標的
ジョニーの最上級雷魔法で怯え切った馬を落ち着かせた後、サウスが外の御者席に座り、朝日に照らされながら馬車は再び進み始めた。
「もう朝だなぁ……」
私がポツリと呟くと、すっきりした顔のジョニーが
「そうだな。しかし雑魚だったな。しっこのついでに倒してしまった」
馬車内にまとめて縛られたほぼ全裸の男女を見ながら、かっこつけながら言う。
そして、そのなかの気絶している女の裸をいやらしい目で見つめだしたので、私は間に入って遮って、ジョニーを押して馬車の隅へと押していく。え馬車の外の御者席からサウスが
「おっ、陣地が見えてきたぞー。ジョニー、アイちゃんすまねぇな。余計な手間かけちまった」
と言ってきたので、ジョニーと二人で窓から前方を見る。
そこから見える景色の先では、深く掘られた塹壕と高い木柵で出来た陣地を紫色の薄い魔法障壁がドーム状に覆っていた。
「おい、アイ、あの紫のはなんだ?」
「魔法障壁ね。低級魔法くらいなら簡単に防げる魔法で造られた壁だよ」
「俺の魔法の前では無力なやつだな……ふっ、庶民の防御策か」
「ムカつくけど、その通りです……」
私のその言葉に機嫌があからさまに良くなったジョニーに若干イライラしていると開いた木柵の入り口から陣地内へと入った馬車が止まった。
ボロボロの鎧を着た十数名の屈強な兵士たちが駆け寄ってきて御者席から降りたサウスと話し出した。
「なんだあいつら、貧乏なのか?鎧が欠けてるんだが」
「激戦地帯ってことよ……あぁ……」
大変なところに来てしまったなぁ……私、この間まで引きこもりだったのに。ジョニーのアホが来てから、大変なことばかりだ……ミッチャム、まだなの……?早く来てよ……。
項垂れてそんなことを思っていると、馬車内に兵士たちが次々に入ってきて捕らえた男女を外へと抱え上げて連れて行っていた。そしてサウスが自ら入ってくると
「ようこそ、わが軍へ。陣地内では悪いけど俺から離れないでくれるか?」
私が頷くと、ジョニーは面倒そうに
「さっさと戦わせてくれないか?俺の戦場デビューが待ちきれないんだが」
サウスは豪快に笑って
「ああ、そうだな。さっさと終わらそうぜ。俺も待たせてる女どものところに帰りたい」
ジョニーがなぜかいきなり顔色を変えると
「お、おい、サウス、それは死亡フラグだ。今の発言を取り消せ」
サウスは不思議そうな顔をして
「おう、なんかわからんが、今のなしにするぜ」
ホッとしているアホに付き合ってくれているサウスの度量の広さに私は救われつつ、二人と馬車の外へと降りると、いつの間にか数十人に増えていた兵士たちから一斉に敬礼される。
「おう、お前ら、バグスンの犠牲に追悼!」
兵士たちは今度は一斉に胸に手を当てて、空を見上げた。私も同じ格好をする。御者のおじさんは襲撃の時に恐らく死んだのだ。私たちの送迎のために、一人の人間が死んでしまった……。今更、その重い実感が私の心に過ぎっていく。ジョニーは私の隣で
「ん、空に何かあるのか?ああ、鳥か?みんなで鳥を狩るのか?」
アホコメントをしつつ鼻をほじっていたが、どうせこのアホに説明しても分からないので放っておいた。
サウスに司令官用のテントに連れていかれ、その広いカーペットの敷かれたテント内の一角に座席を用意される。
駆け込んでくる兵士たちの応対を忙しく始めたサウスを見ながら、私は武骨で背の高い女性兵士の持ってきたお茶を啜る。隣ではジョニーがその人に
「なぁ、いつ戦えるんだ?なんか旨いもんあるのか?」
「……司令官が事務を終えるまで、お待ちください」
女性兵士は低い声でそう言うと、スッと去っていく。ジョニーはつまらなそうに
「アイ、俺の魔法で敵を倒すだけだろ?」
「そうだけど、あんたの魔法をいい加減にぶっ放したらたくさんの人が死ぬし、地形が変わっちゃうでしょ?」
「別にいいだろ。俺に逆らうやつは全員悪いやつだし、あの御者のおっさんも敵に殺されて死んだんだろ?この軍の弔い合戦ってことだよな?」
「……」
このアホが、御者が死んでいたことに気づいていたことに私は驚いて絶句してしまう。
「まぁ、世界皇帝になる俺としてはおっさん一人どうでもいいが、無力なモブたちは、悲しいだろうな」
「……その言葉は、許してあげるわ」
アホなりに一応考えていたことに、少し感激している。
三十分もすると、サウスが先ほどお茶を持ってきた女性兵と近づいてきて
「俺の副官のドースンだ。無口だが信頼できる」
「あっ、先ほどは挨拶もせずに……」
私が頭を下げようとするとサウスが首を横に振って
「いいんだよ。俺たち前線の武官たちは礼儀とかじゃねぇんだ。そいつが裏切らねぇかどうかってことのが大事だ」
「ああ、俺は裏切らないぞ。お前のこと気に入ったからな。サウス、早くやろう。戦場デビューしたい」
急かすジョニーにサウスは何度も大きく頷いて
「一時間後にはこっちの態勢が整う。俺たちも作戦の所定位置へと移動しよう」
私が一応訊いておこうと
「敵軍を退けたら、どうするんですか?」
「そのままわが軍の魔法部隊を展開して峡谷を抑えるよ。数日後には北西の街バースを奪還する。ああ、心配そうな顔しないでくれよ。峡谷さえ抑えちまえば、あとはこっちのもんだからよ」
「……あの……私たちの馬車が襲撃されたのは……」
サウスは顔をしかめると
「……セルムの暗殺集団が、敵国司令官である俺を狙った可能性が高いが、だとしたら、なんですぐに馬車内に入らずに馬車をこっちの陣地に向けて走らせてたのか分からねぇ」
「たしかに、変ですね……」
サウスは眉を寄せて言いにくそうに小声で
「帝国の手の者ってのも考えたんだが……そうだとすると、一応同盟国である我が国を邪魔するリスクが高いはずだ。……口を割らせてぇけど……」
「おい、俺の魔法で操れるだろ?」
ジョニーが思いついた顔で言う。
「セイルトゥムーンのことなら、混沌魔法だからどれだけ魔力消費量があるかわからないし、戦闘を控えてるから今はやらない方がいいんじゃないかなぁ……」
私が自信なさげにジョニーいうと、サウスも深く頷いてくれて
「アイちゃんの言う通りだな。どっちにしろ、捕虜の尋問も峡谷を奪還した後だ」
ジョニーはつまらなそうな顔で
「仕方ないな。今はアニメの視聴者への説明パートってことだな。こんなシーン、録画や動画だったら二倍速で飛ばすぞ」
訳の分からないことを言ってきたが、一応は納得したようだ。
一時間後、私たちは鬱蒼とした森の中に
サウスと三人で立っていた。
「おい、サウス、これのどこが戦場だ……」
不満そうなジョニーに帯刀して辺りをうかがっているサウスは
「心配すんなって、姉貴が計算したとこだとな、この位置からあっちの方へと、シンフォニックドラゴンバスターを撃てば、峡谷の竜騎士どもの魔法守備隊に効果的にダメージを与えられる」
「……もっと近くでいいだろ。序盤からこんな地味な構図じゃ、視聴者からアニメが切られるぞ……」
困惑しているアホの横の私は、サウスの意図に気づいたので
「サウスさん、それじゃこのアホに伝わりません」
と苦笑いしてるサウスに断ってから
「あんたの魔法を近くから撃ったら、崩壊する峡谷ごと人が何人も死ぬの。それは、あんたのためにもならないし、公爵様も望んでないわ」
「……ふっ、すごい奴ゆえの悩みか……ならば、仕方ないな」
意外にも満足した顔で頷いたジョニーにイライラしつつ、とにかく気持ちを切り替えようと、辺りの木々を見回していると微かに何か揺らめいているのを見つけた。
学校で習った気がする、あれって闇魔法で身を隠す……暗殺者とかが使うような……。
「あっ、あの……サウスさん……」
声をかけようとすると、
サウスはいつの間にか抜き身の刀を構えて腰を落としていた。
「ジョニー、どうやら俺じゃねえ。標的はお前だ。辺りの敵は俺がやる。お前はあっちに向けてシンフォニックドラゴンバスターを撃ってくれ」
「えっ……えぇえ、ジョニーが標的って……」
慌てる私の横でジョニーがニヤーッと気持ち悪い笑みを浮かべ
「そうか、つまらないシーンと見せかけて実は……ってパターンだな。サウス、俺とアイをちゃんと守れよ」
そう言ったかと思うと、全身が真っ白に発光し始めた。
「えっ、あれ……魔力が集まってきてる……?」
瞬く間にジョニーの身体を包んだ光は、私とサウスにも伝わっていき全身を温かいオーラで包んでいく。




