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だってあなたは

今度の逆さ回しは開始すぐに異様なスピードになり景色を認識できないままにそのまま瞬く間に闇へと落ちた。



……



「あのーアイちゃんですかー?」

ハスキーな女性の声で話しかけられる。

目を開けると、私は見たことのないような透明で流線型の机の上で突っ伏して寝ていた。

隣には身長百四十半ばくらいの小柄でぽっちゃりした女子が立っていた。

前髪をそろえたショートカットで服は胸の先端や局部を隠す様なパット以外は着てない……いや透明な膜のような何かに覆われている。

私はため息を吐きながら立ち上がり、自分の背の高さに驚く。

たぶん、百八十五センチくらいあるね 、これ……。

自分の身体を見回して、触って確認する。筋肉質な女性だ。

胸やお尻はそれほどないが、しなやかな身体だ。

身に着けているものは目の前の女子と同じだ。ぽっちゃりした女子を見下ろしながら

「……スズナカさん?」

意外と太くて威圧的な声を出た。彼女はホッとした顔で

「あー今度は成功かー。ルナーちゃんから聞いたと思うけどひとつ前のチャレンジは失敗してねーいやーよかったわー」

「ここ、どこなんですか?」

周囲は真っ白な壁に囲まれていて、透明な机と私たち二人しかいない。

「あなたの個室よ。この時代は約十四万二千年前のマイワールノアーズ連邦の頃ね」

ぽっちゃりした女子の身体に入ったスズナカはそう言いながら

「ニュース」

と小さく呟くと、地球に居た時に見たテレビのような四角い受像機が音もなく私たちの近くに浮かびながら出てきた。

「立体映像よ。現在のこの星の状況を映して」

すると浮いているテレビに映し出された映像に恐らくは宇宙と思われる場所で、帆のない灰色の超巨大船のようなものが何十隻と飛んでいるところが映ってきて、黒い服の女性キャスターが

「"大破壊"の日に備えて、リーンナース星への移住が始まりました。しかしマイラ富豪を優先しているため、マイラポイントの少ない庶民からは日々不満が高まっています」

「べっ、別の星に移住してるんですか?」

「そういうこと。大破壊ってのは混沌が高まってこの世代の支配者が惑星を更地にする日ってこと。よく知ってるあれのことね。この時代の住人たちは文明レベルが高いから、その日を予測することもできたわけ」

「ここ過去ですよね?」

スズナカは腕を組んで

「そうよ。あなたはアイ・ミャユ、私はイノー・ミャユ。同性婚のカップルよ。そしてこれから大騒動を起こすテロリストでもある」

「……情報量が多すぎて入ってこないんですけどちょっと、ゆっくりしながら話してもらっても?」

スズナカは頷いて

「ソファ、二人分、テーブルと軽食も」

長いソファを室内に創り出した。その手前のテーブル上には、コップに入った暖かい飲み物と、ホカホカのグラタンのようなものが並んでいる。

とりあえずソファに座ると、スズナカは近くに立ってきて

「この裸に近い格好は部屋着で、命令すればこの透明な膜を好きな服に変えることができるの。レトロ、お気に入り三番」

そういうと、白いゴシックドレスに全身が包まれた。

「あ、ああ……良かった、みんな裸の時代なのかと……」

スズナカは笑いながら服を消して、横に座ってきて

「ジョニー君に毒され過ぎよ。あと何もない室内には命令すれば、様々なものを創り出すことが可能よ。この時代では、混沌粒子を科学的に操れるようになっているわけね。」

「ああ、このソファや、食事のようにですか……夢のような時代ですね」

私が感心していると、スズナカは苦笑いしながら

「個人がなんでも可能だからこそ、他人からの評価が重要な時代でね。生まれた時からの"公の場での他者への行動や言動"などでマイラポイントという得点を貰えるのよ。例えば言動に関していえば正論を吐けば高いわけじゃなくて、暴言や失言でも高ポイントは入るわ」

「どういうことですか……さっぱりわからないんですけど……」

スズナカは実に嫌そうな顔をしながら

「公への利益になってるかどうかっていう視点から判断されるの。暴言や失言、例え殺人であっても、公の利益ならポイントが多めに入るわ。ただしー、法律も同時に存在しますからねー。犯罪は捕まります。まあ、裁判でもマイラポイント高取得者は優遇されますけど」

「な、なんとなく、そのポイントがとても大事なのは分かってきました……。あの、ちなみに私とスズナカさんは?」

スズナカはニヤリと笑って

「あなたは二億八千万ほどで、私が一万九百ってとこかなー」

「なんでそんなに差が……」

スズナカは自分の腹の肉をつまんで

「割とこの子、快楽主義者なのよね。学歴も職歴もほぼないし、あなたは、国家連邦中央大学卒で警察の上位ともいえる国家執行官の職を持っていて、その中でも部長級で、さらに背も高くて美しくて人格も公平で言動は誰にでも優しく、常に他者へのアドバイスは惜しみなく人々への愛に溢れる特級人類だからね。まだ二十九歳だし。マイラポイント上位一パーセントクラスよ」

「……超エリートなのは何となくわかりました。それで、なんであなたと結婚を……」

スズナカはニコニコしながら

「"自分に無い物を求めた"っていう感じかな?損得なしの真実の愛っていうの?意外と凡庸な理由よね。自分と比べれば殆ど無に等しい私を養っているという、そこに愛を見つけたみたいな。まあ、この高度な人権社会的にも

とー-----っても理解されやすー---素敵な理由ですよー」

とてつもなく皮肉っぽく言ってきた。

しばらく考え込んで、私が一か月少し過ごした地球と比較してもやっぱり今の話はほとんど理解できないので

「ま、わかりません。とにかく、何をしたらいいんですか?」

スズナカは頷いて

「テロよ。だってあなたはテロリストだもんね」

と驚愕の一言を言ってきた。


とにかく、私は鏡を室内に出して、自分の顔を見てみる。

輝く黒髪はうなじ辺りで刈り上げられて、頭頂部で分けられている。

……しかし顔は美しい。なんだろう、黒い瞳も唇も鼻も、とてつもなく美しいセイやアニーに少し負けているくらいだ。

きっと街で前からこの人が歩いてきたら、私はしばらく付いていくだろう。

同じ女性なのか、いや同じ人間なのか確認するために。


スズナカに教えられながら透明な膜に記憶されている服を幾つか着てみる。

威圧的な黒を基調にした執行官の制服や、空色のジャケットを軸にした晴れやかな普段着、セクシーな夜のための下着まで百幾つもの服装は全て、ひとつも、寸分の狂いもなく似合っている。

こんな人間が、この惑星の過去に存在していたこと自体が奇跡のような気がする。

自分に見惚れていると、スズナカがニヤニヤしながら

「でもテロリストだけどね」

さすがに聞いておかないとまずい気がして

「あの、私はこれから、何をやるんですか?」

「えっとーあなたは、私とこれから二十七分後に移民船に乗ってこの星系の隣の星であるリーンナース星へと向かうの。すでにこの高度文明が移住可能な環境に変えてある、その緑の星を亡ぼすのよ」

「……」

唖然としていると、スズナカはニヤリと笑って

「あと五秒。三、二、一」

そう言い終えた瞬間に頭の中に


アイ、アイよ……我が愛しい子よ。私は全能の神、ハーティカルだにゃー。

惑星の付属物に過ぎない人間たちが、他の惑星へ逃げようとしているにゃ。

許せんにゃ。みんな滅ぼすにゃ。どうせ元々リーンナースは砂漠の星だにゃ。

もっかい砂漠に戻しても問題にゃい。お前に我が力の欠片を授けるにゃ……。


私の身体に不思議な力が湧き出てきた。なんでもできそうな気がする。

一瞬、スズナカを殺そうとして、強烈に精神力でブレーキをかけて留まるとスズナカはパチパチパチと拍手をして

「まず、ひとつ歴史を変えたわね。本来は邪魔なこの子はここで消滅してた。かけらも残さずね。プライベート空間なので証拠も無かった。歴史の修正者に置き換わったハーティカルの指令を受けたわね。そう、あなたは、あっちの星で植民者を皆殺しにするテロリストなんです。ちなみに、植民させようとしてたのは私ね」

「……そうだったんですか……」

スズナカは、大きめのハンバーグを出して頬張りながら

「あー美味しい。やっぱさあ、支配者だからって人命を好き勝手に弄ぶのはダメでしょ?それで、殺される運命の高度文明人たちを植民させたらまあ、人助けにもなるし、二つの星に舞台を変えればハーティカルを混乱させられるかなーと思ったけどあいつのが遥かに残忍で冷静だったのよ」

「でも、いっこ前では自◯しましたよね?あれも人の身体なのでは?」

私が突っ込むと、スズナカはニヤニヤしながら

「あの子は、あのタイミングで元々◯ぬのよ。なので数分間だけ体を借りさせてもらった。転移失敗だったから望むようにやらせてあげただけ」

「……わかんないです……」

スズナカの考えていることが分からない。

この人は、いやこのモンスターは優しいのだろうか、それとも冷徹なのか……。

そんなことを悩んでいたら、私とスズナカの周りの景色が歪みだした。

まるでジョニーのワープのような……。



……



次の瞬間には、柔らかいベッドの上に居た。

暖かい壁の色に囲まれて、丸い窓に黒い背景に星々が瞬く外が映し出されている。

隣にニコニコしながら座っていたスズナカが

「時間になったので混沌粒子のワープで私たちの船に転移したわ。成層圏内までは混沌粒子に覆われてるからね。あとは、数日間、星間飛行を楽しみましょうか」

「あの……今回は短いんですか?」

スズナカはニコニコしながら頷いて

「うん。現地に着いたら、あなたは混沌粒子の反作用を起こして超大爆発するからいまから三日ってとこね」

「……防ぐべきなんですか?」

歴史上で起こったことなら、従うという手もあると思う。

スズナカはニコニコしながら

「私としてはそのつもりだけど、あなたがその気がないならそれでもいいかな」

「……」

いや、何の考えもなくわざわざ過去に呼ぶことなんてあるわけがない。

明らかに何か企んでるよ!

で、でも、とりあえずは、この船の中を見回ってみよう……。

とにかく、どうするか決めなくては……。

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