表向きの恩情
馬車の中で縛られているルナーとそれぞれの国の文化の違いや、いま流行っているものの話をしていると、あっという間に時間が過ぎ去っていた。
ジョニーはずっと一人でブツブツと呟いて凹んでいて、まったく邪魔してこなかったので放っておいた。
翌朝遅くに、馬車が首都のモルスァーナの喧騒が聞こえる活気ある市中を進みだすと、今まで楽しげに話していたルナーが真っ青な顔をして小刻みに震えだした。
そうだよね……捕らえられた敵国の隊長だし
私と同じ十八の女の子だから、やっぱり怖いよね……。何とか落ち着かせようと
「だ、だいじょうぶだよ。私とジョニーは公爵様の知り合いだし、ほら、公爵様の弟のサウスさんとももう仲良しだから」
「あ、あぁ……すまない。私は大丈夫だ。例え処刑されても……私は……うぅ……」
こらえ切れずに歯を鳴らして涙を流しだしたルナーの背中を撫でるしか私はできなかった。今こそ優しい言葉でもかければ、ルナーから見直される絶好の機会なのに相変わらずジョニーのアホは隅で縮こまってブツブツと呟いたままだ。
市中を抜けて、シルマティック城内に辿り着いた馬車が止まる。外の御者席から、スメルズが怪しげな声で
「くっくっく……お嬢さん方と英雄様、到着いたしましたよ」
馬車の中へと入ってきた屈強な兵士たちに
私は意を決して立ちふさがり
「すいません!敵将ルナー・プリンストルは私とジョニーの獲物です!私たちが直接、公爵様の元へと連れていきたいのですけれど!」
困り顔の兵士たちの後ろからスメルズが
「けけけっ……おい、衛兵たち、サウス様もそうしろとおっしゃっていた。この一級魔法査察官スメルズが保証するぞ……」
怪しげな声で、なんと助け舟を出してきてくれた。私はすかさずに、上着を着せたままの下着姿のルナーを立ち上がらせ、肩を貸しながら馬車を下りる。ジョニーも項垂れながらついてきた。すぐに目深にフードを被ったスメルズに、深々と頭を下げる。怪しげな雰囲気の小柄な老人は
「くけけっ。いいのです。道中若人たちの会話を聞いて、この暗き闇魔法使いも、少し、明るき昔を思い出せました。さあどうぞ、この老体がご案内しましょう。アイ様、ジョニー様」
私は言葉もなく涙ぐみながら、頭を下げるしかなかった。この人、見た目と闇属性に反して、良い人だったみたいだ。
スメルズに城内を案内され、さらに辺りを監視の兵士たちに囲まれたまま、私とジョニー、そして縛られたままのルナーは城内を歩き、二階の大きな扉の先の部屋へと入っていく。
ランプで照らされた室内は窓がなく
置かれているものは汚い金属のテーブル、四脚の木造椅子しかない。狭く四角い部屋内へと私たち三人を入れると、スメルズはホッとした顔で
「この殺風景な部屋は、魔法が封印され、力も弱まる封呪がされております。では、公爵様へと知らせてくるのでごゆっくり」
「色々とすいません」
「いえ、良いのですよ。私は報告が済んだら戦場へと戻ります。規律というのは戦に欠かせぬものですからなぁ……くけけっ」
スメルズは怪しげな笑いを残して部屋を出て行った。
とりあえず椅子を引いて震えているルナーを座らせる。私も隣に座ると
「すっ、すまない……アイはもう私の命の恩人だな」
震えながら縋るように私を見てくるルナーに
「大丈夫だよ。私が絶対に悪いようにはさせないから」
ジョニーはうなだれながらさらに隣の椅子に座り込んで深々とため息を吐き
「……新キャラだ……新しい女の新キャラが今すぐに必要だ……このままだとこのハーレムアニメは打ち切られる……」
などとブツブツと意味不明なことを呟いている。
しばらく待っていると、キイっと部屋の扉を開け、全身虹色の鎧を着こんだ公爵が入ってきた。厳めしい兜までふくよかな体形にフィットするように作られているのでさらに体格が良く見える。震えが増したルナーと、唖然としている私に公爵は苦笑いしながら
「ごめんねぇ。驚かすつもりはないんだけど、一応、敵国の将と公爵である僕が直接話すわけだろう?ほら、防御は万全にしないとって言われちゃってね」
彼はカチャカチャと鎧の擦る音をさせながら、私たち三人から対面側の椅子に着席して
「ああ、どうも、シルマティック公国公爵ノース・シルマティックと言います。そちらはサウスの軍が捕獲した敵将ルナー・プリンストンで間違いないね?」
ルナーはガチガチと歯が当たる音をさせながら頷いた。私はその背中をさする。公爵はその様子を見て、少し考えながら
「ふむ。アイちゃん、お友達になったのかな?」
嘘をついても仕方ないので、私が真剣な顔で頭を下げると
「そうか。それで僕のとこに直接持ち込まれたってわけだ。まあ、いいけどね。ちょうど時間が空いていたし」
「あの、公爵様、お手間を取らせて申し訳ありません」
私が深く頭を下げると、それには答えず彼は茫然としているジョニーに顔を向け
「ジョニー君は何で元気がないの?」
ジョニーが我に返ったように、顔をハッと上げて
「公爵聞いてくれ。アイが非処女のヤリマンでルナーが三十九のリアルロリババアだったんだ……俺はどうすればいいんだ……」
公爵は少し驚いた顔をして、それから察したような苦笑いを私に向ける。私が"騙されてるだけです"と声を出さずに言うと、彼は頷いて
「そうか。ジョニー君、大変だね。でも、この世には素敵な女の子はまだまだ沢山いるよ。まぁ、ママ一筋の僕が言うのも説得力ないかもしれないけどね」
ジョニーは難しい顔をして腕を組み、黙り込んでしまった。私が、雰囲気が良くなった今だと思い
「あの……公爵様、ルナーちゃんを処刑したりしないでください。私、それだけを言いたくて……」
公爵は微笑んで、右手を左右に振りながら
「ないない。プリンストン家の者を処刑なんてしたら、セルムが本気でうちの国と戦争することになるよ。そもそもさぁ、すぐに僕が駆け付けたのは別の理由があって」
私が首をかしげると、彼は兜の下から真面目な顔で
「ルナーさん、うちの国の加勢しない?ほら、貴重な人材は、大事にしろっていうだろ?」
ルナーは震えを止めると、キッとした表情で顔を上げ
「……そ、祖国は裏切れない……情報提供も客将としての待遇も断る……」
公爵は、もっともだといった顔で深く頷くと
「どれもしなくていいよ。ただ国に帰ってジョニー君というケイオスマジシャンに手も足も出なかったという事実だけを伝えてくれればいい」
ルナーは唖然とした顔をする。
「まっ、待ってくれ……それだけでいいのか?」
「うん。あーひとつだけ条件を付けるとすると友達になったアイちゃんからも多分、色々と聞いたと思うけどそれは喋らないでよ。まぁ、強制はできないけどね。ああ、ドラゴンも君の部隊も全部返すよ」
「なっ……そっ、そんな甘い条件で、私と部隊を開放していいのか?」
公爵はニコリと微笑むと
「うん。だって考えてみてよ。君の国はもう我が国に勝てない。子供の居ない僕はジョニー君とアイちゃんを養子にしてシルマティックの跡取りにするつもりだし、そしたら、サウスとまた組ませて、短期間で国境線までセルム軍を押し返すよ」
「あっ、アイ……そんなことになっているのか?」
私はおずおずと頷いた。私とジョニーは養子の話を今のところ断ってはいない。ルナーは愕然とした顔で視線を足元に落とす。
鼻をほじりながら話を聞いていたジョニーは
「リアルロリババアが上級者向けになりすぎたハーレムからアウトか。まぁ、悪くない展開だな。それから新美少女キャラでテコ入れする感じだろうな。展開としてはそこそこだな。玄人向けに走りすぎた脚本を修正するのか」
かっこつけながら意味不明なことを呟いていた。
公爵は「ちょっと考えてみてよ」と言って
カチャカチャと鎧を擦りながら部屋から出て行った。脱力したルナーが、何とか言葉を絞り出すように
「あ、あの公爵は、私を馬鹿にしているのか?」
私は苦笑いしながら
「本音だと思うよ。とてもいい人なの」
「た、確かに、シルマティックは本気で殺し合いをしない軍だからな……。な、何か策があるのかと警戒していたが……」
「うん。シルマティック軍は、相手を殺せないし自分たちも死んだらダメなんだって。サウスさんが言ってた」
ルナーが口をあんぐりと開けて、私を見てくる。
「そ、そんなふざけたハンデ持ちと我が軍はずっと戦っていたのか?」
私は深く頷く。隣ではジョニーが欠伸をしながら
「次こそは、正統派美少女だな。今度こそメインヒロインだろう。そして、主人公である俺と切ないラブストーリーが始まるはずだ」
意味不明な独り言を聞き流しながら
「で、ルナーちゃんどうするの?」
「ど、どうするも何も、このままでは国に帰れない……。私だけ何一つ罰を受けずに、無傷で解放されたら内通すら疑われてしまう……」
私は感心してしまう。そうか……戦争してる人たちはそんな考えで生きてるのか。じゃあ、さっきまでの公爵の言葉もそのままの意味では取れないってことだよね。公爵の表向きの恩情にホッとしていた私はまだまだ子供だなぁ。
「うーん……何か、話を作ったら?
すっごいセクハラされたとか、精神的におかしくなりそうな尋問されたとか」
ルナーのためになるかと思ってそう言うと
「い、いや……すぐにばれる。そんなに甘い世界ではない」
ジョニーはどうでもよさそうな顔をしながら
「早く帰れ。その下着だけの格好で国まで帰ったらいい感じに同情されるはずだ」
「おい、アホ……もうちょっと頭使ってよ……」
ルナーはポツリと
「……なぁ、アイ。私、お前と友達になれて嬉しかった」
「う、うん?私も嬉しかったけど……」
「……だから、お前に選んでもらいたいんだ」
真剣な顔を私に向けてくる。
「公爵の卑劣な罠にはまった私には二つの選択肢がある。プリンストン家の者として名誉ある自害をするか、裏切り者として一生汚名を着て生きるかだ」
「えっえぇえぇええ……そこまで思いつめなくてもいいんじゃない?開放されるんだし、とりあえず国に帰ったらよくない?」
公爵が卑劣……いや、そこまではないと思うけど……。私が慌てて、震えるルナーの小柄な肩を抱くと、
「だめなんだ、このまま傷だらけの部隊ごと
私だけ無傷で祖国に帰れば、私は内通者扱いされ尋問され、下手したらスパイとして活動できぬよう幽閉され、一生を終える可能性すらある。残念だが、セルムという国はそれほど冷たい軍事国家なのだ……」
ジョニーが面倒そうに顔を歪めて
「アイ、自害させろ。こういうメンヘラは視聴者が一番イライラするやつだ」
私はアホのアホコメントは無視して、大きく息を吐き出し
「……汚名を着て、生きてよ。辛くてもいつか、祖国の人が本当のルナーを知ってくれる時が来るから」
「おい、アイ……俺のハーレムにこんなロリババアはいらな……ぐはっ……」
私はアホの頬を全力で叩いて黙らせて、震えるルナーに抱き着いた。
「あっ、温かいな……」
「うん。死なないでよ。一緒に居るから」
「ごめん……ありがとう」
ルナーは一粒の涙を足元に落とした。ジョニーも涙目で頬を抑えていた。




