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紙パックの中身を勢い良く吸い上げる音が保健室を響かせる。それを静かに「はしたないわよ」と咎める保険医を横目に入れながら、巡士考太はストローから口を放した。ヘコんでしまった紙パックを手持ち無沙汰に持ちながら「すみませーん」と謝罪を口にする。けれど、少しも反省している雰囲気は無く。保険医もそれを分かっていながら更なるお小言は向けなかった。むしろ謝罪を口にしたことで全てを許し「良い子」という一言で終わらせた。
その時、部屋にチャイムの音が鳴り響く。休みが終わり、次の授業が始まった合図である。巡士考太はそれを静かに聞き流し、隣に腰かけている保険医へと目を向けた。
「それで、考太くん。授業始まっちゃったけど、どうするの?」
「行きませんよ、つまらないし」
「もう! そういう悪い子はいけないわよ~!! 良い子なんだから、授業はしっかり出ないと!!!」
「……どっちなんですか、僕」
呆れたような呟きがポロリ、と零れ落ちる。頬を膨らませ、プンプンという副音声が聞こえてくる。そんな保険医に困惑をしながら、巡士考太は「はあ」という溜息を零した。そうして少しばかり間が空く。部屋の外で小鳥がチュチュチュン、という囀りがする。そしてパタタタ、という羽根が羽ばたく音を耳にした時、保険医が何気なく口を開かせた。
「まあ、でも、無理か。考太くん、愛男くんと仲が良かったし」
「先生、何か知りませんか?」
「そうだな~……、考太くんに教えられることは少ないかな~。ごめんね、大人は汚いから」
申し訳なさそうに眉を下げる保険医を目にし、彼は目を閉じて「いいえ」と答えた。彼もまた保険医の答えに少なからず察していた雰囲気であった。そんな彼の態度に苦笑を交えながら見つめる保険医は、ふと思い出したように「あ」と口にした。
「でも、一つだけ言えることはあるのを思い出したわ~」
そう言ってニッコリと笑いだす保険医。それにゆっくりとした動作で巡士考太が彼女へと顔を向ける。僅かながらの期待で目を輝かせている彼に、彼女は口元を緩ませる。
「この学校には、少しだけ禁止されていたことが合ったの。でも最近になってそれが解禁されて、遊べるようになったのよ~」
「禁止されて、最近解禁になった……?」
――まさか。
保険医の言葉を耳にしながら、巡士考太の中で一つの存在が思い浮かばれた。そう言えば最近、確かに彼女が言うように解禁になったモノがあったのだ。
「「なわとび」」
呟かれた言葉がまるで図ったかのようなタイミングで重なり合う。……奇妙な空気が生まれる。彼の目が細められ、保険医を静かに見つめる。
「我が校【次女川小】には、少し前に今回のような事件が合ったの。その時も、丁度今回のように“なわとび”の練習中に行方不明になった。それも同じ放課後に」
「それで一時的に禁止になったんですね。でも、どうして解禁に?」
「なんでも、お祓いをしたらしくてね~。それで大丈夫! て、なって解禁になったらしいの」
そう告げられ、巡士考太は半ば呆れた顔を見せた。それを目にした保険医は苦笑し、苦し紛れの笑いをそっと上げた。何とも言えない空気が少し流れるも、またしても「あ」という彼女の呟きが飛び出た。
「でも、条件があったらしくてね」
「条件?」
「ええ、それが“放課後の練習は禁止”という内容だったの」
「…………それで今回の事が起こった」
彼の言葉に彼女は重深く頷く。力強い頷きを目にし、互いが深刻そうな顔つきとなる。
「多分なんだけど、愛男くんはタブーを犯しちゃったのね。まあ、学校側も徹底していたわけじゃ無いから落ち度はあるけど」
「つまり、タブーを犯したから愛男は行方不明に? でも、誰に?」
「……さあ、そこまでは」
苦笑して申し訳なさそうにする彼女を目にし、彼の目つきが変わった。
――嘘だな。
即座に彼は心の淵に吐き捨てた。そして、中身の空っぽとなった紙パックをゴミ箱へと捨てようとソファから立ち上がる。そして、もう此処にいる必要性を感じないと思った彼が捨てる流れで部屋を出ようとした時、保険医が立ち上がった。
「駄目だよ、考太くん」
そう呼び止める彼女に、彼の足が僅かに止める。引き戸に手を掛ける彼が、振り向き「何が、ですか?」と零した。どこか厳しい眼差しを向ける保険医を見つめ、笑みが溢れる。
「タブーを犯そうとすると、明日は無いよ」
「……そうですか、でも。モブ男の明日も、もう無いんですよね?」
そう言い放てば、息をつめて悔しそうな顔をする保険医が映った。巡士考太は「すみません」と笑みを交えて謝罪をして、一言「失礼しました」と退室の言葉を残して保健室を後にした。
引き戸を閉める際、彼が徐に呟きを口にした。
「教えてくれてありがとう、義姉さん」