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彼が保健室を出ると同時に終了を告げるチャイムが鳴った。それを耳にしながら巡士考太はブラブラと目的も無く歩き出し始めた。何処かフラフラとした覚束ない足取りをする彼の姿は何だか酔っ払いのようにも見えた。そんな彼の元に、バタバタという激しい足音を出しながら「考太く~ん!」という声が廊下を賑わせた。彼がその声に肩を震わせて嫌々ながら声がした後方を振り返れば、そこには息を切らせながら走る夕日シホがいた。彼女は巡士考太を見つけると焦っていた顔から一変し、まるで飼い主を見つけた犬のように喜びながら駆け寄ってきた。耳と尻尾が残像のように見え隠れする。しかし巡士考太は親に見つかった様なしかめっ面を見せて、両肩の力をダラリ……と落とした。
「なんだよ、シホ」
「なんだよ、じゃないよ! 考太くん、何も言わずにどこか行っちゃうから先生も私も困っちゃったんだから!!」
もう~! という意味にならない言葉を放ち憤慨する彼女は顔が真っ赤に染まっていた。走った影響であろう。林檎頬っぺたになった夕日シホを流し目で見つめる中で、巡士考太は彼女の言葉に疑問を持った。
「……先生はともかくなんでお前が困るんだよ」
巡士考太の呟きを聞いた夕日シホは「へ?!」と間の抜けた声を上げた。そして目を見張り、先ほどまでの威勢が消え失せた。彼は雰囲気の変わった彼女の様子に首を傾げるも、特に気にすることは無かった。とりあえず彼は彼女の追撃がこれ以上ない事を知るや否や、とても良い顔をしてクルリッと彼女に背を向け歩き始めた。
――対する彼女はオドオドとして顔以外にも耳まで真っ赤に染めて手遊びをしていた。彼女の口から零れ出る「あ」やら「う」、しまいには「はわわ」という謎の言葉を口に出しながら、彼女はプルプルと震えながら何かに耐えるように目を瞑っていた。そして彼女は彼の姿が其処にはない事を知らず、彼女は唐突に「そ、それは……」という言葉を吐きだし、ポツリと蚊の鳴くような声で呟くのであった。
「好きだから」
そして彼女が意を決して呟いたと同時に、居るであろう彼に向けて目線を上げれば、そこには誰もおらず夕日シホはキョトンと目を丸くしたと同時に、先ほどとは明らかに違う雰囲気の顔の赤みを走らせながら声を荒げた。
「こら~! どこ行った、考太~!!」
天井に向けて怒りの拳を振り回し始める彼女。声を聞きつけてきたクラスメイトたちは、彼女のそんな奇行を見てギョッとするものの、口に出す言葉で全てを察し、彼女を宥めかせるのに精を出すことになる。
ちなみに巡士考太は涼しい顔で廊下を歩きながら夕日シホの怒声を耳にして「やっべ、気付いた」と零したのであった。彼は内心で(くわばら、くわばら……)と肩を小さくして歩きながら、休み時間(しかも長い方)を利用して、とある場所へと向かっていた。階段を上り、最上階の四階に到着すると、左へ目を向ける。するとそこには扉があり、部屋の内容を示す表札には黒いゴシック体の字で【図書室】と書かれてあった。彼はそんな場所を見上げて小さく笑みを零し、中へと入って行った。