プロローグ
蝉が五月蠅く合唱を続ける8月の夏休み。
今日もバカみたいな暑さと青空が広がっている。
「今日もクソ暑いな」
早朝といえど暑いものは暑い
自然と一つ嘆息してしまう。
今、まさに青春を謳歌する夏休み真っ只中な訳だが、
遊びに出掛けるような特段仲のいい友達がいる訳でもなく、自ら進んで夏休みの宿題をするわけでもタイプでも無い俺は新聞配達のバイトのシフトを増やしていた。
「っし・・これで最後か」
自転車から降り最後の配達場所である伊奈水神社の石段の登ってく。
ようやく石段の頂上に近づくと赤い鳥居とその奥にある御神木の桜の木が見えてくる。鳥居の真ん中にどっしりとたたずむような配置になるこの正面からの光景は中々、神秘的であり何気にお気に入りだ。
なんでも夏の終わりに花を咲かせる不思議な品種で夏桜と言うらしい。石段を登りきり鳥居の手前で御神木の前に人影があるのが目に入った。
「こんな朝早くから珍しいな」
不審に思いながらも配達場所である社務所がこの先にあるので御神木の横を通らなければはらない。諦めて、仕方なく歩を進める
近づいてみると人影は同い年くらいであろう麦帽子を被った女の子のようだ。
「君は痛くないの?」
細く、小鳥が囀るような綺麗な声が問いかける。
その意味不明な問いが自分に向けられたものだと思い、驚いて足が止まる、しかし彼女は御神木を見つめたまま視線を動かさない。
彼女は桜の木に向かって問いかけていたようだ。
出来るだけ人と接したくない俺はどこか心の中で安堵した。しかし、木に話しかけるなんて普通じゃないのは明白だ。早々に立ち去ろうと決心する。
「ーーいー!ーーーゆいーーー!!」
遠くで誰かの名前を呼んでいる声がする
目の前で奇妙な問いかけをしていた彼女を呼ぶ声だったのか、彼女が気が付き慌てて踵を返す。
「うわっ!!」
どこから出したのか、出所が不明な場所から彼女の悲鳴が発せられる。まさか後ろに人がいるとは思わなかったのだろう驚いて後ろに踏鞴を踏み倒れそうになるのを不覚にも反射的に手が出てしまい彼女の腕を掴んでしまった。
一瞬、時が止まった。
胸の辺りまである淡い栗色の髪に、透き通った虎目石の色の双眸と整った顔立ちをしている。清楚系の代表格である(と、クラスの女子が同士が話していた)白いワンピースを着こなす彼女は誰に聞いても美人と答えるだろう。
その双眸からは涙が溢れ紅潮した頬を伝っていた
「あ、あの・・・」
「あ!・・悪い」
突然の出来事に思考停止していまい、すっかり忘れて掴み続けていた腕を慌てて放す
彼女は慌てて視線を落とし麦わら帽子で顔がみえなくなる。両手で涙を拭い去り視線をあげた。
「ありがとうっ」
と少しでも力を加えると崩れ落ちてしまうような笑顔を無理矢理つくって自分を呼ぶ声の方へ走り去って行った。
それが彼女との初めての出会いだった。