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“不死の無能”の神域超越《クロスオーバー》  作者: 大岸瑠璃
第一部 一章 異世界召喚編 追憶の復活
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第五話  『悪夢』

■SIDE 天川一涙(イチル)


身体を駆け巡る絶大なる痛みに、叫び声を上げた。


――――ギ、ア、アアァアァアアアァァアアア!!?


痛い、痛い! 体中が痛い! 体中? 体ってなんだ? そもそも自分の体の形すらわからない。なんだ? 俺が入っているのはなんだこれは?

ただ、俺が中に入っているこの変な形の「ナニカ」がブチブチと音を立てて形を変えていることだけはわかる、


――――ッガ!? アグゥウウ……アァァァアア!?


熱い、焼けてしまう······! 違う、これは痛みを熱さと錯覚してしまっているんだ。まるで、全身を地面に引きずらされているかのような痛み。しかも、ブチブチと音が鳴る度その感覚は強くなっていく……ダメだ……死にたい、死にたい! やめてくれ、これは一体何なんだ……


…………()()


そう言えば、俺は死んだはずだ。焼かれて死んだはずだ。なのに、何だこの感覚は? これも、エレネアの仕業なのか? 死んだ後も、俺をこうやって傷つけようとしているのか? こんな地獄のようなことを……?


――――エァ、ガアアアアア、ギゥウゥゥウウ……


ダメだ……! もう何も考えたくない……! 早く終わらせてほしい。俺は何の中にいるんだ? その「何か」からの、視界が……晴れてくる。


徐々に、その「何か」に形が見えてくる。これは……皮膚? 顔? 胸? 足? ブチブチという音は、いつの間にかゴキゴキという音に変わっていた。耐えがたい激痛の中、俺は理解する。


ああ、そうか……俺が入っていた「何か」は――――


――――俺の体、だったのか。


◇ ◇ ◇


「はぁ、はぁ、はぁ······」


目を開けると、そこには真っ暗な天井があった。床に寝そべっている。炎のせいか、床は熱せられ、俺の皮膚を焼いていた。だが、先ほどの炎と比べればそこまで熱くは感じない。どうも、感覚が狂っている。あの激痛の後だと、どんな痛みもどうでもよく思えてしまっていた。


焼けた皮膚は、プチプチと音を立てて()()している。つまりは、()()()()()()()()()()()


「貴様……何者だ……?」

「……ぅえ……」


手をついて立ち上がると、エレネアは驚愕の表情でこちらを見ていた。他の転移者たちの足元には、何度目かの嘔吐物が見て取れる。


「妾の炎を受けて、確かにお主は燃え尽きたはず……なのに、この短時間で即座に再生? ふざけておる……“リジェネーター”? 再生、者?」


ブツブツと呟いているエレネア。

手元を見て、手を開いたり閉じたりしてみる。生きてる……な。ほんの少し前に激痛を感じたが、エレネアの言葉や、みんなの様子を見るにその原因は察することができた。


「お、お前……炭、だったのに、一瞬で肉になって……くっついて……ば、化け物……!」


俺は、みんなの目の前で、炭から肉塊へ、肉塊から体へと再生したのだ。


俺の能力は、“再生”の能力。燃やし尽くされてもなお再生したところを見ると、“超再生”とでも言うべきだろうか。燃やされた服もちゃんと直っていて少しホッとした。


俺が再生する光景は、或る意味子供が破裂したときよりもショッキングな映像だったかもしれない。

きっと、怖がらせるどころの話ではないだろう。

俺を庇ってくれたシズクですら、言葉を失っているのだから。


俺だって、自分が怖い。


「よ。なんとか、生きてたよ。めっちゃ、痛かったけど」

「……そ、の……ぇ、と……」


できるだけ気丈に話しかけてみたが、シズクから反応はない。ガクがシズクを庇うように俺の前に立った。

……シズクは怯えてるんだ。ショックな光景だっただろうし、当然の行動だろうけど……やっぱり、寂しいな。


激痛の余韻は、俺から現実の実感を確実に奪っていた。


「……帰れ、計測は済んだ。貴様らは、王族の相手でもしているが好い」


エレネアが手を振ると、後ろの鉄扉が大層な音を立てて開く。誰も動こうとしなかったので、早足で出口まで歩き始めたが、それでも俺の後ろをついてくるものは誰もいなかった。


―――俺の頬には、熱い水滴が流れていた。


◇ ◇ ◇

■SIDE エレネア


転移者の全てをここから出した後、柄にもなく考える。


“超再生”。


人間に憑依して本来の力を出していないとはいえ、強力な妾の魔法を受けてなおも再生できるならば、能力で言えば強力なのは疑いようがない。

それこそ、榊原シュウト、境元ガクの持つ“S級タレント”にも匹敵する能力だ。


「……貴様はどう思う、エレネア?」


この体の本来の持ち主である第一王女、エレネア・アルベドに話しかける。


(……わたしには、分かりません)


当然の答えだ。神である妾ですら、答えは出ないのだから。もとより、そこまで期待はしていなかった。


「……ここは、本職に任せるのが一番か」


虚空に手を滑らせ、空中に映像を投影する。そこには、アルクが浮かんでいた。頭を下げ、目の前に跪いている。


「何か御用でしょうか。エレネア様」

「先ほどの計測の結果は見たな? 幾分か厄介な能力の持ち主を見つけた。正直、奴の処遇を決めかねている」

「つまり、彼の処遇の判断を私に委ねて下さる、ということですかな?」


顔を少しだけ上げ、アルクは視線を覗かせる。しわがれた顔ではあるが、その覇気に若き頃からの衰えはない。

少し前までは居丈高な傲慢さが隠しきれていなかったが、最近になって途端に大人しくなったのは気になるところだ。


「そういうことだ。生憎、妾はそこのあたりに通じておらぬ。煮るなり焼くなり好きにするが好い。最も、煮ようが焼こうがどうもできぬのが厄介なのだがな」

「御意」


アルクの一言を受け取り、映像を閉じる。

玉座の取っ手に肘をつき、数年ぶりに感じた鬱屈をため息に乗せて吐き出した。


「死なない足手まとい程、厄介なものはないな」


◇ ◇ ◇

■SIDE 天川一涙(イチル)


待合室に戻ると、俺たちには一人一人の個室が割り当てられた。

お手洗い、風呂まで付いた完全個別空間。望めば、専属のメイドすら付けてくれる丁重なもてなしぶりだ。


加えて、衣服や道具類の支給もあった。

その一つが、俺が今指に嵌めている“時空の指輪”。パッと聞いた感じ凄そうな魔道具に聞こえるがなんということはない。言ってしまえば持ち歩きできる倉庫だ。いやまあ、十分凄いんだけど。

入れられる道具の容量は教室一つ分ほど。“収納(ストレージ)”の呪文で道具の出し入れが可能な国宝級魔道具である。正直めっちゃ便利。


部屋についてから、俺は何十分かの仮眠を取り、城の散策に乗り出した。ここの構造を把握したうえで、迷わないようにするのが目的だ。途中、何度か転移者たちと出逢ったが、みんな目すら合わせてくれない。まるで、化け物を見るような目で、見つめてくる。まあ、それが普通の反応なのだろうけど。


「にしても、なんかなあ……」


ため息を吐きながら肩を揉む。風呂に入っていた時に思ったが、体に何か違和感がある。少し目線が高くなったというか。まあいいか。

今は1階、2階、3階、と散策もし終わり、あとは城の四方向にそびえる塔、その西側を探索しているところだ。


「……古っぽいなあ……」


カツン、カツン、と石を踏む靴音だけが螺旋階段の上まで届く。ここには手入れが届いていないのか、ところどころに蜘蛛の巣が張っているのが見えた。他の三つの塔はここまで汚くはなかったんだけどな。


塔にはこの螺旋階段と、その上の展望台ぐらいしかない。展望台からの眺めはなかなかのものだったが、4回目ともなればそろそろ飽きてくる頃だ。扉を見たら帰ろう……などと思っていると。


展望台までの階段の途中に、両開きの扉があった。


「あれ?他のとこじゃこんなのなかったよな……」


別の3塔を思い出してみるが、やはりこんなドアがあった覚えはない。金製のドアノブは蜘蛛の巣が張っていて、触るのは憚られるが、少し興味が出た。手でクモの巣を払い、ドアノブに手を掛ける。


「おぉ……」


その先の光景を見て、俺は思わず感嘆の声を上げた。


至る所に、本、本、本……。二十畳ほどもある広い空間には、壁際を始めとして本棚がこれでもかと敷き詰められている。蔵書数はどれほどになるだろうか、ただ、密度から見るに市の図書館よりは多いんじゃないかと思う。


身近にあった本を取ってみると、何が書かれているのかさっぱり分からなかった。ただ、魔法陣とかも書かれているので、魔法の本かなんかじゃないのかな。


「読めそうな本は……ちょくちょくあるっぽいな。でもほとんど読めなさそうか。中途半端だな……」


周りを見渡してみると、辛うじて理解できそうな本がいくつかあった。全て理解できないということは、『記憶』による情報も完璧ではないということだろう。

今は城の保護を受けてはいるが、“無能(ノータレント)”などと呼ばれた手前どういう扱いを受けるか分からないし、下手すれば、追い出されることだって十分にあり得る。

ソースはさっきのエレネア。


必要とあらば、言語の習得も急ぐべきかもしれない……とため息を吐くと、


「はぁベキョバッ!?」


上から分厚い本が思いっきり落ちてきやがった!


突然の衝撃に、思わず床に突っ伏す。


「誰だ!」


涙目で上を見ると、そこには二階があったらしく、木の柵から顔を出す少女の姿があった。

奴が本を落としたのだろう。華奢な手の平が床に向けられている。


「……うるさい。書斎では静かにして。というより、出ていけ」


その少女は無表情で、しかし情緒の欠片もないような動作で口を動かした。

その口調とは似ても似つかぬほどに対照的な麗しいその容姿に、俺は思わず息を飲む。


見た目で言えば歳は12~13程度だろう。藍色のワンピースを着用し、その幼さと落ち着きの混ざったような端正な顔立ちと、肩に付かないほどでフワリと切り揃えられた青搗色(あおかちいろ)の髪はその少女に雨の妖精のような印象を与えている。

可憐、華美というよりは清涼、清閑、楚々。

それらの言葉を具現化したような容姿を持つ少女だ。無表情も相まって、存在しているだけでほぅ、と息を漏らしてしまうような神秘的な美しさ。


こんな子が微笑めば、一体どれほどの破壊力があるだろうと想像して、思わず頬が緩んでしまう。


「気持ち悪い。不埒な輩。ロリコン」

「おいこら! そんな不名誉な称号は断じて受け取らんぞ!」

「弁明、無駄。受け取り拒否、不許可。お前はロリコン」


梯子から降りてきた少女は俺の顔を見て開口一番に俺を指差した。


何? なんか初対面のかわいい女の子にロリコン認定されてるんだけど? 無表情の無感情な可愛い顔で容赦なく言われてるんだけど? 不許可じゃねえよ!


「というか、まるでこの書庫が自分の物みたいな物言いだな」

「その通り。ここは城の禁書庫、私はこの書庫の番人。親切な私が教えてあげると、この書庫には太古に封印された禁術や国の機密事項の記された書物が置いてある。立ち入り禁止の場所」


ああ、なるほど。だから、あんなに階段が埃だらけだったのか。少女の言葉で先程の光景に納得がいった。にしても、禁術や国の機密事項ね······じゃあ、結構大切な場所っぽいな。


「納得がいったなら、出ていって」

「まーまー。良いじゃねえか。現地の人との情報交換も重要なイベントだし」


こちらを厳しく睨み付けている少女をほんの軽い調子で宥める。それでも、少女はしかめっ面を崩さない。どうしようかと内心考えながら、その場しのぎの軽率な笑顔をしばらく浮かべていたが―――


「出ないなら、消し炭にする」

―――少女の一言で、その笑顔は呆気なく消えた。


「えっ······え······」


拒絶の言葉は聞き慣れたはずなのに、俺はしばらく口をパクパクとさせて何も言えなかった。少女の威圧感に体どころか、喋ることすら出来ない。その威圧感に妙な既視感を覚える。


だからこそ、俺は自分の意識が限りなく冷えきっていくのを感じていた。消し炭······消し炭、か。脳内でその言葉を反芻すると、動悸が止まらない。

それに蓋をするように固い口元で乾いた笑顔を浮かべる。


「消し炭······か。全く、こっちは疲れてるんだ。迷惑だろうけど、勘弁してくれ······」


苦笑した後で、鬱屈としたため息を吐くと力が抜けたのか、思わず床にへたり込んでしまった。


「······お前、冗談だと思ってる? だとしたら、見当違いにも程がある。消し炭、怖くない?」

「······ああ、怖い。怖いよ」


冗談に扱われていると感じたのか、少女はさらに強い殺気を俺に叩きつけてくる。少女が差し伸べた人指し指に、ボッ、と紅蓮の火が灯った。その小ささにしては強すぎる熱量が肌を焼くのを感じながら、俺は場違いにも綺麗だ、と思ってしまう。


白磁のように透き通る華奢な手の先に、温かな火が灯るのは蝋燭を見つめているようで、言いようもなく美しい。


何故か現実逃避気味にそのようなことを思っているなどと露知らず、投げやりに頷く俺を見て、少女は初めて戸惑ったように視線を左右にさ迷わせた。


「············はぁ」


ややあって、少女は諦めたようにため息をつく。叩きつけられていた殺気が途端に霧散した。


「······呆れた。そこまで()()にされると、毒気が抜かれる。いても良いけど、静かにして」

「······ああ、助かる」


そう言い残して少女は近くの本棚から一冊の本を取り、椅子に座って読み始める。大事な書物があるだろうに、それでも残してくれたのは俺が書物に何かしたとしても止める自信があるからか。


辛うじて読めた少女の本のタイトルは「人を気にせず集中する方法」······なるほど、迷惑を掛けているということだけはよく分かった。

ただ座っていても仕方がないので、何となしに本棚から物語っぽい本を見繕って読み始める。


「······」

「······」


しばらく続く、静寂。ペラリ、ペラリと本のページを捲る音。

最初はページ一杯に敷き詰まっている小さな文字にうんざりしたものだが、ラノベを沢山読んできたお陰か、異世界であるこの世界に関する本は面白く、そして妙な安心感も覚えた。


「······異世界人」


本を読むことに没頭していると、突如少女はボソッと呟く。

これがテンプレ物の異世界ラノベであったのなら、それを何故この少女が知っているのかと驚愕の表情を浮かべ、まさかの真実を聞き出す······ような場面ではあるのだろうが、俺には大方の予想はついていた。


「······だよなぁ。普通、番人とかだったら問答無用で殺ってきてるだろうしな」


俺の今の服は召喚されたときと同じ普段着。このファンタジーな世界ではまず見ない服であろう、そんな服を着た奇妙な侵入者がいれば普通先手必勝で殺っとくのが正解のはずだ。

それをしなかったのは少女が俺を最初から知っていたからだろう。


それともう一つ。

ニヤッと笑みを浮かべて、俺は人差し指で少女を指差す。


「お前も人間じゃねえだろ?」


そこでやっと少女は本から目を離した。

どうやら図星だったようだ。まあ、ほぼ勘みたいなもんだったが。


あの威圧感をぶつけられたら······な。


「······驚いた。その顔で、頭が回るなんて」

「ディスってこないで!? 確かに地味なのは自覚してるけど!」


無表情で淡々とディスってきた少女に向かって思わずツッコミを入れる。自覚してることをディスられる。これは結構辛いことなのを分かって言ってるのか。

すると、少女はここで初めて無表情を崩し、不敵な笑みを浮かべた。

挑発的な笑みであってもそれが綺麗なことには変わらず、思わずドキッとしてしまう。負けた。


「お前の言う通り、私は人間じゃない。でもわざわざお前に私という存在を説明してやれるほど、私に暇はない」

「まあ、別にいいよ。特段知りたいことでもなかったし」

「じゃあ、私から質問する」


少女は読んでいた本をパタンと閉じ、膝の上に置いた。


「俺に質問するのは別にいいのかよ」

「私に利がある。それだけ。そもそも、気になったことがあったから、お前を中に入れた。理由もなしにこの場所に入れさせるわけがない」


国の管理している禁術や、機密事項の記された書物の保管された禁書庫。俺を放置していたのは、俺がどうしようと目の前の少女には止める自信があったからだと思っていたが、どうやら違ったらしい。

まあ、普通「何も出来ないから」という理由で放置はしないかもしれない。重要な場所なんだし。


「うるさくて本に集中できないし」

「そっちかよ」


目の前の少女はただの活字好きだったようだ。思わずガクッと体勢を崩す。


「で、聞きたいのは?」

「他の異世界人は、皆一ヶ所に複数人で留まっている。なのに、お前は一人。何故?」

「ああ······」


要するに、俺が他の転移者たちから避けられていることを言っているのか。俺がため息を吐くと少女は椅子を降り、俺の顔を鷲掴んで目を覗き込んできた。

その透き通る青い瞳に、全てを見透かされそうで思わず視線を逸らしてしまう。


「······お前が避けられ始めたのは、統治神の祭壇から出た辺り。あそこで、何があった?」

「······面白い話じゃないぞ」


少女の話を聞いて、そこまで知っているのかと少し驚いた。何でそれを知りたいのか、何でそんな俺を気にかけたのか。本来ならば色々聞くべきだったかもしれない。

だが、その疑問を振り払ってあの祭壇で起こったことを全て、この少女に話す。その途中、頭に形容しがたい苛立ちが出たのはきっと、気のせいだろう。


「······ああ、“超再生”。だから······」

「何だよ」


話を終えると、少女は無表情ながら何か納得した様子で頷いていた。それに少し苛立ちを覚えながら、俺はその違和感を尋ねる。

―――少女から紡がれるだろう言葉を、()()()()()()()()()()()()



「だからお前、強がってる」



「··················は?」


思わず、口をポカンと開けてしまう。少女が何を言ったのか、俺は最初理解できなかった。

強がっている? 一体何を言っているのか。引きつった口の端を無理に歪めながら、自然と首をかしげてみせる。


「だって、普通なら発狂してる。消し炭にされて、激痛の中再生して、それで味方だと思ってた連中から忌避の視線を向けられる。死にたいのに、死ねない。そんな苦痛、強がってなきゃ受け入れなれない。事実、今のお前の心は(すさ)んでる」

「あ、はは。面白いことを言うな」


俺の心が荒んでるって、割りと酷いことを言われてないか?

そう思って気がついた。俺の声は、いや思考さえも ―――酷く、震えている。

それに気がついたらしい少女が、無表情だがどこか冷たい表情で呟いた。


「ほら、ね」

「―――」


一瞬、呼吸が止まった。


「で、でも、俺はちゃんと話してただろ! 平然と! それが、受け入れられていないとでも言ってんのかよ!?」


頭がズキズキする。少女の言葉が耳に入る度、脳内の意味不明な場所から、モヤモヤとした苛立ちが重なって俺を蝕んだ。

何故? 何で俺はこんなに苛立っている? なんでこんなに怒っているんだ?


怒る······いや、違う。これは、怒りなんかじゃない。

恐怖だ。()()が、とてつもなく恐ろしい。そしてそれは、少女が口を開くまでの空白の時間に加速度的に高まっている。

さっきから動悸も止まらず、ムカムカした感情が沸き上がった。


やがて、俺の謎の恐怖が最高に達したとき少女の口が紡いだ言葉は。


「それは、私に話すことで自分が安心したかっただけ。自分から話して、自分にトラウマがないことを自分にしめしたか、」

「―――黙れよ!」


確実に、俺の心を抉り取った。


「なわけないだろ! 俺はトラウマになんかなってない、ふざけんな! 強がり? 何で強がる必要がある?」


堤防を無くしたダムの水のように、言葉が溢れ出てくる。焼かれる痛み、身体を無理やり再生された時の激痛。先程まで()()()()()()()()()()()()()感覚が、脳内を繰り返し巡りめぐった。


「これはチート能力だ。だって、消し炭にされても再生できるような能力だぜ? 最強じゃん! 俺は嬉しい! それ以外ない、あるはずもない!」


激痛、激痛、激痛。

身体的な痛みではない。苛立っているのだ、俺は。自分に言い聞かせるように大声を上げ続けるが、その苛立ちは一向に収まらない。

苛立ちをどうにかしようと頭を押さえてみるが、勿論どうこうなるはずもなく。俺は髪の毛を強く握りしめた。


「······」


そんな俺の様子を少女は無表情で眺めている。

やがて、俺は耐えられなくなって―――


「······アアアアアアアッ!」


狂ったように叫び声を上げながら、書庫を飛び出した。


◇ ◇ ◇


個室に駆け込み、廊下に面するドアをバタンと閉め鍵を掛ける。

すると、腰が抜けたように俺はドアに背中を預けズルズルと座り込んだ。


「······強がってなんか、ねえよ」

―――痛かった。怖かった。こんなの嫌だ。家に帰りたい。


少女の言葉を否定する度に、相反した感情が胸の中で荒れ狂う。


「······最高じゃねえか、異世界」

―――最悪だ。こんなことがきっと何度も続くはずだ。耐えられるわけがない。


少女の言葉は的を射ていたようだ。自分でも気付けなかった、いや気づかなかったのだろう。溢れ出した感情は、全く止まってくれない。


「······もう······帰れ、ない」

―――お父さんがいる。お母さんがいる。妹がいる。


ここは異世界。帰りたい。帰れない。「元の世界にお返しすることはできません」この言葉は、普段読んでいたテンプレ小説で描かれているほど軽くはない。

少なくとも俺には、重すぎた。


「··················うぅぐ、あぁ、う、ああぁあぁあ······!」


涙が、止まらない。


「がえりだいっ·····! がえりだい、がえりだい、がえりだいっ······!」


瞳に涙が浮かび、視界がぼやける。落ちた涙は、優しい肌色の絨毯に染み込む。

思いが、言葉が、止まらなかった。嫌だったのだ。俺だって。痛かったのだ。絶望して()()()()()()()()()()

でも、嫌だった。それを認めたら、本当に狂ってしまいそうだったから。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?


きっと続くのは無限の苦しみ、永遠の不幸に他ならない。

さっきまでは無意識に目を逸らしていたのだろう。だが、気付いてしまった。


「······」


涙も拭かず、絨毯に寝転ぶ。絨毯は柔らかくて、優しくて。今は近くにいない誰かが包み込んでくれているような誤った感覚を覚えた。


「······みんな」


その言葉を最後に、目を閉じる。廊下を渡る人の足音も、食事を知らせる声も無視して、俺は現実から逃げるように眠りに落ちていった。


◇ ◇ ◇

■SIDE ???


暗い、暗い、洞窟の中。

一人の青年が、息を切らせて必死に走っていた。


「はぁ、はぁ、はぁ······!」


青年の顔は必死そのもので、同時に慎重でもあった。

少しでも物音がすれば、そこから反対の方角に走り始める。僅かばかりの影が見えようものなら、隠れながら音を立てないように慎重に歩く。


(不味い·····不味い、不味い! このままだと······()()が来る!)


それから必死に逃げながらも、青年は彼を追いかけるモノが忍び寄ってくるのを確実に感じていた。

そして、それはすぐに訪れる。


「······え·····行き止まり?」


青年を遮る大きな岩壁。慌てて青年は踵を返そうとしたが、もう遅かった。


「グルルル······」

「あ、あ、あぁ······」


3つの尾を持つ、黒い狼。それが4匹、逃げ腰の少年を嗤うかのように牙を見せている。青年は、瞳に絶望の光を灯しながら尻餅をつく。


(嫌だ、死にたくない。死にたくない、やめて、やめ―――)


それが最期だった。


「ぐっ!?あ、あぁあ!?」

―――洞窟内に木霊する、咀嚼と悲鳴。


狼は青年に向けて一斉に飛びかかり、その肉に、骨にかぶりついたのだ。青年の体は、引き千切られて次々と喰われていく。


「アア!?ギ、アアアアアアア!?」


青年の上げた断末魔は洞窟内に響き渡り、血肉の匂いに誘われた狼を呼ぶ。『あ』の声も出ないうちに、青年の身体は欠けていった。


◇ ◇ ◇

■SIDE 天川一涙(イチル)


「―――っ!はぁ、はぁ······」


大声を上げて、絨毯から起き上がる。何だか視界がふらついて、目元がはっきりしない。息をすーはーと吸って吐いて呼吸を整える。


「············夢、か」


額に手を当てると汗で濡れていた。どうやら、悪い夢を見ていたようだ。

カーテンを開けたままの窓を見ると、外は明るくなっていた。


······異世界に来て初めての、朝だった。

“時空の指輪”の描写を追加しました。

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