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切ない夜

「おい、アイ、今ならだれも見てないからキスできるぞ。むしろ、俺を押し倒せ。二人でエロいことしよう」

「……」

ドレス姿の私と、貴族服を着たアホのジョニーは真夜中の牢屋の中で隣り合って座っている。正座している私の隣のアホはニヤニヤしながら胡坐をかいているのがムカつく。

ここは城内の地下牢で、格子の壁からは石造りの冷たい通路が見える。窓がなくランプもひとつなので暗くてやな感じだ。


……大公の自室を破壊したジョニーに巻き込まれて私も逮捕されたのだ。というより、公爵と大公が気を使って「一旦逮捕」という形で、いきり立つ家臣たちから私たちを守ってくれた、という方が正確だと思う。

その時に、公爵がジョニーに

「二人きりになれるチャンスだよ」

と機転を利かせて言ってくれたので、この魔法の才能だけはあるアホも大人しく連行されて今、私の隣でセクハラを繰り返している。


「しょうがない、その気にさせるしかないな」

ジョニーは服を脱ぎだして、パンツ一丁になり、私を気持ち悪い目つきで見つめてくる。

「見ろ、俺の肉体美を。これが世界皇帝になる男の身体だ」

関わりたくないので、正座をしたままチラッと横目で見る。確かに鍛えた跡はある。きっと労働とかスポーツなどをやっていたのだろう。だが、肉体美というにはあまりにも細すぎるし、とくに魅力的な顔でもない。

おまけにデリカシーの欠片もないアホだ。

「女の子の扱いが……とてつもなく下手だと思う……」

つい呟いてしまうと

「……なっ」

当たり前のことを言われたアホは意外にも傷ついた顔をする。

「……打たれ弱すぎじゃない?」

「そっ、そんなことはない。俺はすごい奴だからな……」

心なしか元気がなくなったジョニーは、服を着て私から少し距離を取って座った。

「あんたさぁ、どっかの世界から来たとしたらそっちの世界でもけっこうな嫌われ者だったんじゃないの?」

「……うっ。いや、よく覚えていないし、俺は前いたところでも、すごい奴だったはずだ……」

私はため息を吐いてしまう。ジョニーの過去なんて興味ない。ジョニーも大公の部屋を半壊させたということも忘れているみたいだし私から二発も腹パン喰らったことも忘れて、今までセクハラをしていた。

どうせ、このやりとりもすぐに忘れるだろう。このアホがまったくめげないというのは何となくわかってきたわかった。


その後、十分くらい、二人で黙り込んでいると

「あ、ごめーん。待たせたね」

公爵がジャラジャラと鍵束を見せながら牢の前まで来て、鍵穴にさし込み、ガチャガチャと格子の扉を開けながら

「もう大丈夫だよ。ママと僕がちゃんと警護のみんなに話したからね。アイちゃんとジョニー君は僕の隠し子ということでこれからはシルマティック家の正式な一族だと言っておいたから」

事態は何とか収まったらしい。私はホッとして

「色々とすいません」

頭を深々と下げると、牢に入ってきた公爵は人のよさそうな笑みで

「いいんだ。僕としてもジョニー君とアイちゃんが居ればこれからは、この国の運営が上手くいくと感じてるからね」

私に手を差し伸べて立たせてくれた。ジョニーは自ら立ち上がり

「おっさん、ちゃんとした寝室を用意しろ。若いかわいい裸の女も三人くらい頼む」

ちょっと不機嫌な顔で言ってくる。

「女はいらないですから。私と同じ寝室でお願いします」

「なっ、俺の童貞をとうとう奪いたくなったのか!?まっ、まさか!?よっ。夜這いを!?女から!?」

アホコメントしつつ、目を見開いてめちゃくちゃ驚いているアホに冷たい視線を送りつつ、公爵の方に向けて

「私が監視しなければ、このアホは魔法で危ないことします」

真面目な顔で言うと、彼も神妙な面持ちで頷いた。


公爵は、一階の大ホールまで私たちを連れてくると百戦錬磨だと一目でわかる老年の大柄なメイドに私たちを任せ

「じゃあ、僕は自室で寝るから。明日の昼くらいにまた来るからね」

とニコニコしながら手を振って去っていった。


メイドから案内された寝室を大きくて天窓の付いたベッドが二つ並べられていた。アンティークの家具たちも綺麗に整頓されていて、こじゃれた絵画もかかっている。

きっと、シルマティック家の誰かの部屋だなと思いながら私は自らドレスを脱いで、用意されたパジャマを着る。着替え中にアホがニヤニヤしながら執拗に見てこようとしてきたが

「見たら、ジョニーが実は女にもてないってみんなに言いふらす」

と言ってみると、意外にも素直に後ろを向いて、パジャマを着始めた。この手の言葉がジョニーのアホに効くツボらしい。覚えておこう。


部屋の明かりを消して、それぞれのベッドに横たわる。微かにジョニーの寝息が聞こえてきたので、私も目を閉じようとすると

「なぁ」

「ひゃあっ」

思わず声を上げて、シーツに隠れながら上半身を起こすとベッドの脇にパンツ一枚のアホが窓からの月明かりに照らされて立っていた。いつの間にか脱いでいたらしい。

「なっ、ななな何……?」

「ちょっといいか?」

「よっ、よくないけど、話したいことあるなら早く言って」

怖い。まさか私をレイプするつもりではないだろうけどアホゆえに何を考えているのか分からなくて怖すぎる。

「俺の見てたアニメではな。こういう場面では実はヒロインは主人公に仄かな恋心を抱いてるけど言えなくてな……それで、何もできないまま切ない夜が過ぎるということが多かった……」

「う、うん?」

何を言ってるんだろう……。アニメって何?

「なぁ、アイ」

「う、うん……」

「俺が好きなら、今告白してもいいんだぞ?

ほら、月明かりもロマンチックに俺たちを照らしている」

「……」

だんだん腹立ってきた。

「見ろ、俺の肉体美を。月が美しさをさらに輝かせている」

私は腹パンしようとして、大きく息を吐いてやめた。暴力にばかり訴えるのって駄目だよね。そして少し考えてから

「あんたが、私しか友達いないのはよくわかってるけど、でも、恋愛とかそういうんじゃないから。私はもう寝たいの。あんたも自分のベッドで寝て」

ジョニーは一瞬でショックを受けた顔になり

「……そ、そうか。その反応はアニメでは本気で嫌っている感じなやつだ……」

そう言うと、いきなり閃いた表情になり

「そうか!これは次第に俺のことを好きになっていくパターンだな。分かったアイ、いつか俺の魅力に気づけよ。ふっ」

ニヤリと笑って、パンツ一丁のまま自分のベッドに戻っていった。

「……」

めちゃくちゃイライラする。イライラするけどありがたいことに眠気が勝ちつつある。

ミッチャム……私、頑張ってるよ……早く来て……。ボーっとそんなことを思いながらいつの間にか眠り込んでいた。

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