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布教

大海原を出発したと思った次の瞬間には、目の前に巨大な火球が勢いよく何発も飛んできて船体の前方へと次々に命中する。

大きな振動で転ばないようにどうにか手すりを握っていると、スズナカがニヤリと笑ってパチッと指を鳴らした。

気付くとスズナカの隣に、紫色に発光する太い荒縄で雁字搦めになった漆黒のドレス姿のジェーンが悔し気に呻いていた。

「ジェーンちゃんってさぁ、所詮、時間に絡めとられた存在って私、ちょっと前に言ったよね?ま、船体の強度テストは終わったし、よきかなー」

スズナカはジェーンを見もせずにレバーを前と左右に倒しながら気持ちよさそうに操船し始めた。

ジェーンは悔し気に

「くそっ……絶対いつか殺してやる……消滅させてやる」

「あの……仲良くなったのでは?」

思わず私が尋ねると、スズナカは上機嫌な顔を向けてきて

「うんっ。拳を突き合わせ、現実をわからせて仲良くなりましたー」

「くそっ……なんて言う邪神なの……」

「あー気持ちいいわーその悔し気な言葉が気持ちいいわー。邪神かぁ……そんな風に言われてた時もありました……」

ジョニーはニヤニヤしながら

「これはあれだな。ジェーンがそのうち修正者に取り込まれて不意を突かれたスズナカが、すごい困るという伏線だな!」

スズナカは僅かに顔をしかめて

「ないない。ジェーンちゃんは元悪魔ですからねー。力がすべてよ。そこの分からせが一番大事なんですよー」

ジェーンは舌打ちをして黙ってしまった。

ジョニーはニヤニヤし続けていて、私はオロオロするしかない。

出航初日からこれで大丈夫だろうか。


五時間ほど海を快調に進んでいくと遠くに小さな島が見えてきた。

「あれは、ボニョヘ島って言って、人口七百人くらいの小さなところよ。じゃ、最初の布教しましょうかねー」

スズナカはまったく躊躇なく、島の西側の岸壁へと黒船をつけた。

瞬く間に慌てた島民たちが、岸壁の上に集まってきているのが見える。

老若男女、粗末な布の服をまとい、よく焼けた肌をしている。ジョニーが不敵な笑みで

「よし、布教してやるか。で、モチモッチモスゥーイン教の教えってなんだ?」

やはりジョニーは何も考えていなかった。

「……教皇なんだから、元の教義を調べるとか自分で教えを創るとか、そういう準備しといてよ!」

スズナカがニヤリと笑い

「ジェーンちゃーん、今すぐそれっぽい教義をつくりなさーい」

相変わらず縛られているジェーンは舌打ちをして

「……神であるジョニー天帝教皇とアイ代理閣下を敬えば色々、奇跡が起きるってことを伝えればいいでしょ。難しい教義なんてのは、そのあと小賢しいやつが勝手に理解した気になって無用にできるもんよ。その後、政治利用しやすいように改修されていくだけ。あと神そのものがいきなり降臨したらダサいから、神の代理として、ジョニーとアイちゃんが行けばいいわ」

「あなたも行ってねー」

ジェーンの縄がパッと消えて、彼女はスズナカを睨みながら立ち上がる。


十分後


三人とも純白のローブ姿で無用に虹色に発光しながら宙を歩き、黒船から出てきた私たち三人に集まった島民たちは震えながらひれ伏していた。

ジョニーが威厳のある声で

「我々は神の代理人だ。この島の村長に合わせるーろ」

るーろって何……そんなアドリブ聞いてないけど……。私はグッと堪えて、とりあえず邪魔しないようにする。

壮年のガタイのいい漁師らしき男が進み出て

「ごっ、ご案内します……」

怖怖と私たち三人に言ってくる。ジョニーは偉そうに頷くと

「頼むるーろ」

だから、るーろって何よ……どこをどうしたらそんな語尾になるの……。

私は文句を言いたいのをグッと堪えながら、二人とともに地上十センチを浮かびながら男の後ろをついていく。


自然豊かな島内の小道を、島民たちをゾロゾロと引き連れながら歩いていき、そして集落のど真ん中にある簡素な小屋へと私たちは入っていく。

窓の開け放たれた小屋の中には瘦せこけた老人が横たわっていた。

咳をしながら上半身を起こした老人は

「何事じゃ……」

かすれた声で案内の男に事情を尋ね、説明を受けると、私たちを向き

「……申し訳ない、この通り余命いくばくも……」

話そうとした瞬間にジョニーが手を翳して

老人の頬に血色が戻り、目に力が出てきた。

「えっ……体が軽い……」

老人は立ち上がって、腕をクルクルと回す。

「モブの状況説明セリフはできるだけカットせよという、神の奇跡るーろ」

だからるーろって意味わかんないから!

普通にしゃべってよ!と思いつつグッと堪える。今のところ語尾以外、ジョニーの行動は満点だ。

老人はいきなりしゃがみ込んでジョニーへ深く頭を下げると

「ま、まさに、神の奇跡を体験しました……我々は何をすれば……」

ジェーンが気だるそうに進み出て

「モチモッチモスゥーイン教の男女の神をあがめよ。さすれば、この島の住人に福が訪れるであろう」

「す。すみません、もう一度、宗教の名を……」

嫌そうに顔をしかめたジェーンを押しのけてジョニーが

「モチモッチモスゥーイン教だるーろ。きっとこのクソアニメの脚本家も予測変換で書いててながったらしい宗教名ぜんぜん覚えてないから気にするなるーろ」

老人は首を激しく横に振り

「い、いえ、覚えましたとも!モチモッチモスウィーン教の神を我々は信仰いたします!」

ジョニーは無駄に慈愛に満ちた表情で両手を広げると

「モチモッチモスゥーイン教の神は太っ腹だるーろ。めちゃくちゃ都合のいい願い以外は、大体叶えてくれるるーろ。どうしようもなく困ったときは願ってみるといいるーろ」

そういうと、私とジェーンの手を取って、ワープする。


総船室へと戻ってきた私たちをスズナカがニコリと笑って出迎え

「チュートリアルは終了ね。あとは勝手に混沌が消費されるわ。次はレベル2の地域に向かうからね」

黒船は音もなく海の上を進み始めた。ようやく聞ける

「るーろって何よ……なんの意味があるのよ……」

ジョニーは不敵な笑みを見せながら

「ふっ……九十年代にあった伝説の美少女ゲーム、どぎまぎメタルネオを知らんのか。これだから素人は……」

「……いや、もういいです……もう説明要らないから……」

拒否する私を無視して、ジョニーはニヤニヤしながら超早口で

「十二人の妹と十三人の姉とそしてとくに血のつながりのない七人の美少女たちを一人ずつじっくりと新興宗教に嵌めてから山奥で文化を拒絶した原始コミュニティを営むという今なら絶対に発売できないゲームだぞ。その主人公の口調を選択できるんだが"るーろ"っていうのが当時のゲーム雑誌で一番人気になったんだ。後追いの俺はそれをまとめサイトで見て、いつか使ってやると心に決めていた」

「ああ、そう……あの、ミイさん……」

まだ喋りたそうなジョニーを止めてもらおうと見るがサッと顔を横にそらされる。逃げられた……ジェーンも背中を向けている。

「エンディングがいくつもあって凄いんだよ。グッドエンディングだと主人公は信者の女たちを使って地元政界を操りフィクサーとして君臨することになるんだがバッドエンディングだと、コミュニティで集団自決したり警察の捜査が入って逮捕されたりするんだ」

「それ、何が面白いの……」

何か勘違いしたらしきジョニーは嬉しそうにさらに早口で

「カルトコミュニティの悲惨さを描いたゲームと共にさらにいうと、スパイアクションの要素まで入っていて芸術性が高いと評価されてるんだな。ただ、どきまぎの2は良くなかった。世論を意識し過ぎたのか、主人公がカルトの潜入捜査官になっててなぁ。信者たちとの恋はあるんだが、選択肢のスケールが小さくなってて一作目のファンたちは泣いたらしいな」

「う、うん……そのくらいで……あの、ミイさん、次の目的地は何時つきますか……」

スズナカは私を見ずに

「そろそろよ。見えてきたわ。ギーネ共和国のヴァングーの港町ね」

前方を見据える。

遠くに巨大な帆船が行き来する港が見えてきた。

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