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チャイムが鳴り、授業が終わる。先生が一言「今日は此処まで」と言えば、生徒全員がホッとしたような息を吐いた。そして先生が教室から出れば、今度はお祭り騒ぎのようにガヤガヤと賑やかになった。
巡士考太は、その賑やかさで漸く授業が終わったことを知り、目を覚ました。
「ふぁ~!!」
大欠伸とともに大きな伸びをする巡士考太。すると、彼の関節がポキポキッ、というほぐれた音が僅かに聞こえた。そんな寝起きの彼を左隣に座る彼女は目敏く見つけ、睨みつけた。
「何が“ふぁ~!”なの!? もう、授業中に寝るだなんて!!」
プンプン、という効果音が今にも聞こえてきそうなほどに怒りを見せる彼女、夕日シホ。そんな彼女を横目にやりながら、巡士考太は寝ぼけた頭を軽く叩きながら、ポリポリと頭皮を掻き出す。そんな姿を目の当たりにした夕日シホは、脱力をしながらも咎めの眼差しだけは残したままであった。それに気づいた彼もまた逃げられないと悟ったのか、仕方ないとばかりに肩を落として「わりぃ、わりぃ」と口にした。
どうみても悪気た雰囲気を思わせないその素振りに、夕日シホは再び口を開かせた時、彼女の元にクラスメイトの女の子が声を掛けてくる。
「シーホ! なーにしてんの?」
突如として現れる女の子に夕日シホの意識がそちらへと向く。巡士考太は、それをシメシメと思い込み、含み笑い一つ零しながら席を立つ。彼女の睨みが飛ぶものの、彼は気にする素振りも無く、教室を後にした。
ガラッ、と引き戸を開け廊下へと出る。教室内とは打って変わりヒヤリッ、とした涼し気な空気が彼を出迎えた。中と外、此処まで違うものか。と場違いな事を思いながらも巡士考太は、ペタペタと上履きを踏み鳴らしながら歩き出す。時たま、クラスメイトやなじみ深い友達が彼に声をかける。それに受け答えしながら、彼は歩を緩める事無く、歩き続けた。
――一番手っ取り早いのって、やっぱりあそこか?
そんな思いを馳せながら、巡士考太はゆったりとした足取りで一人、とある場所へと向かった。教室を出た廊下を右へと曲がり、突き当りに行きつけばまた右へ、そして渡り廊下を進み二手に分かれる道が出てくると今度はそこを左へと進んだ。
そうして辿り着いたのは彼の目指していたとある場所であった。部屋を示す表札には【保健室】と書かれていた。彼は引き戸の前に立ち、しばし何かを考える素振りをしながら、やがて何を思ったのかお腹を抱えながら引き戸の戸を叩いた。
コンコン、ノックを二回すれば、部屋の主が「はあい」という間の抜けた声が聞こえた。それに小さく笑いながら引き戸を開ければ、白い白衣を身に纏う三十代(女性)の姿があった。笑い皺が何とも優し気な顔を見せる保険医に、巡士考太は苦しそうな笑みを見せながら、部屋へと入室した。
「あらあら、考太くん。今日は一体、どうしたのかしらぁ?」
ニコニコと笑い、右頬に手を添えて不思議そうに問いかけてくる保険医を尻目に、彼は苦笑を交えて苦しそうな声を演じて出した。
「実は少し……お腹が痛くなってしまって」
「あらあら、それは大変ね~。じゃあ、キャベジンね。苦いだろうけど我慢してね」
そう言って備え付けられた冷蔵庫を遠慮なく開けだす保険医。ゴソゴソ、という効果音を出しながら「あれあれ~?」と不思議がる声を出しながら目的のモノを探す保険医。そうして「ああ、あった! あった!」と声を上げて、冷蔵庫から顔を上げてニッコリと笑う。
「はぁ~い、どうぞ」
ニコニコと笑い、彼に手渡されたキャベジン…………ではなく、普通の紙パックジュース(それもオレンジであった)。目を丸くする彼が、ハッとして顔を上げれば保険医は優し気な笑みで言い放った。
「仮病はもうちょっと上手くやらないと駄目だよぉ~」
「…………そのようですね」
肩を落とし、お腹を押さえていた手を放すと、オレンジジュースの紙パックを受け取った。保険医は嬉しそうに紙パックを手渡すと、白衣を翻し備え付けのソファに身を沈めた。
「それで、何の用かな?」