約束の日は訪れた
目覚めると、全てが私とひとつになっていた。
ああ、そうか、混沌も矛盾も理屈も愛も、憎しみや恐れ、怒り、悲しみや絶望さえも、喜びや心地よさ、希望や親しみと同じなのか。
そうなんだ、私がジョニーと反発しあったのも最終的に愛し合ったのも、スズナカがタジマも求め続けるのもタジマが逃げ続けるのも、みんな、みんな、同じなんだ。
差異も同じも、全て何もかも、私は受け入れられて、そして存在していけるし、消えてしまえもできる。
何もかも等しく同様で、等しく違うんだ。
無も有も全て私の中に最初からあって、そっか、この時のために
私は生まれてきたんだね。
身体のない全てを覆いつくした私は有象無象の事象や反事象の犇めく宇宙外全体を睥睨する。
それらは無限に続くようで、限りがあるようで矛盾や破綻が調和しながら喰いあいながら、一つの生き物のように存在している。
そのずっと、ずっと、端の真っ白なホワイトホールの先に私が生まれ場所とは別の宇宙があって、それは無限のパラレルワールドを形成しながらも、ひとつの時間軸を基調にまるで万華鏡や、虹のように美しく広がっていっている。
そこを私は覗いてみる。
砂浜で座って、青空を見上げている洋服姿のタジマが見えて私の中に存在するスズナカが手を伸ばそうとするのを私は押しとどめた。ここではない。あなたは一人で彼に出会わずにセイやナンヤたちともう一度扉を開きなさい。
スズナカはアイとジョニーの物語に立ち入り過ぎた。
私は、いえ、私たちは、取り込んだあなたの力とそれに混ざった私たちの力を使い全てを元に戻します。
さようなら、タジマ・タカユキさん、あなたはあなたの仲間たちに迎えられてください。
私たちはゆっくりと彼の宇宙から遠ざかっていく。
私たちは、宇宙外のナナシとジェーンが居る白い空間へと手を伸ばした。
眼を閉じて待っていた二人は何かに気づいたかのように両目を開け、辺りをゆっくりと見回す。
ナナシさん、ジェーンちゃん、還りましょう。我々のあるべき場所へと。
私たちの意志が伝わった二人は顔を見合わせて、笑い出して、そして大きく頷いた。
私たちは二人を包んでいって、二人は私たちに取り込まれて消えた。
アイの創ったこの白い空間も私たちの中へと取り込んで消滅させる。
私たちは矛盾と破綻の蠢く宇宙外をゆったりと通り過ぎていく。
どんな矛盾や破綻も私たちの前に道を開けていく。
そして、漂っていた黒船も取り込むと、私たちの生まれた宇宙へと戻っていく。
修正者いや、タジマから分離した守護者が塞いでいた
混沌の蓋を静かにこじ開けると、宇宙へと私たちは浸透していく。
全ての物理的な生物にも、全ての高次元生物にも気づかれぬよう、そっと私たちは彼らを遥か高みから睥睨する。
この宇宙の始まりから、終わりまでひとつ残らず把握した後、私たちは、私たちの星が消えてしまったこの時空の地点に私たちの星を消滅する直前の完璧な姿で復元した。
そして、その処置がどんな時空的な矛盾も、弊害も生まぬようゆっくりと全てのパラレルワールド、全ての時空へと浸透していく。
輝きを失った長い銀髪を湿った石の床に垂らして美しい女性が整然と座り込んでいる。
その神々しい美しさは天使のコリーだ。
ここは、帝都下の地下迷宮の最深部だ。
彼女は両目を閉じて、身動き一つせずに何かを待っている。
私たちは、彼女に話しかける。
約束の日は訪れた。
堕天使スゥインネァンコリーよ。
私たちは、お前を必要としている。全ての因果を全ての未来を我々に託してくれるか?
コリーはカッと両目を見開くと
「承知いたしました。身命を賭してあなた様たちのために」
そう言うと、軽く微笑んだ。私たちは次へと視点を移していく。
漆黒の廃都市の中、四つん這いで体がほぼ溶けて黒い骨がむき出しになった女性巨人が微かに地鳴りをさせながらさ迷う。
私たちはその巨人の身体を包み込んだ。
約束の日は訪れた。堕天使レンシアよ。
私たちはお前を必要としている。
その因果を辿った未来は、お前の犠牲が必要だ。頼んでもよいか?
「ヴぁヴぅヴううヴあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
レンシアは悍ましく、そしてどこか嬉し気に辺りが響くような叫び声をあげた。
私たちは彼女の身体から手を離し、次へと視点を移した。
左足が欠けて全身が裂傷だらけの金髪の女性が木漏れ日の射した小屋のベッドに寝かされて虚ろな目で天井を眺めている。
私たちが話しかける前に彼女は目に光を灯し
「ジョニー様とアイ様なのでしょう?」
そう言ってきた。私たちは彼女の身体を優しく深く包み込んだ。
メイズ・シルマティックよ。
約束の日は訪れた。
スゥインネァンコリーに伝えたことをお前はよく遂行してくれた。
メイズは皮膚がボロボロの顔で微笑んで
「ふふふ。わたくしは、幸せな人生でした。真に愛する人と出会い、子供を残し、そして精一杯戦って死んでいく」
辛い役目を頼んでしまった。因果を操作するためハーティカルにどうしても決戦を挑んでもらう必要があったのだ。
メイズは全身に力を入れて、上半身を起こすと両腕を広げ、そうしてさらに強く射し込んできた木漏れ日に身体をゆだね
「さあ、もう十分ですわ。一緒に行かせてくださいな」
そう言って、両目を閉じて、そのまま息を引き取った。
私たちはメイズの全てを引き取って、視点を移していった。
夕暮れの砂浜に、ポツンと茶色の髪の天帝国風の旅装の少女が佇む。
ウェーブがかった茶髪と大きい目が印象的な彼女は電灯がともった近くの国道を見回してさみし気に
「コリーさんの言うとおりに逆召喚の儀式をしたら、本当に異世界に来てしまいましたけど……。どっ、どうしたらぁ……くううぅうううううう……」
涙目になって辺りを見回しだした。私たちは彼女を包み込んだ。
サニー・ボウガスよ。約束の日は訪れた……。
お前の息子が婚姻する女性は、ガモゾウを生む。
そのガモゾウこそが、ジョニーだ。
お前は我々の始祖となる。
サニーは唖然とした顔で口をパクパクした後に意を決して
「わ、私は!あなたたちに守られているのですね!?」
ああ、いつまでも、お前のことを守ろう。
全ての宇宙や、理のために、全ての生命のために。
サニーは頷いて、砂浜から国道へと足早に走っていった。
私たちは次の場所へと視点を移していく。
マグマが吹き上がり、大気が組成されていく途上の惑星の上で透明なサクラヅカ高校の制服姿のスズナカが立ち尽くしている。
私たちは彼女を包み込んだ。
スズナカは大きくため息を吐いて
「はいはい、あんたたちから分離された後にここに来てみたけど。まあ、無理よね。わかりましたよ。降伏よ。もうこの星には手を出さない。幸せに暮らしなさいな」
そう言うと、その場から消えた。
さらに幾万も幾億も多数の視点を移し、全ての因果と過去と未来を紡ぎ合わせ、ひとつ残らず全ての時空を繋ぐと、私たちは静かに、私たちの宮殿の中庭へと視点を移した。
夜の人けのない中庭は、灯火で照らされている。
私たちは静かに、そこへと降り立っていき
そして抱えていた全てを解き放った。
分離された黒船は中庭の上空へと船体を現すと浮かび留まり、ジェーンが中庭のいつものベンチの前に姿を現し、大きく息を吐き
「なかなか楽しかったわ、ちょっと暴れ足りないけど」
継ぎはぎの紫の肌のナナシがその横に現れ
「ふふふ……長い旅路だった」
いつものパンツにマント姿のジョニーが、少し手前に戻ってくると、いつもの腑抜けた顔で
「……いやぁ、酷かったな……とんでもない巻きの最終話だった」
そして、そのすぐ横に……。
「うぅ……ジョニーとやっちゃった……なんてことを……」
悲しみに染まった私が出現して座り込む。
ジョニーがいつものふざけた不敵な笑みで近寄って隣にしゃがみ込んで
「……やっと、真の愛に結ばれた主人公とヒロインになれたな!」
「……ノーカウントで。……いたし方のない理由だったでしょ……?」
ジェーンが少し離れた位置から
「聞かなかったことにしてあげるわー」
ナナシも笑いながら頷く。
私が頭を抱えていると、真夜中の中庭へトーミャが必死な顔で駆けてきて
「あっ、あの!!僕、さっきテルナルドから帰ってきたんですけど!天帝教皇陛下の部屋へと戻ったら、ズーメさんが居て……あの!」
ジョニーがニヤニヤしながら
「なんだ?このクソアニメの最後の嫌がらせか?ズーメがいきなり死んだか?」
「おい、アホ、縁起でもないこといわないでって」
私がジョニーに文句を言っていると、トーミャの向こうから真っ白なドレス姿のズーメが手を振りながら走ってきて
「ジョニー様!思い出しましたわ!わたくし、全て思い出しました!わたくしはメイズです!あなた様とアイ様がわたくしを転生させていたのです!」
いつもと違う、丁寧だけどエネルギッシュな
私たちがよく知っている口調で駆け寄ってきた。
ジョニーは顔を耳まで真っ赤にして
「ま、待て!それはダメだろ!ちょっと待てよ!元のズーメの人格をメイズが乗っ取ったみたいな……」
途中まで言いかけたところで、ズーメから抱き着かれて、そして頬ずりされながら、嬉しそうに黙り込んだ。
ズーメは上品な笑顔で
「ご心配なく、わたくしはメイズであり、ズーメですわ。ちゃーんと今までのズーメとしての記憶も残っております!」
ジョニーはおずおずとズーメの身体を抱きしめ返して、そして大声を上げてうれし泣きをし始めた。
物語はここでお終い。
私とジョニーはこの世界でそれぞれ幸せに暮らしましたとさ。
……ああ、でも、その後の顛末を、短くここに書き記しておこうと思う。
サウスから生まれたジェーンは、シルマティックの王族として最終的にはノースの王座を乗っ取って二代目の王となり善政を敷いた。
ジェーンの親であるサウスとその妻であるキャサリンはジェーンを補佐しつつ、世界の平和バランスを保つのに尽力をした。
ナナシは、ジェーンの補佐をしながら悠々自適の生活をし続けた。
ドランガス帝国はネゲルムが突如、帝位を異世界から還ってきたメグルムに譲り、そしてメグルムは、臣下たちを振り回しつつも平和に北部を発展させた。
テルナルド王国は、トーミャが民から選ばれた初の人民王として即位して、その後の便宜的王政形態民主主義という特異な王政を創り出した。
トーミャ自身は二十五年の在位の後に、民間出身の女性にその座を譲り、暗黒荒野地帯の研究にその後の人生をささげた。
あとは、ルナーのお兄ちゃんとスグルはテルナルド王国の軍事を担当してトーミャを支えた。スグルと双子のリョカは国家が安定したら何処かへと旅立ってその後は私たちも知らない。
こんなもんかな……。
その他にも、ここに出てこない人たちも幸せになりましたよ!
というか、ならなそうだったら、支配者の力で強引に幸せにしました。
全ては終わったんだし、もう悲劇は一切要らないでしょ?
……あまり説明したくもないけど、ジョニーのアホはズーメの身体で復活したメイズと、そして娘のメイラ三人で楽しい家族生活をしつつ、天帝教皇国をの支配者としての人生も楽しみつつ、"わ・た・し・が"苦労して繋いだ本物の地球へのワームホールで時々、地元へ帰ったりもして、すごおおおおおおおく!!
エンジョイした生活を送ってたよ!地球でも高校を卒業して
(一緒に通学してあげた私のサポートのお陰で)
さらに調子に乗って農大に進学して、そっちは一人でストレートに卒業して、こっちの星と地球での農業者の二重の人生を嫁と子供と共に行き来して、めちゃくちゃ楽しんでたよ!
なんであんたが、一番幸せになってんのよ……。
しかも、支配者としての仕事は全然やらないし……
私に向けて口を開ければ、自分の幸せな人生の話かアニメの話しかしないし、ああ、ほんと大嫌い……なんでこんなやつと出会ったんだろ……。
そして、私はジョニーが完全に放り出した支配者の仕事をしながらモチモッチスウィーン教神のアニーとも連携してルナーと共に世界各地を混沌の安定のために布教して旅してまわったりした。
ついでに、今言った通り、ジョニーの補助をして一緒に通学しつつ、せっかくなので地球の高校も卒業しておいた。農大はさすがにパスしました。
私は元々魔法専門の貴族なんです……農業の専門家の家柄じゃないのよ……。
新王のトーミャの名声が高まるにつれ、アイ・ネルファゲルトの名前ともども名家だった我が家はほぼ歴史の闇に消えましたが、ネゲルムと私の子供が細々と血を絶やさずにいてくれます。
あ、そうそう旅から帰ってからネゲルムと結婚したんですよ。
結婚してからも、ルナーもなぜかずっと同居してましたが……。
セイとナンヤはタジマを見つけることができたかどうかは……。
それは別の機会があればどこかで、別の誰かが語ると思います。
スズナカは、まあ、私もその後、嫌々何度か関わることになったけど、それも別の機会に任せましょう。
私やジョニーの身体が死んで、多くの素敵な仲間たちも逝ってしまい、時間が過ぎ去ってからも私たちは延々と私たちの星を見守り続けました。
魔法生物のルナーは死なないので、結局私と居られるので寂しくないし、メイズは、離したくないジョニーが何度も転生させた挙句に
最終的には魔法生物にしちゃったので結局、私たち四人でこの星を見守り続けることになりました。
そうして時代が過ぎて、ある機械文明が発達した時代にこの星の名前がようやく決まったんですけど、何て言う名前だったと思います?
ああ、ジョニーのアホが何か言わせろって言ってる。
はい、どうぞ、どうせ余計なこと言うんだろうけど……。
「おい、クソアニメ、ハッピーエンドにすれば全て許されると思うなよ。そもそも、スグルの双子の姉妹のリョカとか途中で放り投げた混沌魔法の意味深設定とか他にも、俺はそういう山ほどある未消化フラグを忘れてないからな」
「ジョニー様、いけませんわ。せっかくアイ様が昔のことを思い出して書き連ねているのです」
「……まあ、メイズを還してくれたのはグッジョブだ……」
「ジョニー様……」
アホとメイズが見つめあい抱き合い始めたので、そろそろ締めますねー。
ちなみにルナーはずっとニヤニヤして腕を組み、こちらを後ろから見ています。
私の家は名家としては没落してしまいましたけど私の生物的な子孫が生き残り、そして何世代も後に高名な研究者が数名出て、さらにその後の宗教裁判とか物理法則の発見とか、政治的なバランスとか、そういうのが色濃く関わった多数の奇妙な顛末の末、この星の名は
「ネルファゲルト星」という名に決まりました。
うん……さすがに何度か、支配者の力でやめさせようと思ったけどジョニーやメイズ、それにルナーが半笑いで止めてくるので、何かもう……流れるままにさせておいたよ!
ということで、この星の名前として家名が残りました……。
うん……まあ、なんか釈然としないけど、ネルファゲルト家を再興するという当初の目的を達成したような気もする。
したよね……?
祖国で家が没落した女魔術師なんですけど変な生き物を造ってしまいました。
完。
以降、蛇足的な追加エピソードを投稿予定です。




