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巡士考太が本を熟読していると、そのすぐ後ろをバタバタという足音が走り去った。しかも、その足音は一人では無かった。過ぎ去った足音の主を見やれば、そこには双子がキャッキャと笑いながら駆けていた。その双子は見た所、下級生だと分かった。巡士考太は、図書館で騒ぐ双子を注意しようと立ち上がる。遊ぶなら外で遊んで欲しい、という巡士考太が脳裏で呟きながら双子へと近づく。どんどんと双子との距離が縮まる。
……すると、今まで騒いでいた双子の片割れが巡士考太に気づき、もう片方の片割れに合図を送った。すると、四つの目が巡士考太を襲い掛かる。彼はハッとなり足を止めた。(実は巡士考太は気づかなかったが、自分たち以外が誰も動いていなかった)双子は目を見開き、突っ立っている巡士考太の姿を視野に入れると、まるで小馬鹿にしたような態度でクスクスと嘲笑い始める。それが彼には酷く不快であり、同時に不気味に思えた。
嫌な汗が額から滲みだす。背筋には何とも言えない悪寒が下から這い上がって来る。ブルリッ、と身体を震わせながら、巡士考太は少しだけ蒼い顔をしながら、双子に声をかける。
「図書館で走り回るのは他の人の迷惑になる」
「「そうなの?」」
「(当たり前だろう)ああ、そうだ」
巡士考太の言葉にキョトンとした子供らしい顔をする双子に、彼は呆れながら重くなる頭を右手で抑えた。そんな彼を見つめていた双子は少しだけ嬉しそうに頬を緩ませると、顔を見合わせて小さく頷き合った。双子の無言のやりとりを感心した顔で見守っていた。彼の中ではリアルで見る双子の神秘に立ち合い、小さな感動を起こしていたのだ。双子はまるで図ったかのように彼へ視線を向けた。
「ねえ、『考太』お兄ちゃん」
双子の片割れが巡士考太の名を口に出した。しかし彼は、驚きはしない。何故なら名札には堂々と自分の名前がひらがな付きで書かれてあるからだ。
「ん?」
「考太お兄ちゃんは、図書館で何を調べていたの?」
「そうだな……。まあ、簡単な話、この学校の歴史について調べていたんだ」
「へー……、どうして?」
「どうして、どうして?」
便乗するように黙っていた片割れが口ずさむ。まるで山びこのようだと思いながらも、巡士考太は特に疑問に思うことなく答える。すると双子は同時に笑顔を見せた。何故か彼はその笑みが酷く歪に見えた。
「「もしかして『愛男』お兄ちゃんのこと?」」
嬉しそうな声で飛び出された言葉に彼は息を呑んだ。心臓を鷲掴みにされたような鈍い痛みが左胸に起こる。そんな彼の様子を面白可笑しそうに見つめる双子は、それぞれ左右に首を傾げて「どーしたの?」と口にする(……この時彼は、何故自分が愛男の事について調べていることが分かったのか疑問に持つことは無かった、いや気づけなかった)。
「どうして愛男の事を知ってる? 何か知っているのか?」
巡士考太の言葉に双子はクスクスと笑い「知ってるよ」と口にした。彼は一歩前へ踏み出し、声を上げる。
「教えてくれ! 愛男はどこにいる!?」
巡士考太は自分の出した声に驚いた。まさか自分でもこんな切羽詰まった声が出るなどとは、思わなかったからだ。しかし双子はそんな彼の声になど物ともせず、クスクスと笑って「「今は駄目」」と答えたのであった。
双子はまるで内緒話をするかのように、口元に人差し指を当てて「「シィー……」」と口にする。そしてクスクスと笑う。
巡士考太には、その笑い声が耳障りであったが、声に出さないことにした。耐えるように彼が突っ立っていると、双子は漸く答えてくれる。
「……きて」
「え?」
「今日、夜の学校に来てよ。そしたら教えてあげる」
双子はそう言ってクスクスとまた不気味に笑うと、双子同士、顔を見合わせて無邪気に笑う。そして「「じゃあね~、考太お兄ちゃん」」と告げ、またバタバタと足音を立てて出入り口へと行ってしまう。彼は双子の行動を叱ろうと思ったが、そこで漸く彼は気づいたのである。
「……おい、なんで今まで誰も言わなかったんだ?」
彼の唖然とも取れる声が図書室内に零れ、霧散された。少し離れた所で先生が生徒を注意する声が飛んだ。