大公
三人のメイドたちから、全身を丁寧に拭きあげられ、黒髪を時間をかけて結われ薄桜色のドレスから、中に着ている下着まですっかり綺麗なものに着替えさせてもらった私は、少し上機嫌で、隣の部屋のジョニーの様子を見に行く。
「……」
部屋の中心には、なぜかパンツ一丁で腰に両手を当て、顎を上げ偉そうなポーズのジョニーの周りで下着姿の若いメイドたち三人が床に頭をつけて土下座していた。
「どうか……どうか、お服を着てください」
「この通り、脱ぎましたから……」
私は無言でジョニーに近寄って、全力で睨みつけながら
「おい、アホ……使用人の方たちで遊ぶんじゃない。みなさん、あとは私がやりますので、もう良いですよ?」
私がむりやり微笑んでそう言うとメイドたちは頭を下げ、床に折りたたまれた自らの服をもっていそいそと退出していった。
「ふっ、凄い奴である俺の第一歩が始まってしまったな。なんの力もない庶民たちを、いいように弄んでしまった」
偉そうに何か言っているアホの腹に一発パンチを入れてから、悶絶するやつの身体に手早く、無駄にヒラヒラのついているラメの刺繍で輝く貴族服を着せていく。
「ぐっ……父さんにもあんまり殴られたことないのに……」
「その感じじゃ、とうぜん殴られたことはあるでしょうね……」
大きくため息が出た。こんなふざけたやつを育てる両親も大変だったはずだ……。
ジョニーに着せ終わったころに、焦った顔の公爵が独りで部屋に入ってきた。
「ジョニー君、ごめんね。メイドたちが粗相をしたみたいで……」
なぜか冷や汗を出しながら謝ってきた公爵に私は
「粗相をしたのはジョニーです!メイドの方たちは悪くありません!」
きっぱりと言い切る。彼は苦笑いしながら
「ま、まあとにかくママのところに行こうか」
汗をハンカチで拭きつつ、私たちに言ってきた。
秘密裏にいうことで、公爵と私たち二人で
ランプが点いた夜の長い廊下を歩いていく。
廊下から見える様々な果樹が実る木々の豊かな広い中庭は月明かりに照らされて幻想的だ。
「やっぱりシルマティック城なのね……」
つい呟いてしまった私に公爵は振り返って
「そうだよ。僕とママ、それに大切な家臣たちの居城だね」
屈託のない笑顔で微笑んできた。私は軽く頭を下げて、教えてくれたことに感謝しつつ
隣をつまらなそうに歩くジョニーが時折、右手を窓越しに庭に向けそうになるのをわき腹を小突いて止めさせる。
絶対、このアホは暇つぶしに魔法で中庭を破壊したいと思っている。
廊下を歩ききり、そして階段を上り、さらにしばらく通路を歩くと古びた木造の扉の前で公爵は立ち止まった。
「マーマー!二人を連れて来たよ」
嬉しそうにママと呼びかける中年の公爵に少しおかしみを感じた私が隣のジョニーを見ると失礼にも背を向けた公爵に指をさして爆笑しそうだったので急いで口をふさいでおいた。
「ノース!私のかわいい子よ!入っておいで!」
中から威厳があるが優しさも感じる老婆の声が聞こえてきて公爵は扉を開き、中に入りながら振り返って
「どうぞ。ママは優しいから緊張しないでね」
私は会釈して答え、ジョニーの腕を引っ張って室内へと入る。
ランプで照らされたこじんまりとした室内には、テラスへと続く大窓の向こうの夜空に見える月に照らされた安楽椅子に腰かける小柄で、ニットのセーターを着た老婆が編み物をしていた。
しわくちゃの顔は優し気だが、きっと若いころは美しかったんだろうなと想像がつくような気品も漂っている。老婆は手を休めずにこちらをチラッと見ると
「かわいいノースや、お二人に椅子を用意しておくれ」
「うん、ママ!」
公爵は嬉しそうに自分の椅子と私たち二人の椅子を安楽椅子の手前に並べた。私は少し緊張しながらその一つに座り、キョロキョロしているジョニーも隣に座らせた。
公爵も座って、まるで素敵なものを見つけた子供のように
「ママ!ママ!ジョニー君はケイオスマジシャンなんだよ!」
自慢げに母親に言い放つ。大公は編み物をしながらウンウンと頷いて
「"影"から報告は入っとるよぉ。そちらのお嬢さんは、どこぞの貴族の生まれとか」
チラッと私の方を見てくる。一瞬どうしようか考えたが嘘をついても仕方ないので
「……大公様、アイ・ネルファゲルトといいます。祖国から逃げてきました」
神妙にそう言うと、大公は編み物の手を止め
私に同情した表情を向けて来た。
「……戦は悲劇じゃなぁ。子供になんも罪はない。親を失った子は悲しいもんじゃ。いくらでもわが国でゆっくりしていきなさい」
世界の全てを知っているような両目に見つめられ、私は思わず涙があふれそうになるのをぐっとこらえると椅子から降り、傅き頭を深く下げた。その隣でジョニーがいきなり立ち上がり
「おい、ババア。俺はすごい奴だ。今すぐ俺をこの国の皇帝にしろ。そして沢山の金と裸の女たちを……むぐぐ」
立ち上がった私がジョニーの口を抑えて、即座にその場に座らせる。大公は驚くどころか、枯れた声で笑いだし
「……ほっほっほ、異世界からの使徒じゃな。ノースや、良いか?」
とよく分からないことを言って、急に柔和な表情を消し去ると、先ほどまでの甘えた顔を自ら必死に引き締めさせた様子の公爵に
「このぼっちゃんを大事にするのはもちろんじゃが、この嬢ちゃんを無下にしてはならん。召喚者を喪った転生者は必ず暴走する。努々忘れるなよ」
「はいっ。大公様!」
先ほどまでのママ呼びを急に改めた公爵が
椅子から降り深々と頭をさげる。
次の瞬間だった。急にジョニーが両手を合わせて、無詠唱のシンフォニックドラゴンバスターを大公の横すれすれに放つ。
ヴオオオオオォオオオオオオオオオ!!
というドラゴンの唸り声のような轟音と真っ白光と共に外のテラスとかなりの広範囲の壁が消えた。絡み合った光魔法の閃光は、夜空へとうねりながら、輝きを放ち昇っていく。
まったくたじろいでいないどころか、何故かまた枯れた声で笑いだす大公と唖然とした顔の公爵、そして頭の中が真っ白な私を余裕のニヤケ顔でで見回したアホが
「ふっ、試してみたがババア……どうやら貴様は大物のようだな。新たな世界皇帝である俺の参謀として認めよう……」
と自分に酔った口調でかっこつけたセリフを吐いてきて私はやつのがら空きの腹に全力でパンチをぶち込んだ。
ジョニーのアホが悶絶するのと、ほぼ同時に
「大公様!ご無事ですか!?」「大公様!襲撃ですか!」「大公様、公爵様!」
暗殺用の器具を両手に持った黒装束の集団が十数人室内に駆け込んできて私たちは取り囲まれた。