girl's side
地元の道の駅の五周年イベント。
周辺道路には駐車場に入り切らない車が溢れている。
太陽が山の端に落ち、置き去りにされた光線が薄くきらめく黄昏時。
「こんばんはー! ジィフルフルーツ、フルフルー☆ベリー!!」
真っ赤な衣装の少女が、ギラギラとしたライトに照らされた屋外ステージに、勢い良く飛び出してくる。
「同じく、フルフル☆ミント!」
次は淡いグリーンのボーイッシュな女の子。
「フルフル☆パイン!」
一番大きく胸の開いた衣装はイエローパイン。
そして……。
「みんなーげんきー!? フルフル☆ピーチ!」
最後に飛び出したのは、小粒だけどとびきりパワフルピンクの女の子。
「ももちゃぁぁぁぁぁーーん」
私は声を限りに叫んだ。
ご当地アイドルジィフルフルーツメンバー、フルフル☆ピーチのももちゃんは、私のクラスメイトの有松瑠奈なのだ。
私の隣では私と同じももちゃんファンクラブ員の健が、ももちゃんコールをしている。健としては頑張ってるんだろうけど。奴の表情筋ははっきりいって死滅している。
「ケン! 声がちっさい! ファンクラブでしょー!」
健は横目でちろりと私をにらむと、大きく息を吸い、ヤケクソのようにももちゃんコールをはじめる。
熱狂のステージ。
彼女たちの歌とダンスが、観客を別世界へと連れて行く。
ドォォォーーン。
曲が終わると同時に打ち上げられた花火は、夜空に大きな輪を描いた。
普段の瑠奈はステージ上とは打って変わって、うつむきがちなおとなしい女の子だ。高校に入学してもなかなかクラスに溶け込めずにいた瑠奈に、私は思い切って声をかけた。
打ち解けてみれば瑠奈はすっごくいい子で、私はファンクラブにまで入ってしまい、休みの日にも瑠奈を追いかけ回している始末なのである。
そんな瑠奈の様子が少しおかしいと思いだしたのは、二学期の後半くらいからだったろうか。
以前からおとなしい子だったけど、更に口数が少なくなり、ぼうっとすることが多くなった。そして、その視線の先にはだいたい決まった男の子がいる。
健。
最初、私は心の中で「まさか」って否定した。アイドルの瑠奈があんなに普通……あの表情のなさは普通じゃないけど、魅力とはいい難い……の男の子を? って思った。
でも、日に日に「まさか」は確信に変わっていく。
「由美子、あのね……私、バレンタインデーにチョコを渡したい人がいるんだけどね……」
だからそう言われたときには「健でしょ?」と言いながら、いたずらっぽく笑ってみせた。
「え……気づいてたの! あの……いいの?」
「いいってなにが? 別に私の許可なんて……あ! でも、言ってくれたのは嬉しい。もしかして手作りするの? 手伝おっか?」
ちょっとした好奇心といつものおせっかい。
「……うん。手作りしたいけど……あの……でも……」
不安げな瑠奈の顔。
「瑠奈、友達に彼氏ができたからって態度変えるような奴だとは思ってないよね?」
ちょっと怒ったように言うと、ようやく瑠奈の顔にも笑顔が浮かんだ。
瑠奈が健にチョコを渡したら、カップル成立だろうな。
だって健は瑠奈のこと「かわいい」っていっつも言ってるしさ。
そうかあ。カップル成立かあ。
ずきん。
?
なにこれずきんって。
それからというもの、時間のある時は瑠奈と一緒にチョコ作りである。
「バレンタインはチョコよりラッピングだね!」
二人の辿り着いた結論だ。下手にケーキなんて焼くより、生チョコあたりにしておいて、トレーとか包装紙に凝ったほうが断然イける!
瑠奈とチョコを作るのは楽しいし、かわいいラッピングを探して雑貨屋めぐりするのもすごく楽しいのに……。
私の心の中に生まれたズキズキはどんどん大きくなっていく。
最近は健のことばかりに思考が向いてしまう。
小さい頃、健は私のことを嫌っていたんだと思う。でもなぜだかほっとけなくて、ついて回って、鉄棒から突き落とされたのだって実はちゃんと覚えてる。
よく考えれば酷い奴だ!
なのになんでだろう。健といると肩から力が抜けていく。一緒にいてすごく楽だった。
だけど今は……健のことを考えると、胸が痛い。
自覚してしまうともう、苦しくて仕方がない。
こんな気持ちを抱えたまま、二人のそばにずっといなくちゃいけない。
そう考えたら、息の仕方もわからなくなってくる。
瑠奈に真実を告げる。それだって、すごく怖い。瑠奈をなくしてしまうかもしれない。でも……。
私がなけなしの勇気をようやく振り絞ったのは、バレンタイン前日だった。
「ごめん瑠奈。今日はチョコ作り、手伝えないの」
深呼吸。
「あの、私もチョコを……渡そうと思うの健のにっ!」
最後は一気に言ったら、あんまり早口だったせいで噛んでしまったぁ!
「ほんとにごめん! 嘘つくつもりじゃなくて……自分でも気づいて無くて……で、あの、瑠奈が最初に渡して! 私その後でちゃんと玉砕するから!」
ちょこんと小首をかしげて私を眺めていた瑠奈が、ぷっと吹き出した。
「ほんと、由美子って自分のことは鈍感なんだから……」
そんな声がしたと思ったら、瑠奈の白くてかわいい小指が私の前にあった。
「え?」
私が困惑していると瑠奈が言った。
「約束。お互い、どんな結果になっても友達でいる。ね?」
この一言で、私の涙腺は決壊してしまった。
「瑠奈っ! 大好きっ!」
私は指切りの小指を差し出した瑠奈ごと抱きしめていた。
大好きな男の子のために、とびっきりのチョコ。(というか、ラッピング)
瑠奈に自分の気持ちを言えたことで、少しだけ自分が変わったような気がした。
私の初めてのバレンタインはちょっと涙の味がして、ちょっと優しい味がして、それから……その先はまだわからないけど……。
どんな味がしても、大切にしたいって今は思っている。
一日遅れのバレンタインだ。
ふわりふわりと雪が舞いはじめる中、私は健を待ち伏せる。
家から出てきたアイツは私を見つけるとびっくりしたような顔をして
「何してんの?」
なんて可愛くないことを言う。
「えっと……一日遅れちゃったけど、貰ってください!」
ペコって頭を下げながら差し出した私の手の中には、真っ白な包装紙に金や銀や淡いブルーのカールリボンに包まれた小箱。
「……うそだろ?」
私の手の中を見つめた健は呟いた。
はあ?
「ウソって何!?」
私はくわっと健を睨み上げた。
「いや……だって由美子、瑠奈が俺にチョコ渡すって知ってたんだろ?」
うーわー、なにこのいけ好かない男!!
「だーかーらー! 玉砕覚悟で告白してんだろーが! ごめんでもいいから受け取れバカ!」
そう言ったら、健がくりっと目を見開いて、それからブハッと盛大に吹き出した。
健の手が差し出される。
「 、 」
届いた言葉に私の涙腺がまたもや決壊するのは、もう少しだけ、後のこと。
<了>
こちらのお話は、日下部良介さん主催「バレンタイン企画」の参加作品です。
一話3000文字縛りが、後半きつかった!
その他の参加作品につきましては、『告白2018』で、検索してみてください。