に話を聞いているとメイズは微笑んで

「人にできないことができるところですわ。夢が壮大なところも」

スグルは残念そうに私をチラッと見てくる。

いや、いまこっち見ないで。私はモブに徹しますので!と内心思いながら、私は何とか頷いた。


数分後、私たちはドウスンの操船する宙を浮く小舟に私とメイズ、そして気絶しているルナー、ジョニーの全員で乗り込み、近くの街へと向かうことになった。

「ゾーランダー地方の地方都ザランドに向かいます。スグル指令のご命令で、皆様には指定のホテルに宿泊していただきます」

紫色に発光しながら空を飛ぶ小舟の上で、月夜でも輝く金髪を風になびかせながらメイズがさわやかな声で

「首都のソーラントからどのくらい離れているのでしょうか?」

「ああ、南へ七百キロというところですね。ご予定が終わった後に、観光をするおつもりですか?」

「そうですわね。スグル様からご依頼が終わった後に向かってみるのも良いかと思っています」

メイズはスルスルと無理のない範囲で嘘を交え話を合わせていく。この人は賢いし、想定外の事態にも動じないし、なんか体力も凄かったし、何があってもニコニコしているし

私にはできないなぁ……と思いながらモブに徹して気配を消していると

「アイ様は、大丈夫でしたか?」

いきなり声をかけられて、一瞬驚く。

「あっ、驚かせてしまいましたか?」

「だっ、大丈夫。メイズさんもルナーちゃんも凄いなぁって……ジョニーもだけど……」

私は祖国から出てからずっと、状況に振り回されてばっかりだ。メイズは驚いた顔で

「アイ様こそ、素晴らしいのですよ。おじさまから聞きました。あなた様が居なければ、今のジョニー様は存在していないと」

「い、いやー……私は……」

なんなんだろう……。さっきの戦場でもルナーやメイズが居なければ、きっととっくに死んでいたと思う。私は魔力もないし、そんなに賢くもないし、お金もないしメイズみたいに突き抜けた美しさもないし、得意なこともないし、ただの一般人以下のモブなのかなぁ……。凹んでいるとメイズがニコッと笑って

「私とジョニー様を出会わせてくれて、本当にありがとうごさいます」

その金髪をなびかせながら、深々と頭を下げてきた。私は慌てて

「いやいやいや、メイズさん、そんな気にしないでそのアホと付き合うのは大変だと思うけど、頼むね」

「ふふふ。うれしいお言葉を頂きました」

メイズは気を失ったままのジョニーを強く抱きしめた。


しばらくすると、見たこともないような煌々とした都市が見えてきた。

「うわぁ……」

私は思わず、声を上げてしまう。深夜にもかかわらず、街には明かりが昼間のようにともっていて縦横に綺麗に区切られた区画に背の高い建物に挟まれた道路は人々が無数に歩き回っている。

それほど数はいないが、飛び回っている緑色に発光して飛ぶ小舟が何艘も見える。メイズも少し驚いた顔をしながら

「おばあさまから聞いてはいましたが、地方都でこの規模ですか……」

操舵しているドウスンが誇らしそうな声で

「敵国ながら、帝国が我が国を欲しがる気持ちも分かります。さあ、ホテルの屋上へと着陸します」

五階建ての四角い建物の広い屋上へと、小舟を着陸させた。


ドウスンがルナーを背負い、メイズがジョニーを軽々と抱え上げ、手ぶらの私と共にホテルのロビーまで魔法が動力のエレベーターで降下する。

ロビーへと到着すると、隅のソファに二人を寝かせメイズとドウスンが二人で、カウンターへと宿泊などの打ち合わせに行った。

私は、ソファに横たわる二人の大魔術師を見つめるしかない。

うーうーうーうー……もっとちゃんと、勉強しとけばよかった。

もっとちゃんと、魔法の練習しとけばよかった……。こんなに世界が広いって知っていたら、きっともっと頑張ってたなぁ。メイズはきっと年上だと思うけど、私と同い年のルナーがあんなに凄い魔法を使えるのを身近で見てしまった。


また無暗に凹んでいると、微笑みながらメイズが駆けてきて

「アイ様、ドウスンさんは、また戦場に戻るとのことです。みなさまの書類もわたくしが書いておきましたわ。鍵も頂いたので、さあ、五階へと向かいましょう」

それと同時に、ルナーがムクリと起きてきて

「ふぅ……悪いな。かなり前から起きていたが

気絶したふりをして不測の事態に備えていた。アイ、メイズ、助かった」

「さすがですわ。魔力の回復が早いのですね」

ルナーは黙って頷くと、私の腕を握り

「……行こう。久しぶりに全力で戦って疲れた」

立ち上がらせた。

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