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“不死の無能”の神域超越《クロスオーバー》  作者: 大岸瑠璃
第一部 二章 遠征編 魔界の吸血少女
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第一話  『撤退戦』

□SIDE 天川一涙(イチル)


シズクが死に、俺が記憶を取り戻した日の翌朝。

俺は“魔界”の森の中を走っていた。日はまだ上ったばかりで、辺りは薄暗い。《解放せよ(リリース)》によって引き出された身体強化にものを言わせて、早朝から走り続けているが、横から流れる景色はほとんど変わらなかった。


「あとどれくらいかかるかな……」


ポケットに入れた地図をちらりと見て、フッとため息を吐く。

目的地である“時の里”(時の民の暮らす地域をそう呼ぶことにした)の位置も分かったし、方向についても地球とは少し概念が違うが方位磁石を得られたので分かっているが、距離がわからない。言い方を変えると、ダークエルフから奪ったこの地図が、実際の距離から何倍縮小されているのかが全くわからないのだ。いつまでこの長距離走染みたことを続けないといけないのかと思うと、お腹が痛くなってきた。


すると、近くに休めそうな歪な木陰が見える。環境に寄るものなのか、“魔界”にはこういった人間の世界では見られないような不気味な形の木が多い。しかし、どれも葉っぱの部分が少ないという変な共通点もあり、木陰と言えるものが生成されるのは極めて稀だ。


こういった箇所は少ないし、次はどこで休めるか分からない。ならばここで休んだほうが良いだろう。息切れしながら、俺はそう自分に言い聞かせた。


「はぁ、はぁ……そろそろ、休憩するかっゴフゥゥゥゥゥゥゥッ!?」


すると気が抜けたのか、全身から力が一気に抜け、俺は頭から地面に突っ込むことになった。


「イダダダダダダ!! …………アァ」


走っていた勢いのせいか、ザリザリと音を立てて皮膚が擦れていく。

そのまま数メートルほど地面を引きずって……俺の身体はようやく止まった。


「ぐ、あぁ。めちゃくちゃ痛え……」


削られた顔に痛みが走る。すぐに起き上がって顔を覆い、水辺で顔を洗いたい衝動に駆られるが、ここには水辺もない上に起き上がろうにも力が入らなかった。いくら身体強化で補助されているとはいえ生身は生身だ。相当の疲れが出ているのだろう。


悲鳴を上げる体に鞭打って、腕を地面に突き立て起き上がる。くらくらする頭を押さえながら倒木に腰を下ろし、《時空の指輪》からコップと水差しを取り出して水を飲むと、視界が一気に晴れた。


「水も節約しねえとな……」


今さらだが、俺の今の現状では旅をするには心許無い。食べ物は食堂からくすねた物と、魔物の肉が少しだけだし、水においてはこの水差し一つ二つ分くらいしかない。着替えとか衛生面の部分も頼りないし、これでは“時の里”へ行こうにも効率の面で問題が出てくる。


“超再生”は傷は治してくれるが、空腹は治してくれないのだ。エレネアから消し炭にされた際に、蒸発した血液まで戻ったことから水分に関しては問題はないだろうが、それでも「最低限」だ。このまま水辺などを見つけなければ、餓死、脱水症状寸前の状態で旅を続けることになる。


「くそっ、せめて魔物の肉は全部取っておくべきだった」


記憶を取り戻した後の曖昧な状態もあって、そこはすっかり失念していた。森で遭遇する魔物もたまにいる。これからは、そいつらを狩っていくか。

そうして旅を続けるべく立ち上がり、《解放せよ(リリース)》の身体強化を施した。


「…………ん?」


すると、強化された聴覚が奇妙な音を聞き取る。目を閉じ、耳を澄ませて様子を聞くとそれは……地響き?


「っ、こっちに向かってきてるのか?」


まさか追っ手か? いや、かなりあそこから離れたはずだ。丸一日かけて移動した距離なんだ。逃げた方向も分からないはずだし、そんな簡単に追いつかれるはずが……。


「……いや、何をバカなことを言ってるんだ俺は」


油断大敵。先ほども言ったばかり。どうやらこいつには、何故かは知らないが俺の居場所が分かっているらしい。ならば体力の限られた現状、取るべきは逃げの一手。姿を見られる前に、姿を隠すしかない。この強化された身体能力ならば、出せる速度は乗用車のそれに匹敵する。


そう決断した後、俺は音とは反対の方向に駆けだした。


「ぐっ……」


脚から伝わる軋むような痛みを誤魔化して出来るだけ隠密に足を動かし続ける。これでは足の骨の方が耐えられるかがわからないが、疲れ切った足の骨でもあそこから距離を取るくらいには持つだろう。折れた後治るのを待ち、適当な枝を見つけて巻き付ければいい。そうすれば……


「追いつかれるにしても、多少は時間稼ぎができる、か……」

「ほう? 時間稼ぎとは、随分臆病な蛇じゃのお? 英雄よ」

「命さえあればいいんだ……っ!?」


突如聞こえた声に驚いて首を回す。そのしわがれてなお猛々しい声は……横から(・・・)発された。

そこには、俺の身体を包み込む大きな影があって。その影は、俺を遥かに超える大きさの巨躯で。その巨躯は、巨大な棍棒を掲げていて。


「っ、不味いっ!」

「覇あぁぁぁぁああああ!」


次の瞬間には、横から襲ってきた圧倒的な衝撃が俺の身体を貫いていた。


「ぁ……!」


一瞬意識が飛びそうになったが、痛みで再び意識が覚醒する。

ベキベキ、と全身の骨が折れる音が内から響いた。痛みをどこかに発散するために叫びたいが、それすらできない。息が止まり、世界は色を失う。永遠とも思える数瞬の浮遊感の後、連続した衝撃を続いて感じた。ついで、地面を転がり壁に叩き付けられる。


目を開けると、俺の視線の直線状の木々は全てへし折れていた。そして、へたり込む俺の足元まで何か引きずったような跡が続いている。俺の背後の岩には、俺の背中を中心として放射線状の罅が入っていた。そうして巻き上がる砂ぼこりの先には、こちらに近づく巨躯の気配と影がある。


「う、ぐっ……」


岩を支えにして立ち上がろうとすると、力を加えた部位に鋭い痛みが走った。全身の骨が粉砕されていただろう、“超再生”も始まってはいるのだが、未だまだ骨は折れたままらしい。少し待つと、あらぬ方向にねじ曲がっていた全身は、再びねじれるように元に戻る。


同時に、砂ぼこりの向こう。影がその棍棒を振るい、砂ぼこりを吹き飛ばした。


「呆気ないモノよの、英雄よ! この程度の攻撃でその有り様とは、もしや、ワシはそなたを買い被り過ぎたかの?」

「……その通りだろうよ。俺は英雄でも何でもないしな」


一人呟いて、開けた視界に映るその巨躯を見据える。


それを一言で表すならば、“山”だった。

その姿は、何と言えば良いのか。灰に塗りつぶされた体色。惜しげもなく晒された屈強な肉体と、3メートルを上回るだろうその巨躯はまさに山そのものだ。

芝居がかった様子で広げられた大木のような腕の上では血管が隆起しており、ドクンドクンと波立っている。禿頭の頭部とは対照的に、その顎には灰の無精ひげが盛り立ち、口角は愉快そうに吊りあがっていた。


その巨躯から放たれる尋常ではない威圧感に、自然と体が震える。これほどの威圧感は“統治神”であるエレネアの時に感じたものと同質ではないが、ほとんど同じ圧力。声の震えを押し殺しながら、俺はそいつに言葉を投げかけた。


「っ、何の用だ……とは言わない。俺を追ってきたんだろ。邪魔するなら、殺すぞ」

「ふっ、ははは。好い、実に好い趣向じゃ。単純明快、豪快奔放。殺す、という言葉への忌避感もない。……くくく、少し臆病な部分を除けば、実に好いぞ。あとは強ささえあればじゃが」


そいつは笑うばかりで、一向に動く気配はない。ただ、その威圧感は弱まるどころか、膨れ上がっていた。右足を一歩、後ろに下げる。今から逃げだすことも出来るだろうが、先ほどのスピード。俺の見間違いでなければ、俺はすぐに追いつかれる。


「おっと、名乗るのを忘れていたの。ワシは“番人”。“魔界”の端にて人族の侵入を妨げる者。同時に“魔王”に従属することを認めた“魔王幹部”でもある」

「“魔王、幹部”……?」


その言葉に、聞き覚えがあった。この世界に来た時の「記憶」の中に、それはある。

“魔王幹部”。確か、通常の魔人や魔物とは一線を画する“魔王”の加護を受けた奴らのことだったはずだ。その強さは一騎当千で、彼らもまた人族の侵攻を阻む障害となっている。


そして確か―――


石眼(メデューサ)族族長、オストラス。英雄よ、お主がどのような理由でここへ来たかは知らん。それに、ワシには理由など必要ない。ワシの願いはお主との闘い。さあ、力を見せてくれ!!」


巨躯―――オストラスが叫んだ瞬間、威圧感はさらに膨れ上がり、灰色のオーラとなって暴風を伴い吹き荒れる。


「はぁぁぁぁあああああ!!」


それに対抗するように叫び、俺も《解放せよ(リリース)》の強度を上げた。黒い暴風が吹き荒れ、対峙するオストラスの顔には歓喜の色が浮かぶ。


「素晴らしいぞ、英雄よ! それでこそ、英雄! それでこそ強敵! ワシが潰し潰される相手としてふさわしい! さあ、来い! 最高の闘争を味わおうぞ!」


興奮した様子のオストラスは手に持った棍棒を構える。俺もふっと笑って構え―――



―――地面を叩いて砂ぼこりを舞い上げた。



瞬間、踵を返して全力で走り出す。追われる相手を残すことのリスクと、実力もよく分からない相手の戦闘に付き合うことでのリスクを天秤にかけた結果だ。面倒なことになる前に、目的地には出来るだけ近づいたほうが良い。


「―――逃げるとは何事かぁぁぁぁあ!!」


無論、これでオストラスを撒けるとは思っていない。だが、オストラスがベラベラと話してくれたおかげで、いろいろと分かった。

オストラスは人族の“魔界”への侵入を防ぐ番人。だから、“魔界”からそうは離れられない。俺の目的地はあくまで“魔界”を超えた先にあって、そんな俺をいつまでも追いかけることは出来ないはずだ。俺が“魔界”さえ脱出すれば、全ては丸く収まる。


―――つまり、撤退戦だ。


◆ ◆ ◆


初手は、俺の投擲から始まった。足元にあった手ごろな石を走りながら(すく)い上げるように拾い、オストラスに投げつける。その石は空気を穿つかと言うほどの速さでオストラスに迫ったが、振るわれた棍棒に弾き返されてしまった。


「ふっはははははは!! どうした英雄よ! 逃げ腰になどならず、きっちり戦わんかぁ!」


その巨躯からは想像もできないほどの速度でオストラスが一気に接近してくる。やっぱりこっちに追いついてくるか……あんなデカイ図体してんのに。いや、デカイ図体だからこそか。足幅が広いんだ。そう分析しながら、俺は振り下ろされた棍棒を横にステップして避けた。


無駄だとは思っていたが、王城での訓練が少しだけ生きた形かも知れない。


「きっちり戦ってるほど暇じゃないんだよ!」

「ほう! こんな老いぼれの戯言に付き合う暇すらないか!」

「これを戯言だとか言ってられるあんたの頭は確かに老いぼれだがな……!」


転げるようにして横から迫った棍棒を避けると、棍棒は俺の頭上をすり抜けて横にあった歪な大木にぶち当たり、その幹をマッチ棒のように砕く。それだけに留まらず、幹を砕いた衝撃は空気を伝わって豪風を巻き起こし、その直線状の木々を数本なぎ倒した。


吹き荒れる暴風に巻き込まれて吹き飛びながら、俺は小さく舌打ちをする。

オストラスに対して撤退戦を選んだが、問題は“魔界”を出るまでにどれほどの距離を費やすかだ。方向が分かっていても、俺は今自分がどのくらいの位置にいるのかがわからない。それこそ、あと10時間は掛かりますとかだったらあまりに最悪すぎる。


さらに、問題はまだある。


「っ、ぐぅっ…………!?」

「ほらほら次が来るぞ、英雄よ! 立て! 立ってワシを楽しませろ!」

糞爺(くそじじい)……!!」


顔を上げた瞬間、巨体が目の前にあった。すぐには立ち上がれず、振り下ろされる棍棒を腕をクロスして受け止める。その直後、ズシリと尋常でない衝撃が俺の腕に圧し掛かった。腕がメキメキと音を立て、骨が折れ始める。


「嗚呼ぁぁぁぁあ……!!」


強化した身体能力で足の骨を折りながら必死に地面を踏みしめるが、それでも徐々に押されていた。両腕から響く鋭い痛みが、神経を伝わって頭蓋を揺らしている。いつもならすぐに治る折れた腕も、再生速度が追い付いていないように見えた。


これがもう一つの問題。


暗黒神の眷属としての力の解放である《解放せよ(リリース)》時、対極にある力だからか、創生神の《寄生》によって発現する“超再生”の力が弱まる。それは大体見た感じ…………普通の十分の一ってところだろうか。

疲れも残っているし、俺は戦えてあと3分程度。俺の“超再生”にもオストラスが気が付かないという訳もないだろう。シンの言葉を聞く限り、再生に関する能力はこの世界にも代償付きではあるが存在するらしいので、それと間違えてくれたら助かる。だが、もし俺の“超再生”の詳細がばれたら……最悪の事態になるかもしれない。


「っ、ん”っ!!」


後転して上から押さえつけられた棍棒から逃れ、バックステップを踏んで距離を取る。力の作用点を失った棍棒は地面に接し、直径数メートルのクレーターを作っていた。その中心に立つオストラスは数歩下がった俺を見て愉快そうな笑みを創る。


「ほう、腕が折れたというのに随分と無茶をするのお! やっぱり若いもんは元気が違……ん?」


だが、ピタリと動きを止めた。


「お主、折れた腕が治っておるようだが再生能力者(リジェネータ)か!! ほう、こりゃさらに楽しめそうじゃ! いつまで魔力が持つかはわからんがのぉ……」


魔力と言うより、俺の体力が持つかだな。

そんな数瞬の思考の間にも、オストラスは棍棒を縦横無尽に振り回しながら怒涛の勢いで俺を追いかける。

オストラスの扱っている武器は棍棒だ。俺の身長の二倍ほどの大きさもあるそれは取り回しも悪く、かなり扱いずらいはず。だというのに、オストラスの一撃は速く、重い。加えて正確さも非の打ち所がない。


それに俺も、そろそろヤバい。体が……持たない。ここはリスクを度外視してでも……!


「ほぉ!」


逃げの姿勢から一転、俺はオストラスに向かって駆けだした。


「ようやく戦う気になったか! 英雄、よ!」


歓喜の声を上げるオストラスを無視して、俺は全力で飛び込むように拳を繰り出した。紙一重のところでそれは躱され、オストラスの腰を抉る。


「ぐぅぅぅ……」


苦悶の声を漏らしたオストラスだったが、動きは少しも鈍らない。オストラスは避けの姿勢をそのまま攻撃に転化し、斜めに棍棒を振り下ろした。

地面に足をつけ振り向いた俺は、振り下ろされる棍棒に自分から(・・・・)飛び込む。


「なんじゃ、そうきたか!」


こういったリーチの長い武器は、間合いを詰められると威力が殺されることがある。俺が狙ったのはまさにそれだ。オストラスの握る棍棒の付け根。


「あぁぁぁあああ!!」


遠心力をつけて拳を振り下ろすと、オストラスの腕から棍棒が離れる。空中で回る棍棒を蹴って後方に飛ばした直後、空中で体を捻りオストラスの頭に足を滑らせた。


「ぐっ、あぁ!!」


頭を仰け反らせた体勢で、オストラスは足を地面に踏みしめ数メートル引きずられる。顔を上げたオストラスは脳震盪を起こしているのか、頭を押さえふらついていた。その瞬間には、俺が目の前で拳を構えていて―――。


―――オストラスは最初の俺同様、岩に叩き付けられることになった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


オストラスは動かない。その様子に、俺は心底安堵した。危なかった……! 身体強化はあと持って一分半と言ったところだっただろう。一瞬とはいえ攻めに転じた工夫が嵌まって上手くいったのかもしれない。とにかく、ここから離れなければ……そうして、踵を返そうとする。


……ん?


「……足が、動かない!?」


まるで地面と繋がる芯を入れられたかのように、俺の脚が、地面に固定されている。その感覚は足の裏から甲を伝い……この数秒でくるぶしにまで進行していた。

一体何が……そう言おうとしてふと、皮膚が灰色に変わっていることに気が付く。触ってみると、それはまるで()のようにザラザラとしていて硬い。


……石?


そう言えば、オストラスは自分を何と言っていた? 石眼(メデューサ)族族長? メデューサ? メデゥーサ……!!

それに気付いた瞬間、前方から高らかな笑い声が響いた。


「く、はははははは!! 見事な一撃じゃった! ああ、実に見事!」


見れば、オストラスは五体満足でそこに立っていた。頭や口から血を流してはいるものの、余裕の様子で棒を肩に担いでいる。その左目は大きく見開かれ、鈍色に光っていた。


「じゃが、強敵との闘いは一撃がすべてではない。一撃必殺の領域……それはもはや神の領域よ。数撃ワシに食らわせた程度で、油断するではないわ!」

「お前……その目」

「だから言ったじゃろう? ワシは石眼(メデューサ)族族長と。ワシのこの目は魔眼でな。見た者を石に変える能力を持っている」


メデューサって時点で気付くべきだった。

こいつの図体ばかりに目がいって、大事な部分を忘れていたんだ。


「ふっ、アァ!」


何とか勢いをつけて跳ぼうとするが、今やひざ元まで石化しているこの状況。いくら強化された身体能力とはいえ、数メートル程度しか飛べない。その程度の距離、オストラスにはあってないようなものだ。


「くそっ! ……ぐっ」


石化した部分の足を地面に叩き付けて粉々に砕く。今まで感じたものとは系統の違う痛みだった。歯を食い縛りながら足をたてると、そこには母親から生まれる胎児のように新しい足が生えていたが、身体強化を継続しているためにそれもどこかゆっくりとしている。

しかし、その身体強化すら持って後一分と言うところだ。数時間の全力長距離走の後にこれほど無茶な動きをしているのだから、いくら《解放せよ(リリース)》の身体強化と言えど、限界もかなり近い。


「ふはは、再生が遅いのぉ! さすがに魔力が尽きたか! じゃが、休む暇など与えんぞぉ!」

「待ってくれねぇかなぁ!」


そんなこちらの事情も関係なく、足が完治する間もなくオストラスは攻撃を加えてくる。先程の豪快さとは打って変わって、その動きは堅実で隙がない。苦し紛れに放った蹴りも、オストラスの身体を絶望的なほどに少しだけ押し込んだだけで、完全にガードされてしまった。


「隙ありぃぃぃ!」


そうして俺が体勢を崩した瞬間、オストラスは堅実な動きを豪快な動きに転換する。

大振りに振るわれた棍棒が俺の骨を細い枝のように軽くへし折り、バットに打たれる野球ボールのように俺の身体は大きく吹き飛ばされた。


「がっ……くっ!」


今の隙に石化されたのか、右腕が砕け散り、二の腕から下が無くなっている。無理矢理にその場を飛び退きながら、再び隙のない動きに戻ったオストラスを見て、俺はオストラスの意図を悟った。


「こいつの動き······!」


確実に俺を潰すつもりだ。

隙のない動きでこちらの機を伺い、焦る俺の隙を見つけては一撃一撃を着実に入れようとしている。

加えて、あの魔眼で身体の部位を少しずつ石化される以上、俺は攻めることも逃げることも難しい。効果時間があるのかも知れないが、無い可能性もある。“超再生”も傷は治すことができても、こういった状態異常には無力だ。そこまで見抜いた上での、堅実な戦い方。


「天敵だな······!」


身体をバラバラにされて動けない状態で石化されれば、石化した部分を砕き、再生させることも出来ずに俺はたちまちそこらの石になってしまう。

効果が弱まっているとはいえ、俺の知る限りこの“超再生”は無限だ。それに気づかれれば、オストラスは考えうる限り最悪の行動を取ってもおかしくはない······!


「だったら!」


取るべきは逃げの一手。持久戦なんてしてたらこちらが圧倒的不利だ。ならば、生存を重点に置いた方が良いに決まってる。

そう考えて背を向け、オストラスの目につかぬようジグザグに森を駆け抜ける。


「お前さんも分かっているはずじゃろう! 逃げても無駄じゃとな!」

「っ、へぶっ······!?」


しかし、オストラスは回り込んで俺を視界に収め、魔眼を発動させた。オストラスの左目が鈍色に光り、俺の両足の膝の辺りまでが石化する。

途端に俺は足を取られ、転んでしまった。人間の限界を超えた走りの勢いのままに、ゴロゴロと地を転がる。


「······っ」


瞬間、身体から力が抜けた。

先程まで渦巻いていた黒い奔流が一気に霧散する。直後、全身がとてつもない疲労感に襲われた。指一本も動かせない。体力の限界による、《解放せよ(リリース)》の強制解除。


「っ、くそ······!」


ヤバい、これはヤバい。

焦燥に満ちた表情でオストラスを見ると、オストラスは獰猛な笑みを浮かべ、こちらに歩を進めていた。


「ふっはははは! どうした、ピクリとも動けんか! うむ、もう少し楽しみたかったが、これがそなたの全力と言うことだろう。では、ワシは自らが仕事を······?」


しかし、森の入り口辺りで急にオストラスは動きを止める。

まるでパントマイムのように、そこに壁があるが如く空気を撫でていた。


何だ······? 何であいつは何もしてこないんだ?


その瞬間、気付いた。

()()()()()()()()()()()()()

ここは······俺はまさか”魔界“から、出ることができたのか?

俺が呆気に取られていると、オストラスは合点がいったと言う風に、そして残念だというように額に手を置いて、大きくため息をついた。


「······ここは、ロスティクスの小娘の縄張りか。全く、耳が早い。久しぶりの人間じゃからのお。······ああ、実に口惜しい」


オストラスはぶつぶつとしばらく嘆くような仕草をした後、俺を見る。

そして俺から背を向け、大きく声を張り上げた。


「さらばじゃ、人族の英雄よ。叶うならば、再びの再戦を望もう。叶うならば、じゃがな」


意味深な言葉を残し、巨躯は帰っていく。

ズン、ズン、と地鳴りする地面。奴が歩く道は土が大きく捲れ上がり、とても()()()()なっていた。


「はぁ、はぁ······」


荒い息を吐きながら、何とかなったと俺は一つ安堵の息を漏らす。危なかった······本当に危なかった。

少しばかり”超再生“を過信しすぎていた。だからこその、生まれた油断。そして、オストラス自身の強さ。

復讐を果たすと決めたのに、これじゃ何も果たせない。


もっと······もっと力が欲しい。


「······ァァ」


今の思いを叫ぼうとして、結局何も言えなかった。

ただ息をして、例え仮初めだとしても一時の安息を得られたことに安心して、水分補給に“時空の指輪”から治癒薬の瓶を服用し瞳を閉じる。


あと五分だけ。


そう願って、俺は自らの血の池の上で身体を仰向けに寝かせた。

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