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俺、虫だったんだよ

「あーれー……どこですかー?ここはー?」

スッとぼけた高めの声が響いてきて

「ミイさん!?」

とそちらを向くと、体に何も纏っていない小柄なぽっちゃりとした女性が不思議そうな顔で辺りを見回していた。こちらにも気づいていないようだ。


そういえば、元の身体の持ち主は私たちが居る間は気づかないとか、スズナカはそんなことを言っていた気がする。

……そうか、スズナカが居なくなったから、あっちの身体は目覚めたのか……。

「あっ、アイさん?あれ、意識がない?」

小柄な女……イノーという名前の彼女は、近くを浮いている私が入っていた長身の女性の身体を突き始めた。

そして、閃いた顔をして

「あっ、そうかー私を試してるんですねー?しょうがないなー」

と言いながら、いきなりちょっと形容できないような卑猥なことを無重力で自ら絡まりながら意識のない女性の身体にし始める。

そして反応がないのが分かると、いきなり悲しそうな顔になって

「……あらー……私ーもしかして、危険な状況なのかしら……」

不思議そうな顔をして、前面の窓に広がっている黒雲に覆われた惑星を見つめた。


私はどうにかして、イノーとコンタクトを取ろうと私の透過する身体を重ねてみたり、耳元で大声で叫んでみたりするが、全くダメだった。イノーは次第に心細げな表情となっていき

「もうだめかもしれない……」

などと服を着るのも忘れたまま、長身のアイの身体に取りすがって抱き着いたまま半泣きになり始めた。

なすすべがないまま、途方に暮れていると頭の中に

「……エロい光景だな……全裸の女たちが無重力で抱き合って浮いている」

いきなりアホのジョニーの声が響く。

「……幻聴じゃないなら、協力してよ」

「いいぞ。なんでかしらんが、お前と重なっているようだ」

「頭の中にいるだけでしょ……それはともかく、どうしたらいいと思う?」

ジョニーの声はしばらく唸った後に

「お前をコンピューターに接続して、メッセージを送れ。惑星に着陸させろとな」

「よくわかんないけど、前面のパネルに重なってみる」

操縦席前面のスズナカが前に操作していたパネルに近づいて重なって"きこえますかー"と言うといきなり私の声が船内に響き渡った。イノーはビクッとして辺りを見回す。

「ふっ……俺の天才的頭脳とアニメ的想像力をもってすれば楽勝だったな。分かるか?これが主人公補正だ」

いい加減に言ったことがたまたま当たっただけであろうアホのアホコメントは無視して

「あのーイノーさーん、この脱出ポッドを惑星に着陸できますかー?」

また私の声を船内に響き渡らせる。イノーは震える声で

「たっ、たぶん、それくらいならできますけど……」

「じゃあーお願いしまーす」

イノーは慌てた様子で、パネルの近くまで無重力の中を泳いできて、悩みつつ、パネルのボタンを幾つか押した。すると

「大気圏突入角度を計算中……天候が不安定なのでリスクを計算中です」

という機械音声が船内に響いてきた。頭の中でアホの声が

「成功したな!よし、お礼にエロいことさせろ!無重力でクルクル回りながら一人でするとかな!」

私はパネルから離れて

「おいアホ……あんまり調子に乗らないでよ。ミイさんが消えて、ただでさえ、私も困ってるんだから」

「ああ、スズナカは頼りにならんぞ。俺は自力でここまでたどり着いたからな」

「その話はあとで聞くとして、様子を見とかないと……」

イノーは祈るような顔で、窓の外の景色を見つめている。すると機械音声が

「……計算終了しました。バイタリア地方東南ラフティアー海へと突入開始します」

前面の景色もゆっくりと移動し始めた。

やっと脱出ポッドが、植民星へと降下し始めたようだ。

イノーは慌てて、浮いている長身のアイの身体に局部や胸にパッドをつけさらに膜をかぶせ、操縦席へと着席してベルトで体を固定する。

そして自分も体にパッドを装着して膜をかぶり、慌てながら隣に着席してシートで体を固定した。

ほぼ同時にとてつもない振動が室内を襲い始める。

イノーはすぐに口から泡を吹きながら気絶した。

私の身体には振動は伝わらないので、この光景を眺めているしかない。

窓の外の景色は、外からバイザーのようなものが閉まっていって真っ暗になって何も見えない。ジョニーのアホが

「ちょっと顔出してみようぜ。外はきっと摩擦熱と空気圧とかで地獄みたいな絵面だろうな!」

「……いや、いいです……怖いので……」

ジョニーは私の頭の中で大きなため息を吐くと

「もはやこのシナリオが破綻しまくっているクソアニメにはエロとショック描写しか残っていないんだぞ?視聴率が取れないと打ち切りになるぞ?」

「……そういうのもいいです……あんたさぁ、何で戻ってこられたの?」

さらに揺れが激しくなった船内で突っ立ったまま聞くと、しばらくの沈黙ののちにジョニーは

「……なんか、盗賊とかやってて、それでアイに出会っただろ?ジジイになったあとに」

「そうだね……」

「そのあとな、俺、虫だったんだよ。白い世界を泳ぐ真っ黒な手足の虫になってて、それでとにかく泳いでたら、なんか白い中にいきなりアイにそっくりな後姿があったから、嚙みついた」

「……噛みついたのね……」

「そしたら、アイの中へスルスル入っていけてそれから今、ここにいる感じだな」

言ってることはほぼ分からないけど、同化したとかそういう感じなのだろう。

まあ、多少なりとも役に立ってるだけいいかもしれない。

本当のとこ、永遠に帰ってこなくても良かったけど……。


一時間も立たずに揺れが止まり、大きな衝撃と共に脱出ポッドは今度は上下に揺れ始めた。

さすがに外が気になったので、閉まりっぱなしの前面の窓から外をのぞくと雷鳴が鳴り響いて、荒れ狂う海のど真ん中でちょうど遠くから十数メートルの落差のある波が、このポッドを飲み込もうと迫っているところで私は慌てて首を室内に戻し急いで操縦席の床に戻った。

次の瞬間、室内が一回転した。波にのまれたらしい。

当然、実体のない私は、一回転しても体に影響は受けないが操縦席で気絶しているイノーがピクピクと痙攣をおこしだした。

「海洋パニック映画みたいだな!今のシーンは中々いい感じだったぞ!」

嬉しそうなジョニーのアホと対照的に、私は不安しかない。

惑星内の海に着水したのはいいけど、このままだと海に飲まれないにしても延々と海上を漂うことになってしまう。

「ど、どうしよう……」

「どうもしないでいいだろ。面白いし」

「あんたはそれでいいかもしれないけど、スズナカが想定してたところくらいまでは、たどり着かないと私が元の世界に還れないでしょ」

「……確かにな、あっ、そうだ。混沌粒子を供給する炉に重なってみたらどうだ?そういう記憶がアイの頭の中で、流れてきたぞ」

「やってみる……あと、私の記憶を勝ってにみないで」

「……アイの初めてのオ◯ニーは……あと少しで分かるところなんだが……。肝心のとこが靄がかかってて……十三の自室の……」

「見たら殺すから。時空の果てまで追ってでも必ず消滅させるから」

「……やめます……冗談に決まってるだろ。小粋な主人公ジョークだ」

私は大きく深呼吸して、ポッド下部の炉へと透過していって重なった。

同時に船内に機械音声で

「エネルギー回復確認……スラスター制御再稼働開始……。安全な地表を検索しています……」

という内容が響き渡ってきた。

どうやら正しかったらしい。

ジョニーが勝ち誇った声で

「ふっ。天才だな。スズナカが考えること程度俺には分かる。なぜなら、俺の方がやつより頭がまともだからだ」

「その可能性は否定しないし、あんたが来てくれて助かってるけど、これ、どこにたどり着くかわかる?」

ジョニーは静かに笑い声を立てて

「アニメ的想像力を駆使すれば、こんなものは簡単に分かるぞ。分かるが、あえて俺は黙っておくことにする」

「……」

本当に何か分かっている口ぶりだったので、言わないのは悔しいけど、まあ、少なくともジョニーが分かってればどうにかなるでしょうと私は黙って炉にエネルギーを注入し続けることにした。

もう少しすれば、脱出ポッドはこの荒れ狂う海から自動で移動し始めるはずだ。


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