表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

マジックアーツ

1

薄れていく意識の中、最後にみたあいつの顔は退屈そうな顔であった。

神童と謳われた俺とあいつの久しぶりの試合は、あっさりと俺の気絶という形で終わった。

そこに悔しいとか見返してやるだとかいう感情は起こらず、ただただ納得するだけだった。

結局、俺は年齢を考えるとできる方でしかなく、本物の神童――、いや天才にはかなわないのだと……。

そして、その次の日から俺の生活は一変するのだろうと、その時は思ったのだった。しかし、次の日になろうとも何も変わらず日々は過ごすことになる。

絶対的な壁を目の前にしたところで、俺は『マジックアーツ』中心の日常をやめることはできなかった。

それが『マジックアーツ』を好きだからなのか、それとも、あの顔には退屈さの中に、少し寂しさが見えた気がしたことがひっかかっているからなのか。それはよく分かっていない。

ただ1つ言えることがあるのだとしたら、きっとそれはあいつを負かしたとき分かるだろうという、根拠のない自信だけだった。


2

魔法が世間に公表された時、最も驚かしたことは魔法が誰にでも使用できる技術であったことだ。誰もが魔法を使える、これだけで世界中の人々は歓喜し、試してみたいと思った物だった。

それにより、ありえない速さで魔法は日常に浸透していく。そして、日常が魔法によって便利になったとき、娯楽にも魔法が使えないかという動きが出てくる。そして様々なものが提案されてきた。その代表と挙げる娯楽といえば、マジックアーツ――魔法を使用した格闘戦である。

魔法を使用可能な戦闘を行い、気絶か降伏をすると負けだ。時間制限もあり、時間切れになった場合は審判が勝敗を決定する。魔法による防護処理を行うことにより体は保護され、その防護処理を解析することで体への負荷――ダメージが数値化されて表示される。それを基に判定を行うことになる。

魔法による派手な戦闘。防護により安全面が考慮されている点。選手に衝撃はあれど負傷はしないといった見た目の痛々しさがないことから人気を博した。

その人気、知名度はと言えば、部活動になり、全国規模での大会があるほどである。


3

俺が通う高校にもマジックアーツ部が存在する。否、存在した。と過去形にするべきであろう。方向性の違いという原因で、聖野高校マジックアーツ部は解散したのだという。個人で大会に参加するためには高校の部活である必要はなく、団体戦にあまり興味がなかったため、俺としてはあまり問題ではなかった。この高校を選んだ理由の1つにマジックアーツ部の存在があったため残念だと思いはしたが、それだけである。特に強い思い入れもなかったわけだし……。

なぜそんなことを考えているかというと、今現在、マジックアーツ部の復活の話を持ちかけられているからだ。知り合いの女子に教室に残るように言われたから、何の話だと思ってみたらこういうことだった。生徒会への勧誘や、バイト先のトラブルよりかはマシだが……。

「で、あなたはどうするつもりなの?」

そう問いかけたのは、野々宮美春――生徒会副会長で、俺と同じ2年生である。それだけではなく、野々宮とは子供の頃から大会で顔を合わせる仲であり、現在のバイト先も同じという腐れ縁である。家が道場で、刀を主体に闘う一芸に秀でているタイプだ。

「私はこの話にのりたいと思っているわ。団体戦にも参加すれば、より多くの対戦ができることが理由ね。そして、団体戦で勝ち抜くには、あなたの力は必要なの」

なんとも嬉しいことを言ってくれるものだと思う。結局俺たちの世代は、あいつの一人勝ちで、俺の才能って奴は決して優れてなんかいねぇと感じている。それこそ俺程度の才能であれば、ごろごろいる。

「もちろん、やる気の無い人を参加させるのは士気にも関わるし、強制ではないけれど」

「俺が入ったとして2人……、いや、その発起人の1年をいれても3人だ、まだ足りないだろ。誰を入れるつもりだ?」

話だけは聞いてやる。そういう体で俺は話しかける。マジックアーツ部の発起人は、力動華音、1年生だ。植物系魔法で絡め手を得意とする魔法使いだったかな?

「1人は轟先輩よ。轟豪、名前くらいは聞いたことあるんじゃないかしら? 戦車と言った方がぴんとくるかしら」

「力ですべてをねじ伏せる接近タイプの豪快な人だろ? あの人が部を解散にさせたとかいう話じゃなかったか?」

大量の部員を退部させたことに負い目を感じて退部。残った3年生も卒業し、実質廃部状態になったところに俺たちが入学してきたのだ。

「あの人が部活の再建に協力してくれるのか?」

「そっちは華音が勧誘しているところよ。相談して決めた話の流れ通りになるなら、可能性はゼロではな――」

そこで野々宮は携帯をポケットから取り出し確認する。そうやら、何かの通知がきたようだ。

「そうね、3日後、おもしろいものが見れるから、来るといいわ」

どうやら、まずまず順調に勧誘が進んでいるらしい。

「返事はそのときでいいわ。副会長も楽ではないのよね」

これで話は終わったとばかりに、立ち上がり教室をでていく。生徒会の仕事をしに行くアピールはいらないとは思うが。


4

3日後、野々宮の口車にのってほいほいと行ってみると、轟先輩が試合をするのだという。

しかも相手は、最近始めたばかりの初心者らしい。初心者の部類で、聖野学校出身、そして轟先輩に挑む度胸があるってなると、大神泉あたりか。少し前に、規模の小さな大会に出ていたけれど、最近始めたとは思えない実力だった。

さて、この試合を通して轟先輩を入部させようって腹だろうが、賭けでもしてるのか? 轟先輩はともかくとして、誘いに乗って見に来ている俺はどうするつもりなのかと言えば、既に入部する方に気持ちが傾いている。というか、ほぼ確定だ。こうなると、轟先輩には是非入部していただきたいので、野々宮と力動の悪巧みが成功することを祈るばかりだ。

部活設立の条件は2つ、最低でも5人の入部希望者がいることと顧問をしてくれる先生がいること。俺からしてみると、それで満足である。轟先輩が入部希望者になる必要はない。

轟先輩でないといけない理由があるとするならば、団体戦で勝ちやすくなることだろう。他にも練習相手の質が高くなるという利点もある。もちろん、他を探すのが面倒というのも理由になるだろう。

団体戦のルールには殲滅戦、3先、全滅戦がある。殲滅戦は5対5の試合を行い、相手を全員倒せば勝ち。3先は3対3を1回、2対2を2回、1対1を2回行い、その勝利数で競う。全滅戦は、1対1を行い、負ければ次の選手に交代する。そして5人全員が負けると敗北となる。3先の人数は最低5人、最高7人での参加が認められているため、5人いれば、どのルールであっても参加可能だ。殲滅戦専門、3先専門という人も存在するため、様々な人と戦いたいという動機はここからきているのだろう。

「ふ、きたようね」

そこには深く帽子をかぶり、サングラスをかけた野々宮がいた。

「言っておくけれど、この格好はしたくてしているのではないのよ。私は副会長。生徒会がこのようなゲリライベントを容認したという噂がたってしまったら問題だから、仕方なく顔を隠しているというわけよ」

「やめればいいだろ」

「そういうわけにもいかないわ。部活をやるから生徒会をやめるなんて認められていいわけないのよ」

そういうもんなのかね。と俺がつぶやくとそういうものよ。と返される。そして、会場をみると、すでに大神と轟先輩が向かい合っていた。何かをしゃべっているようだ。試合の条件でも確認しているのだろうか。そして、確認が終わったのか轟先輩が頷くと同時に、大神が突進する。

速攻、というよりは不意打ちを狙った手といえる。だが、轟豪相手に関して言えばあまり良い手とは言えない。轟豪は近距離における範囲型魔法を得意としている。体は鎧のように空気をまとうことで相手の攻撃の威力を軽減し、また、自身の体術による攻撃力も上げている。攻撃手段として、土を隆起させることで攻撃をくりだす。空気の鎧ができあがる前に攻めることができればあるいはといったところだったが……。

「さすがにそんな簡単には攻略させてもらえないわね」

轟先輩にたどりつく前に空気の鎧が完成したどころか、攻撃を最小限の動きで避けれ、顔を殴られるというきれいなカウンターを決められていた。

「勝つ見込みはあるのか?」

「ないわ。運や根気で実力差が埋まらないってことはあなたが1番わかってるんじゃないかしら」

この後、大神が気絶するまで、一方的な展開は続いた。試合が終わった時にはボロ雑巾のような大神がそこには横たわっていた。


5

部活として、初めての活動は練習であるのは当然だが、部活として初めての学外活動が大会ではなく交流会になるとは、誰が予測をしただろうか? まぁ、俺が無理矢理に押し通したことだけれど……。

この交流会には俺たちの世代で最強と謳われるあいつ――津月綴を呼んだという。綴は部活レベルの大会に出ることができない、いわゆるプロと呼ばれるレベルで戦っている。そのため、俺たちは現在戦うことが出来ない。

交流会という形をとることで、有名な2校が綴と交流できる機会を設けた。その交流会は部活単位で募集をしていたため、俺には参加資格がなかった。しかし、轟先輩が名前を貸してくれ、さらに顧問の紹介までしてくれたおかげで、部活として活動ができるようになったのだった。

「団体戦に参加するつもりはない。と言っていらしたのに、今日はいるのですね」

恐れを知らない力動は轟先輩に嫌みを言っている。そんなわかりきったことを言っても無駄だろうに。

「ふん、この機会は逃せないからな。それに俺の力は必要なのか? お前に野々宮がいて、大神だって強くなってきてる。霧透だってやる気みてぇだしな。俺がいなくてもいいんじゃねぇか?」

「私だって、野々宮先輩の心当たりが霧透楓だなんて思いませんでした。霧透さんに野々宮さんがこんな無名な高校に居るなんて奇跡ですね。だからこそ轟先輩も参加するべきなのです」

「はっ、俺も、このメンツで血が騒がねぇとは言わねぇよ。ただ、俺にも俺の事情ってやつがあんだよ」

そんなことを言ってはいるが、ここに居る時点でおちたも同然だと思うのだが……。霧透楓――俺のことをさも有名であるかのような話が出て、苦笑をせざるを得ない。有名ではあるだろう。俺の世代は、綴の1強である。そして次いで強いとされていたのが、俺と野々宮を含めた4名だったりする。ただ成長期ということもあり、実力の変動は激しかったため、突出して強いというわけではなく、有名なだけである。そしてそれでも、綴の1強という結論は揺るがないのである。

それは現在、戦っている野々宮と綴を見ればより一層わかるのだ。わかってしまうのだ。野々宮も決して負けてはいないが、有効打がきまらないのだ。

「殲滅戦の方は1対5。全滅戦の方は希望した高校が連続で行われるようですが。私たちはどうして全滅戦に参加しているのですか? まだ殲滅戦の方が戦えませんか?」

「協力して戦ったことのない5人が一緒に戦っても、互いに邪魔になるだけだ。殲滅戦であれば、今のような戦闘はできねぇよ」

轟先輩の言うとおりだ。まだ5対5の方がマシな試合になるくらいに、俺ら5人で1人と戦うのは難しい。接近戦を得意とする、野々宮と轟先輩。轟先輩は接近戦とはいえ攻撃範囲が広いため、野々宮が自由に動ける余地がない。力動の拘束系の魔法では、捕まえることができても、野々宮と轟先輩であれば、拘束ごと吹き飛ばしてしまい使い捨ての代物だ。綴相手に、やっとの思いで拘束しても、攻撃をためる暇を与えてもらえず、普通の一撃あてるだけで終わってしまう。しかも、その攻撃は痛恨の一打になり得ないのだ。

そもそも、連携の隙を突かれて終わりだ。それなら周りを気にせず戦える全滅戦の方がましだろう。

「お、野々宮の攻撃が通ったか。一番にしてやったが、なかなか良い勝負するじゃねぇか」

「休憩を挟んだとはいえ、殲滅戦をやった後に野々宮先輩と互角かそれ以上って津月さんは別格ですね」

そう力動が言ったので、俺も会話に参加することにした。

「結局、俺たちの世代では勝つことができなかった相手だしな。勝率とか9割いくんじゃねぇのか? さすがにプロになってからは勝ちすぎているって感じでもないみたいだけどな」

「さすがはプロと言ったところですか。どう戦うべきか悩みますね。泉くんの戦闘で何かつかめればいいのですが……」

そりゃ、無理だろ。と俺は言葉を返す。口を半開きにしながら放心している大神が、いつも通りの戦闘ができるかすら怪しい。既に空気に飲まれている。普段通りであったとしても勝てない相手に挑むというのに……。

「そろそろ、時間切れだな。判定負けだろうなこりゃ」

「轟先輩、大神に発破かけてやってくださいよ」

「なんで俺が、そんなことしなきゃいけねぇんだよ」

なんだかんだいいつつ、大神に言葉をかけた轟先輩は面倒見がいいのだろう。さっさと団体戦に参加すると言っちまえよ、楽になれよと思うほどだ。


6

野々宮は時間切れまで戦ったが、綴に何度かダメージを与えられたが、野々宮からは有効打を与えることはできなかったため、判定負けになった。

大神はがちがちであったが、後半、自分のペースを取り戻した。持ち前のタフさを生かし何度も挑み、何度もぶっとばされ、最後には気絶して終わった。

力動は得意の植物系の魔法で拘束を試みるも、なかなかつかまえることができず、麻痺や睡眠効果のある罠を駆使し、やっとのことで捕まえたと思ったら、あっさり逃げられた。その後、攻撃に全力を注いだ瞬間、あまくなった防御を狙われ敗北。

轟先輩は、いつものごとく、空気の鎧をまとい。相手の足場を不安定にしながら、有利にことを勧めていたが、綴の攻撃が空気の鎧の上からダメージを通す程のものではないという判断から攻めたところ、連続で打撃をくらい動けなくなり、降参した。

そして、これから俺の番になる。俺の戦闘スタイルは接近戦から遠距離攻撃まで、幅広くこなす万能型――いや、器用貧乏型だ。才能がないと諦めたおれは、あらゆる魔法を人並みに扱えるように努力した。相手に有利な技を使う。戦闘の幅を広めるというのは、それだけで有利になりうる。しかし、威力は本職には敵わないため、決して強いとは言えないが……。

息を吸う。そして吐くと同時に戦闘は始まった。手始めに接近し、顔に打撃を繰り出すが、後ろに下がられてしまう。それを見た俺は、地面から岩を隆起させ、後退の邪魔をするが、その岩を足場にしてこちらに跳んできた。とっさに自爆覚悟に、近くに小規模な爆発を起こし、退避する。

「はっ」

その声と共に、爆発による生じた煙の中にいるであろう綴に向かって、雷で作った大槌をたたきつける。全力でたたきつけたつもりであったが、はじかれる。はじかれたと同時に、大槌を形成している雷を分解し、雷の雨を降らせる。それにより煙が晴れるが、既に綴の姿はない。

驚く暇も無く、陰ができたので咄嗟に上をみると、そこには巨大な岩が落ちてきていた。破壊か逃亡かを迷った瞬間、足に何かが絡みつく感触がくる。ふりほどいて逃げる時間は無い。

「あーーーーーー」

声に魔力を乗せることで、その岩を破壊する。しかし、足を何かに掴まれ、動かない的となっている状態を脱しようにも、それをふりほどく暇を与えないかのように、様々な属性の魔法弾を撃たれる。それらの魔法弾に対して、有効属性の魔法弾をぶつけることで、相殺していく。が、これはぎりぎりしのぎ切れているだけだ。

通常、魔法は何か一つに絞り極めるという人が多く、多様な種類の魔法を覚える人は少ない。しかし、互いに複数の魔法を覚えている人間同士が戦闘するとき、総じて派手な闘いになる。だが、綴の長所は多様な魔法ではない。多様な魔法はあくまで牽制にすぎない。本命の得意属性――炎属性の攻撃が襲いかかる。それに対し水属性の魔法をぶつけるだけでは威力を殺しきれないことはわかりきっている。何度戦ってきたとおもっている。

防御系統の魔法、シールドを繰り出すとともに、そのシールドに水属性を付与する。それでも勢いを殺すことはできず、俺は吹き飛ばされる。だが、枷も外れ、致命的なダメージを受けることは回避できた。

「反撃開始といきますか――」


7

結局、勝つことが出来なかった。

久しぶりに戦ってみて、有利な条件であったにもかかわらず、勝つことはできなかったが、気分は清々しかった。あのとき辞めなかった決断は間違いでなどなかったのだと証明されたような気がしたのだ。

これで俺の目的は達成され、既に部活になど用はないのだが、とりあえず高校生時代を捧げるレベルで、付き合ってあげることにしよう。

まずは轟先輩を団体戦に参加させるところから始めてみようか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 魔法で行う格闘技という設定が面白かったです。 [一言] ありがとうございます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ