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“不死の無能”の神域超越《クロスオーバー》  作者: 大岸瑠璃
第一部 一章 異世界召喚編 追憶の復活
15/17

エピローグ➀『王国では』

□SIDE アルベド王国 王城 訓練場


“S級タレント”たるシュウトのタレントは“超次元射手ウルトラディメンジョンシューター”。その能力は……各属性のエネルギー体複数生成、そして()()ことによるエネルギー球体の超高速射出である。


「そぉら、いくぜっ! ガク!」


シュウトの蹴り上げた光の球体が、空中で分裂して五つほどに増殖する。シュウトが跳躍して逆さまになり、オーバーヘッドキックの要領で下に足を振り下ろすと、五つのボールが一斉にガクに殺到した。

ガクは少しの間呆然としていたものの、空中に円を描いて瞬時に反射魔法を発動させる。


「《反射(リフレクト)》―――《多重展開(マルチプル)》」


ガクの周囲にライトブルーの魔法陣が次々と現れる。その数、10以上。明らかに必要以上の数。いくら“S級タレント”を持つガクとはいえ、この数の障壁魔法を維持するのは至難の業だ。彼の額を流れる汗がそれを物語っている。


「ちょっ! ガク、多すぎ!」


シュウトが戸惑いの声を上げるが、ガクの耳には入っていない。歯を食いしばりながら、ガクは五つの球体を受け止めた。

ドドドドドドドドドドドドドドッ!!!! とボールが連続して跳ねるような音。十を超える壁の間で、五つのボール……球体が激しく行き来を繰り返す。障壁を跳ねた球体はその勢いを増し、色を白からオレンジ、オレンジから赤と色を変化させて激しく明滅している。


「ぐぅ……あっ!」


やがて、ガクは何かを押さえるように組み合わせていた手を何かから弾かれたように離した。瞬間、一気に障壁は全て消え失せ、とてつもないエネルギーを内包した球体はあらぬ方向へ音すら置き去りにしながらすっ飛んでいく。


その一つの球体が王国内最高硬度の訓練用防護障壁を紙のように破り、その先の壁を粉々に破壊する。その光景を見たシュウトは慌てて球体を解除した。


「おい! 大丈夫か、ガク!」


霧散した球体を確認すると、シュウトは激しく呼吸を繰り返すガクに駆け寄り、背中をさする。


「はぁ······はぁ。大丈夫です、続けましょう、シュウト」

「続けるって、お前この状態でか!?」


業務的に立ち上がるガクに、シュウトは声を荒げた。

ほんの半日前、ガクが展開できた障壁はたったの三つ。その展開と維持の後ですらガクは数分の休憩を要していた。だと言うのに、その数倍にも相当する障壁を展開した体の負担はどれ程のものなのか。少なくとも、すぐに訓練を続けられるような状態ではないはずだ。


それは、ガクの苦しげな表情からも汲み取ることが出来る。先程の『失敗』もそう、明らかな負担のサインだったはず。


だが、ガクの目は力を失ってはいなかった。


「いいえ、これでは足りません。少なくとも明日までには十五······いえ、二十は展開できるようにならなければ」

「二十ってお前······それは無茶だ!」

「······いえ、やらなければならないんです。わた、しが······」

「っ! ガクっ!」


足をふらつかせ、ガクッと姿勢を落としたガクを、シュウトが肩で支える。顔を覗き込むと、ガクは肩を激しく上下させながら瞳を閉じていた。


「······ガク? ガク?」

「······」


シュウトが揺さぶってみるがガクに反応はない。息はしているようなので、生きてはいる。ただ、気絶しているだけだ。


「焦っても無駄だろうが······体壊しちゃ本末転倒だろ······」


呆れたように呟きながら、シュウトはかいた冷や汗を拭き取る。そのままガクを担ぎ、救護室まで歩き始めた。


◆ ◆ ◆


シュウトがガクを担いで訓練場横の救護室へ訪れた後、シュウトはガクをベッドに寝かせ、隣の椅子に腰を下ろした。

濡れるような金髪に指を這わせ、端正な顔を歪ませてシュウトは小さくため息を吐く。その視線の先では、ようやく安定した呼吸を取り戻したガクが優しい顔つきで目を閉じていた。


「シズク……どこ行っちまったんだよ……」


今はいない友人の名をシュウトは呟く。それこそが、ガクが急に必死になり始めた理由だった。

シズクと、イチルの失踪。昨夜、シュウトたち“転移者”たちは一つに集められ、このことをアルクから聞いていたのだ。

アルク曰く、二人の生命反応……つまり居場所は何故か(・・・)魔族の支配領域“魔界”にあった。

“魔族”の恐ろしさは『記憶』でシュウトもよく知っている。シュウトだって、イチルもそうだが、長年の友人であるシズクが心配でならなかった。だが、今助け方も分からない、そして魔族に勝てるかもわからない、そんな状況に拳を握りしめていただけだった。


その場にいた貴族、神官たちもシズクの心配で騒ぎ立て、対してイチルを心配する様子は全く見せず、それどころかシズクを遭難させたのはあの“無能”に違いないと、むしろ愉しそうにざわめいていた。


だが、ガクは違った。その知らせを聞くな否やガクは、焦燥に満ちた表情を浮かべ、王城を飛び出す勢いで走り出したのだ。勿論、みんなが止めた。止めた中にシュウトだっていた。だが、それでもガクは諦め悪く、足掻き続けた。あれほど焦った表情を浮かべたガクをシュウトは見たことがない。


それからだ。今日の早朝、シュウトはガクに叩き起こされ訓練に誘われた。

多分、ガクは“強さ”が欲しいのだろう。そう悟ったから、寝不足で眠気に精神を苛まれていたシュウトもガクに付き合った。勝手に城を出ていくよりは数十倍ましだろうと、そう考えて。


その時はまだ空は暗く、殆ど夜と言っていいほどの時間だった。

みなが寝静まる中……ガクは、いつも以上に自分を追い込んでいた。魔力量、術式の制御、ガクが特に得意とする“反射魔法”の強度に至るまで前の日とは比べ物にならないほど力を入れていたはずだ。それを朝まで続ければ、疲れ果てて、気絶するのも仕方がない。


やさしさに満ちた表情で、労わるようにシュウトがガクの頭を撫でるとガクは静かに目を覚ました。


「······ぅ、ここは······」

「救護室だよ。起きたか、ガク」


ガクの頭を撫でながら、シュウトは出来るだけ優しく声を掛ける。


「……今は?」


時間のことを言っているのだろう。シュウトが窓を開けると、王都で窪んだ地平線から朝日が覗いていた。


「……もう朝だよ」

「……っ、そん、な……シュウト、申し訳ありませんが、練習場に……うっ」

「ガクっ!!」


朝日を見て目に見えるほどの動揺を見せると、ガクは突如ベッドから降りる。その後、シュウトに訓練の続行を頼もうとしたが、足に力が入らなくなったように倒れてしまった。それを見て、シュウトはガクの元に駆け寄り、肩を貸す。


「無理すんなって……! 今は休んどけ、な?」


しかし、ガクは首を振る。


「お願いです、シュウト……! シズクさんが……シズクさんが、死んでしまうかもしれないんです!! 耐えられない、私には……何も、できないなんて……」

「ガク……」


項垂れる前に一瞬見せたガクの表情は、焦燥と悔しさが織り混ぜになっていた。そんなガクを見て、シュウトは歯を食いしばる。シュウトだって、出来ることならすぐに城を出て“魔界”へ行きシズクとイチルを助け出したいのだ。しかし、シュウトはそれが無謀であることを知っている。ガクだって分かっているはずだ。


だからこそ、出来る限り(・・・・・)体に負担をかけてまで手を尽くそうとしている。自分ができることに。


なんと言葉を掛ければいいのか、シュウトにはわからなかった。だからシュウトは、ガクの頭を撫でながら、笑って、言いたいことだけを言った。出来るだけ優しく、狂乱の中にある親友の心を鎮めるために。同時に、自分の心も。


「ガク、お前はすげえよ……。そんなに、友達の為に、必死になれるんだから……」

「…………」

「俺だって、助けに行きてえよ……! 俺たち三人で、また、楽しく喋ったりしてえよ……」


シュウトが話しながら思い出していたのは、地球にいたときの三人の会話。あれが、あの日常が、今はとてつもなく愛おしい。胸がズキッと痛んで、シュウトの目から、澄んだ雫が流れ落ちた。その雫は頬を伝い、首から体に流れていく。


「でも、ダメなんだ。今の俺たちじゃ、シズクを迎えには、行けない」


そう。方角も分からないまま“魔界”を見つけ、そこに巣食う魔物を蹴散らし、ガクやシュウトの力を優に超える“番人”を倒して、シズクを助け出すなどという理想は……所詮理想だ。

助けに動けはする、けど実際的には何もできない。動いても、結果が分かっている。そんなもどかしさに、ガクも、……シュウトも焦っている。

だからこそシュウトは『止める側』についた。そのもどかしさに身を任せることで訪れるかもしれない、『最悪』を逃れるために。


だから、


「だから、きっと大丈夫だ。待とうぜ、シズクが返ってくる日を」


シュウトは魔法の言葉を、子供騙しの無責任な励ましを、ガクに、そして自分に贈った。


「あいつの性格、分かってんだろ? 傷を治す魔法だって使えるし……王国の人が探してくれてる。きっといつか、ひょこっと顔出して帰ってくるって……」


俯いたガクの表情は、陰に隠されてシュウトからはわからない。

―――だが、きっと俺と同じ顔をしているだろう。そう思ってシュウトは、涙に濡れた自分の引きつった笑顔を、友達を見捨てたという罪悪感と共に胸に押し込めた。


◆ ◆ ◆

□SIDE アルベド王国 王城


ガクとシュウトが救護室を訪れる、少し前のこと。


「アルクさん、お疲れ様です」

「ああ、お疲れ様」


書類を詰めていた教会騎士の最後の一人を見送り、口元を湿らそうとアルクは手元のお湯に手を付けた。それがお茶や紅茶でないのは“穢れあるものを口にしてはならない”という聖浄教会の教義に関係する。“穢れあるもの”にはお茶葉や砂糖などの調味料も入るためだ。逆に、紛れもののない水は聖浄なるものの象徴として挙げられている。


しかし、これを実践する者は中々いない。この教義自体に強制力がないこともそうだが、最もたる理由は実践が非常に難しいからだ。味気ない毎日の食事を誰が望むだろう。それと同じように、体面的には実践しているが、アルクもまたこの教義を面倒だと思っていた。


()()()()()()()()()()()()()()であるアルクが……だ。


「ひとまず異世界人召喚は成功……加えて、王城内への不穏分子も作ることができた。想定外の『無能』の排除も完了。異世界人を一つ失ったが、それも十分な成果に繋がった」


カップを置き、アルクはブツブツと呟きを漏らす。それはアルクの取り組む書類とは全く関係のない呟きだったが……むしろ、こちらの方がアルクにとって意味を持っているように思える。アルクはある程度の呟きを漏らした後席を立ちあがり、机の上に積もっていた書類を纏めてゴミ箱に捨ててその部屋を出た。


窓の外の光景は暗く、日は既に落ちている。

それも深夜の時間帯だ。一部の使用人を除いて殆どの城の人間は眠りに就いていた。故に、すれ違う者などいる訳もない。見た目で言えば中年期を超えているはずのアルクの歩きは、いつもとは違い年齢を感じさせないほどには業務的で軽かった。


ある廊下の突き当たりにたどり着くと、アルクは壁のブロックを押し出す。すると、壁がせり出して道が現れた。


「確か……ここをこうして……こうか」


隠し扉の防護として配置しておいた魔術を手順に沿っててきぱきと解除し、アルクは隠された道を通る。

その先は、城の外だった。神聖な法衣服を地面に垂らして汚しながら……護衛もつれず、アルクは十分に距離を置いてから遠くにそびえる王城を眺めた。


「王国の任務は終了…………次は帝国か」


そう言ってアルクは……法衣服を脱ぎ捨てる。

瞬間、周囲の空間がグニャリと歪んだ。その空間の中で、アルクの姿が変わっていく。


しわがれた肌は張りはあるものの、悩ましげなしわのある皮膚に。

シュンとした白髪はアフロのように爆発した刺々しい黒茶髪に。

そして……体には、黒の布地に金色の刺繍を施したローブが。


奇妙な男だった。


奇妙な風体、奇妙な衣服、奇妙な髪型。

西洋と中華人のハーフのような顔つきで、黄金に光る瞳は極めて機械的に王城をしっかりと見据えている。


そして、男の周囲には『闇』が侍るように漂っていた。


「さて、『新王』の擁立も急がなくてはならない。『大罪姫』の準備も進めなければ……」


その言葉を最後に、男は王城を一瞥し、踵を返す。

王都の窪んだ地平線から覗く朝日が、後光のように男の背中を照らした。


司祭長アルクを演じるのはこれで終わりだ……そして、またここから始まる。全てはそう―――


―――この世の救済のために」

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