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“不死の無能”の神域超越《クロスオーバー》  作者: 大岸瑠璃
第一部 一章 異世界召喚編 追憶の復活
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第四話  『ここで死ねと神は言った』

■SIDE 天川一涙(イチル)


「よし、そろそろ行くか! 誰か、待ってるかも知れねえし」


明るい声でシュウトは立ち上がったのは突然だった。同じように立ち上がりドアを開けると、赤い絨毯の引かれた長い廊下が左右に広がっている。右を見ると、その突き当たりには大きな木製の門と、その傍に控える鎧を着込んだ二人の男性の姿が見えた。


「あっちかな?」


右の廊下を選んで渡る。

話せる距離まで近づくと、鎧を来た騎士? たちはこちらを一瞥し、シャッ! と見事な敬礼を無言で向けた。そして、扉に手を掛け、開き始める。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――――


御大層に空気を揺らしながら、大扉が開いた。頑強な鎧を着こんだ筋骨隆々の大人二人でやっと開くんだから、その重さは想像するべくもないだろう。ちょうど四人が余裕を持って通れるくらいの間が開いてから扉を抜けると、台座の上に立っていることに気が付く。


その部屋はとても広く、壁には草木や動物が描かれていた。ただ……


描かれている絵の輪郭がカッチコチなのは気になるが。まさかのキュビスムだった。


しかも地球のものとは一味違く、やたら暗い色でホラーっぽく描かれている。一場面だけを切り取ればゲルニカも真っ青のトラウマ作画となったことだろう。俺も普通にトラウマにかかりそうだ。というか、もうなってる。最初の部屋と言い、なんでこう異世界の絵は怖い感じになってるの? それにしてもこれは趣味が悪すぎるだろ。


「夢に出そう……」


ガク達も同じ感想を抱いたようで、壁いっぱいのゲルニカに頬を引きつらせている。


台座の下には大量の長机やいすが並べられており、大量の料理が用意されている傍ら、それを皿に盛っている人、席に座って食べている人、知り合いなのか、にこやかに会話を交わしている人が数人。それが全員、部屋に入ってきた俺たちに顔を向けていた。好奇か、嘲笑か、野心か。こちらに向けているのがどんな感情なのかはわからないが、そこに同じ日本人としての親近感というものは感じることができなかったのは何故だろうか。


「どうやらまだ全員は集まってないみたいですね。ちょっと話を聞いてみましょう」


部屋を見渡して人数を確認したガク達は、階段を下りて一人一人にあいさつに回る。

よくそんな勇気があるもんだな。どうでもいいけど、なんかガクがインタビュアーに見えてきた。「現場から中継です!」みたいな。

そんなくだらないことを考えていると、肩に手が置かれる。振り向くと、そこには縁無し丸眼鏡を人差し指で押さえたキノコ頭の少年と、屈強な体つきの金髪青年が立っていた。


「やっ。僕の名前はノリト。お互い……災難だったね。クフッ」

「OH~マサニもぐもぐ面白いモノもぐもぐ遭遇シマシタ。もぐもぐ、これもジャァ~パニーズディスティニーなのデスカネ? もぐっ、アッ、私ジョージ言イマース。ヨロシクデェス」


そう言って青年二人……ノリトとジョージはにこやかに握手を求めてきた。

言葉とは裏腹に、ノリトという少年の方は災難とか欠片も思っていなさそうな様子である。

ジョージはジョージで終始食べ物を口に含んだままだった。何か紫色の衣のようなものが口から零れ落ちているが、気にしないでおこう。

ジョージから引き気味に目を逸らすと、ノリトがニヤニヤした顔つきでバッグからほんの一冊を取り出し―――


「って、それってもしかして『絶刻のハーフエルフ』の9巻特装版!?」

「キヒッ、やっぱりキミ、ラノベ読むんだね」


個性的な笑いを漏らしながら得意げな表情で微笑んだ。俺の目線がその本に映ると、さらに嗜虐的な笑みに変わる。


「これってほんとテンプレだよねぇ。どうなんだろ? このまま無双したり? 爆乳少女集めてハーレム作っちゃったりできるのかなぁ? うひゃひゃひゃっ」


急に笑い出したノリトに、引き気味に距離を置いた。個性的な笑い方と言い、考え方と言い、俺が好きなラノベに出てくる苦手キャラと仕草がとても似ていたのだ。たぶん、異世界に来た喜びと司祭の女性の話に乗せられて舞い上がっているのだろう。

異世界に来たことよりも、ある意味こんな笑い方をする奴が現実にいたことに驚いたわ。


「……少なくとも笑い癖は直したほうが良いと思うぞ」

「まあ、多少の個性は主人公に必要だとは思わないかい?」


痛い妄想垂れ流したり、特徴的な笑い声を漏らしたり(かなりオブラートに包んだが)、自分を主人公だと思ってるようなオタクキャラは大概はザコキャラ扱いなのだが……まあ、言わないほうが良い。


現実と理想は違うって言うし。


「あの子とか良いねえ~。胸大きいし、美人だし。王道ヒロインキャラかな?」


シズクを指さして、ノリトは勝手な妄想をぺちゃくちゃと並べ立てる。

それにうんざりしながら、視線をノリトから逸らす。

ノリトはキョロキョロして挙動不審な辺り、同じオタクっぽい人……自分の妄想を話せる人を探していたのかもしれない。こっちからしたらいい迷惑だ。


「ん~ジャァパニーズイセカイのディナーは美味しいでぇす」


ジャパニーズイセカイってなんだよ。


ジョージは尚もモグモグと口を動かしている。ジョージはどうも日本のアニメに引かれた外国人っぽい。どうせノリトあたりが興味の引く話で釣ったのだろう。


ため息を吐いて何となしにガク達を目で追ってみると、今や人垣ができていた。特にガクやシュウトは女子からの人気が高いようで、4人ほどの女子に囲まれている。シズクは少し離れたところからやさしく見守っていた。


まあ、あのイケメンな顔だったらああなるわな。


「……チッ」


納得する俺とは逆に苛立っているのか、ノリトは眼鏡を必死に人差し指で押し上げている。分かりやすいやつだな。嫉妬しているのが嫌なほど伝わってくる。その視線に気づいたのか、ノリトは苛立ちを向けてきた。


「え? 何? 何笑ってんの? ボクはただあの人達を見てただけなんだけどね? 何か可笑しいことでもあった? 気持ち悪いからこっち来んなよアァ!?」

「お、おう……」


怖ぇ……急な豹変過ぎるだろ……。さっきまでうひうひ声を漏らしていた少年がこの一瞬でこうも変わるのだから、つくづく嫉妬心(?)は恐ろしい。これは確実に反感を買ったな、と確信を抱き、一歩後ずさる。


にしても、俺笑ってたか······?


驚いて声も出なくて、空回りな返事しか漏らすことができず、愛想笑いを浮かべながら俺はノリトから距離を置いた。面倒なことになる気配しかしねぇ……。


◇ ◇ ◇


それから少し時間がたち、広間には12人の転移者たちが集まった。男女比はちょうど1:1ほどだろうか。

そのほとんどは日本人で、外国人はジョージだけらしい。待ち時間はそこそこで、その間転移者たちは料理に手を付けたり会話に花を咲かせたりと各々コミュ力に見合った行動を起こしていた。


その理論で言えば、俺が異世界に来て隠されしコミュニケーションスキルを発揮し、転移者たちと親睦を深め決意を固め合う……などという夢見事ができるはずがなく、悲しく一人で、テーブルに乗った鳥に角が生えたような動物の丸焼きの足を齧りながら聞き耳を立てることしかできなかった。


あれ……なんでだろ?美味いはずなのに、なんかこれしょっぺえ……。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ―――――


自分を慰めていると、再びドアが開く。

そこにはアルクさんが相変わらずしわがれた顔で立っていた。さっき会ったばかりなのに相変わらずも何もないか。


「皆さま、お待たせしました。王の謁見の準備が整いましたでな。ついてきてくだされ」


◇ ◇ ◇


薄暗い石造りの回廊で、足音だけが無機質な音を奏でる。

幅は転移者12人が横一列に揃っても余りあるほどで、俺たちを囲むようにして鎧を着た兵士たちが共に歩いていた。

これって、もし逃げようとしたらどうなるんだろうな。鈍色に光る剣を見、想像してゾッとする。


やがて、先に大きな門が見えてきた。ただ、これは待合室に入るための木製の扉とは違う。鉄製で、中央に巨大なルビーの宝石が嵌まっている。あれ、お金に換算したらいったいどれほどの価値があるのだろうと思わず俗物的に考えてしまった。


「<嗚呼、麗しき火の統治神よ どうか紅き宝石の輝きを以て その聖域への扉を開かれよ>」


アルクさんが赤い宝石を掲げ、呪文を唱えるとそれは赤く輝き、扉の宝石も呼応するように輝き始める。やがて、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ―――という音を立てて、扉は大きく開いた。これも魔法なのだろうか? 想像とは少し違うが、未知の物を見る高揚感にか、転移者たちは驚きと興奮の声を上げていた。


「この先は、勇者たちにだけ許された道。お通り下さい」


扉が完全に開くと、アルクさんや騎士たちは回廊の端に下がる。


「とりあえず、行ってみようぜ」

「……はい。そうですね」


シュウトの言葉にガクが頷き、二人は扉の先に向かって歩き始める。

すると、何故か声を掛けられていないはずの他の転生者たちまで決意に満ちた表情で頷き、二人についていった。え、あれだけ喋っただけでもう人心掌握しちゃったの!? ってか、付いて行けてないの俺だけ?


ちょ、待てよ!


そんなセリフを口ずさみつつ、俺は扉の中に入る。

雰囲気で言えば先ほど通った回廊とそこまで変わらない。石造りの壁に、赤い絨毯。異様なのは、紫に光る人魂のようなものが空中に幾つも浮いていることだ。


「なんか……不気味だな……」

「うん……」


俺の呟きに答えたのは誰なのか。その中でも、声を上げる者がいた。ノリトだ。鼻息を荒げ、優等生気分で奥の方を指さしている。


「みんな! 大丈夫。きっとあいつから話を聞けるさ。あそこに座っている人からね」

「人……?」


ノリトの指さす先を見て、ひとりの女性が玉座に座っていることに気が付いた。

十数段に渡る階段の先に、素人目に見ても分かる程の素晴らしい玉座。それに腰掛けていたのは、恐らく俺たちとそこまで年は変わらないであろう少女だ。


紫色の髪、鮮やかな赤のドレス。玉座の取っ手に肘を置いて、足を組んでいる。麗しいほどの目の輝きを持ちながら、その眼光は見る物を貫かんばかりに鋭い。異様なのは、その少女から炎のように立ち上る赤いオーラ。それは天井に届きそうなほどに大きく荒れ狂い、俺たちを威圧しているかのように見えた。


(わらわ)を指さし、ことに欠いて『あいつ』などと。不敬であるぞ、ニンゲン? 勇者などと言う立場でもなければ……そうじゃな。数十日に及ぶ拷問の上に四肢をもぎ取り魔物のエサにしてやるところであった」


あっさりとそんなおぞましいことを言う目の前の少女に皆が皆驚愕の表情を浮かべる――――という訳もなかった。見れば、転移者たちは皆どうせ冗談だろ? というような馬鹿にした表情をしている。友達と口論になった末に「死ね」と言われた程度にしか思えないのだろう。俺もそうだ。


「おや? 冗談だと思っておるな? ふむ、《記憶継承(メモリーフラグ)》も上手くいっておらんのか? 仕方ない……」


少女は何事かを小声でつぶやくと、開いていた左手を上げた。


「な、なに……あれ……?」


女子の一人が中の一点を指さす。手は震え、唇は怯えたように縮んでいた。そこには、


ボロボロの布を纏った、一人の子供がいた。


「な……()()()()()


そう、その子供は浮いていた。目を凝らしてみると、体のあちこちに痣のようなものができている。玉座の少女がその子を手繰り寄せるようにして手を仰ぐと、子供はフヨフヨと宙を漂い、少女の胸の中に落ち着いた。


玉座の少女は我が子を慈しむ母のような表情で子供を撫でる。


「この子はな。親が借金を負って、その借金を返すために親が売った子なのだ」

「そんな……酷い!」


女子の一人が声を上げる。少女はうむうむと頷き、子供を胸から離す。子供は巻き戻しのように再び宙に浮き、漂って俺たちの前に来る。

俺はその間背筋にミミズが走るような嫌な予感がしてたまらなかった。まるで、銃を首に突き付けられたような感覚。包丁を持ったサイコパスの目の前に立たされているような感覚。こいつが一体何をしでかすつもりなのか、全く読めない。


そして、考えたくもなかった。


「であろう? この子たちは恵まれなかった。でも、それがこの世の中だ」

「何を……何をするつもりですか!」

「決まっておろう?」


少女が浮かべたのは、最初で最大級の笑顔。

それに見惚れると同時に······顔を凍りつかせた。


「―――《握りつぶせ(スティッチ・ベント)》」


少女が開いた手を握った瞬間、子供の身体が目の前でとてつもない絶叫を上げて破裂した。


「ギャアアアアアアァァァァアアアアアアア!?!!?」

「キャアアアアアアアアアアアア!?」


降りかかる臓物、そこかしこに響く悲鳴。


「うっぐ……おぅえ……」


まともに見てしまった。子供の絶叫、死ぬ間際の表情、破裂する身体、飛び散る臓物、降りかかる血……。


「―――うえ、おうええぇぇええええ!」


俺が嘔吐しそうになっていると、男子が一人、胃の中のものをビチャビチャとぶちまける。ショックのあまり頭を押さえて蹲る者、お互いに抱き合って泣いている者、ガクやシュウトのように呆然とした表情で床の臓物を見つめる者、


「オウ......バイオレンス......バイオレンス......マイマム......」


……ジョージですら、ショックのあまり蹲ってノリトに抱き着いている。ノリトはと言えば、イラついた表情でジョージを引っぺがそうとしていた。


そんな一同を見て少女は、


「うむ、重畳」


満足げに、頷いた。

震える声で言えたのは、たった一言。


「……お前……人間じゃねえな……!」


与えられた“記憶”の中に、思い当たる存在が一つだけあった。

地球でも、信仰の対象となったもの。人々の拠り所となったもの。


そして······恐怖の象徴ともなったモノ。


少女は凍てつくように冷たい視線をこちらに送ると、同じく凍てついた絶対零度の笑顔を浮かべた。


「ん?気づくのが遅い、が、まあいいであろう。その通り。妾は神。アルベド王国()()()。そしてこの体は()()()()()、エレネア・アルベドよ。さあ、勇者たちよ―――


―――ステータスの計測を、始めよう」


背後の炎を怪しく揺らめかせ、神と名乗る少女は残酷に笑った。


◇ ◇ ◇


自分を神と称する少女を見ても、誰も笑うことも馬鹿にもしなかった。

あの『声』で、『記憶』で。もう知っていたから。


統治神。


その名の通り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


魔族の出現前、人類は地球と同じように人間同士で争っていた。財を、名誉を、あるいは領土を懸けて。

そんな人間が魔族という新たな敵に対して、結託することが出来たのも彼らのお陰だ。


統治神は4柱おり、それぞれの国の頂点に一柱ずつ降臨している。


彼らは自ら争いには荷担できない。四国それぞれの王族の、決まった一人に憑依する形で現界しているためだ。単体の戦闘力としては申し分ないが、そもそも人間を統治するための神であるから自ら統治を放棄するようなことは本末転倒だろう。


だが、彼らはそれでも神であることには変わりない。


統治神を望まない国、反逆した国もあっただろう。

『記憶』は言っている。逆らった者は無慈悲に焼き滅ぼされたと。望まない者は無関心に握り潰されたと。信じない者は無問答に追放されたと。


統治神はこの世界に多くの利益を残している。だが、その裏には多くの犠牲もあったはず。


つまりそれは、俺たち転移者たちが死に直結することすらあり得ることを意味していた。


◇ ◇ ◇


先ほどの残酷な見せしめの効果なのか。


神と名乗る少女の指示にみんな従った。俺にも、反抗する気概はない。もしここで逆らってしまったらどうなるだろう?あの神とやらは子供を殺すことすら躊躇しなかった。今度はさらなる見せしめとして殺されるかもしれない。あいつの行動は理解できない。が、これだけは理解できる。


今の俺たちの立場はアイツよりは確実に下だ。


「“タレントプレート”を受け取ったであろう? 出して見せよ」


言われた通り、胸元のポケットからタレントカードを出す。初めは光っていなかったはずのカードが、今ではまばゆいほどの金色の光を放っていた。


「“タレントプレート”は、貴様らを“最善の姿”に変える。容姿や体格を除いた、職業、装備、才能、尺度(パラメーター)全てでな。例えば、剣士が“最善の姿”の者には、剣、さらに《剣術》の才能が与えられるように」


エレネアはシュウトに歩み寄り、“タレントプレート”を掲げさせる。シュウトは黙って、自分の頭二つほど下の背丈の少女に従った。すると、“タレントプレート”の輝きはさらに膨張し、シュウトを包み込む。


「ふむ。やはり()()()であったか」


光が晴れた後、シュウトが身に纏っていたのは制服ではない。

軽装の皮鎧を内に纏って、ベルトを垂らした、青布の青年がそこにはいた。


「―――榊原シュウトか。“S級タレント”、“ウルトラ・ディメンション・シューター”」

「“最善の姿”……なるほど」


(ウルトラ)次元(ディメンション)射手(シューター)と聞いて、ガクは納得した様子だった。

シュウトは乾いた表情で軽薄に笑った。


「ハハッ、ここでもサッカーってか」

「すごいじゃんシュウト君! S級タレントって、絶対凄いよ!」


“S級タレント”という、最上級職に見事当たったシュウトに続いて、焦ったようにノリトも“タレントプレート”を掲げる。先ほどの惨劇をみんなも忘れたいのか、現実逃避気味に“タレントプレート”を掲げていた。俺も“タレントプレート”を掲げ、光に包まれる……


…………て、え?


「―――有村ノリト。“A級タレント”“ヒーロー”」

「よっしゃあああああああああ!! ついに僕が勇……って、なんでだよ!? 勇者(ヒーロー)だろ!? 勇者は普通Sランクだろ!?」

「んなもん知らぬ。お主にとっての勇者(ヒーロー)がその程度ということじゃろう」

「……はぁ? 意味わかんねえ……俺は“勇者”だぞ? ······ああ、そうか、これには隠された力が······くひっ、うひっ」


エレネアは不気味に笑うノリトを無視して、次々と計測に回る。


対して俺は、もう一度“タレントプレート”を掲げ、光に包まれるが……()()()()()()()


「―――境元ガク。“S級タレント”“リフレクト・ソーサラー”」

「反射か。お前にはピッタリなんじゃねえの?」

「……理論については自信はありますが、実戦となると……」

「“反射魔導師(リフレクトソーサラー)”は他属性の魔法も“A級タレント”魔法職程度には適性がある。励め」


…………つまり、俺の“最善の姿”はこの姿ってことか?いや……でも……


「―――田中ジョージ。“B級タレント”“プラマー”」

「イェース。配管工(プラマー)、ヤッフー☆でぇす」


……っ!っ!なんで……何でだよ……!


「――― 一之宮シズク。“A級タレント”“ハイ・エイダー”」

「癒し手かぁ……」

「お前には“狂戦士(バーサーカー)”の方が似合ってるんじゃね?」

「誰が狂戦士よ!」

「シズクさんは、狂戦士でもきっと可愛いですよ」

「ガク君、それ褒められてるのか貶されてるのか分かんないよ……」

「おいガク~お前、シズクの狂戦士バージョン想像しただろ」

「そ、想像してませんよ……」

「ふむ。“S級タレント”三人に“A級タレント”複数。稀に見る有能の集まりぶりだの。うむ。素晴らしい。さて、次が最後か」


俺が最後の一人となったようで、満足げな表情をしながらエレネアが近づいてくる。

俺は手元で光る“タレントプレート”を見ながら、それを必死に掲げた。


「…………」



「……?どうした?早く“最善の姿”へと変わらんか」



気が付くと、隣に心底不思議な顔で佇んでいるエレネアが立っていた。

俺は気まずさから視線を外しつつ、小さな声でぼそりと呟く。


「………………その、姿が変わらないんだよ」

「………………すまぬ。もう一度言ってもらっても良いか?」


気まずっ!めちゃめちゃ気まずっ!


だが、エレネアは本気で信じてはいないらしく、やれやれという感じで手を差し出してきた。


「ほら、妾の目の前でやってみよ。きっと何か、間違えているのじゃろう」

「……」


手元の“タレントプレート”が光る。良し。


それを掲げる。良し。


身体が光に包まれる。良し。


そして見えた俺の姿は……


……光に包まれる前と何も変わらなかった。数秒前の俺の姿と、何も変わらない。鎧も、武器も、何もない。


感情が抜け落ちたように無表情になったエレネアが、右手で俺に触れた。


「―――天川イチル。“無能(ノータレント)”“リジェネーター”……?」


………………………………………。


エレネアのその一言で、辺りが静まり返る。

冷汗が止まらない。世界が止まったようだった。


「…………ぷっ」


その一瞬で、俺は何を思ったのか。


「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


空白の時間に聞こえたのは、ノリトの嘲笑。


「イチル君……だったっけぇ? ねえどんな気持ち? 一人だけ“無能”ってのどういう気持ち? 絶対戦えないよねぇ足手まといだよねぇ? 一人だけモブ確定ってどんな気持ちなの?」


ノリトはとても生き生きとした表情で肩を組み、耳元で声を張り上げてくる。


思わず、自嘲で口が緩んでしまう。何故こうなったんだろう。俺が弱気になってたからか? 無能(ノータレント)? みんな才能(タレント)を持ってる中で、たった一人だけ? そんなこと、あり得るのか……?


「“最善の姿”……か。成る程の、姿が変わらない訳だ。貴様は、何物にもなれない。“無能”の称号を持つ者には職業も、装備も、才能も、尺度(パラメーター)も、全てが無じゃ。……処分か」


この一瞬で、明らかにエレネアの圧力と目つきが変わる。

ノリトはその圧に押されたように一歩後ずさり、俺から離れた。処分?こいつ、処分って言ったか?


エレネアから、一歩後ずさる。冷汗がタラリと頬を流れた。寒い。エレネアの冷たい視線が背筋が凍らすように光る。助けを求めて周りに視線を走らせるが、みんなエレネアに気圧されて動けないようだった。


「しょ、処分って、どういう……?」


辛うじて声を絞り出す、が、エレネアは何も言わず、手のひらをこちらに向けた。


「……っ!」


子供が破裂した残酷な光景がフラッシュバックする。ダメだ。逃げ出したい、けど動けない。


「さて、心の準備はできたな? では…………死ね」


少しでも恐怖を紛らわそうと、目をつむる。しかし、想像したような痛みは来なかった。代わりに聞こえたのは、凛とした声。


「やめてください!」


目を開くと、シズクが両手を広げて目の前に立っていた。エレネアの目つきがさらに鋭いものに変わった。


「なんのつもりだ? そこをどけ……そこの男は確実に足手まといだ。共に歩めば、巻き込まれてお前も死ぬぞ? 妾は無意味な異世界人の死を望まぬ」

「それでもいいです! これ以上、あなたに人は殺させない。彼も、私たちの数少ない同胞なのですから!」


エレナの眼光を受けても、シズクは怯まずに言い放つ。正直、俺は泣きそうだった。あと、惚れそうだった。“無能”と言われた俺を、足手まといと言われた俺を、こうやって命の危険を冒してまで庇ってくれている。


逆らうな、そいつに逆らえば君もきっと死ぬ。俺だってどうせ殺されるんだ、君が死んでも無駄死にじゃないか。そう思いはしても言えなかったのは、自分の命だけが大切だからか。


エレネアは尚も右手の平をこちらに向けたまま、左手でこめかみに充てて考え込んだ様子を見せた後。


「貴様の意見など聞いていない。が、その勇気だけは誉めてやろう。妾に逆らえば死すら有り得ることはわかっておろうに。見上げた行動力だ」


“威圧”も掛けておったしな、とエレネアは感心した様子で頷く。

だが、再び鋭い威圧を放った。俺だけでなく、シズクの身体すら硬直する。


「でもの? 貴様がやっているのは間違いだ。もしその……イチル、であったか? その男が死に直面したとき、足手まといを庇うようなことをすればどうなる? 死ぬのはお主だ。下手をすれば他の転移者も死ぬかもしれぬ」

「で、でも……」

「安心せよ。妾の炎は対象のみを焼き尽くす」


安心せよ。その言葉はシズクに掛けられた言葉であって、俺に掛けられた言葉ではない。すぐに気が付いたようにシズクは手を伸ばして静止を掛ける。だが、エレネアは有無を言わせぬ表情で口から呪文を唱えていた。


「だめ――――――ッ!!」



「《裁定の(ジャッジメント)(ブレイズ)》」



「―――――ッ!!」


痛みは感じなかった。だが、それは決して無傷だという事ではない。

声すら上げられない。目の前が、炎で覆われている。自分が炎に包まれているのだと、一瞬の間に気が付いた。恐らく、絶叫を上げる暇すらなかっただろう。俺の身体が燃え尽きるのはほんの一瞬。

熱い、熱い、熱い。皮膚が焼け、炭化し、視界すら失われていく。その一連の流れはスローモーションのようにゆっくりで、残酷な時間だった。


自分の身体が、端から削られるかのように無くなっていく。黒く変色し、硬くなった部分から、欠けていくジグゾーパズルのように崩れ落ちる。


「······ああ」


ほんの少しだけ見える炎の壁の向こうで、俺を庇ってくれた少女が手を伸ばしているのが見えた。その手を掴むように、錯覚の手を伸ばす。

ありがとう―――妙に落ち着いた思考でそうお礼を言った最後、俺の体は文字通り崩れ落ちた。


瞬間、身体中に激痛が走った。

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